【完結】取引先の上司がストーカーです
はははと、笑う宇野ちゃんと殿村。仕事モードとはいえ、流石に殿村は女の子には愛想笑いしもするらしい。碧はその横で一人固まる。頭の中はパニックだ。
「滝川くん、急にごめんね。こちら、私の隣の課の課長さんで、殿村さんという方なんだ。」
「…あ……うん!知ってる!俺も知ってるよ。殿村さんね!今、うちの会社の案件で一緒に仕事しているんだ。殿村さん。そう。うんうん。知ってる。知ってる知ってる。」
「そうなんだ!まさか、殿村さんと仕事していたなんて。」
「そうそう。」
焦って早口になる碧を、ビジネスモードだからなのか、怒っているからなのか、殿村は冷たい目で見る。笑顔はない。
…きっと怒りからだ。
「あれ、課長!新聞読んでいるかと思いきや、お仕事されていたんですか?」
宇野ちゃんが驚きの声をあげた。確かに、殿村の手元には起動したノートパソコンがある。
「そうだね。私はデートを断られたので。むしゃくしゃして、仕事で気晴らししていたんだ。」
「…。」
「えぇ!課長にもそんな人が…!」
「そうだね。断られたけど、ね。」
「…。」
「ね」と殿村は碧を見た。
笑顔が怖い。
漫画だったらさしずめ、笑顔に怒りマークが付いた描写となるのだろう。
「それ、社内に知られたら大騒動ですね!課長、実は凄い人気なんですから!」
「あ、そ…、た、確かに!殿村さんってかっこいいですよね!お若いのに課長までされて!」
「…。」
よし。これで行こう。
碧は全力で殿村をヨイショする。しかし殿村は未だ、冷たい視線で碧を見下ろし笑わない。
「そうそう!やっぱり他社にまで噂になってるんだ!課長ってすごいんだよ、滝川くん。歴代最年少での課長昇進だし、この通りの見かけで社内でもモテモテなんだよ。私も、殿村さんの下で働きたかったです。」
「はは、そんな事はないでしょ。」
よし。宇野ちゃんも殿村をべた褒めで、ちょっといい感じ?
「い、いえいえ、そんな事ありますよ!殿村さんは凄いと、うちの七緒も…」
「七緒?」
あ…。不味い。
殿村に七緒という名前は地雷だった。
「う、うちでも、有名ですから!」
「そう?滝川くんは?どう?」
「勿論、尊敬しています!カッコいいし仕事が出来る殿村さんみたいになりたいです!」
「ははは、そう?嬉しいな。」
あ、持ち直したか?
殿村が軽い調子で笑った。
「あ、クロワッサンの焼きたて出てきた!滝川くん、ちょっと待っててね!買ってくる。」
「あ、ちょっ」
宇野ちゃんがバタバタと席を離れた。
碧は引き留めようと手を伸ばすが、その手が空振る。
「…。」
「…。」
手の行き場もなく、かと言って見るのも怖くて、向こうへ行った碧ちゃんを見ていたが流石にこのままではまずい。
碧が恐る恐る殿村を振り返ると、不満気に自分を見下ろす殿村と目が合う。不機嫌そうに眉を潜めている。
まだ、全然怒ってる…。
「…っ!」
しかし碧と目が合い数秒後には、殿村は冷たい顔から急にいつものニコニコ笑顔になる。その変化に碧は露骨に怯えて肩を揺らした。
笑顔怖すぎだろ…。
「碧くん、何をしているの?」
「…友達と遊んでいます。」
「ふぅん。友達と〈デート〉なんだ?」
「ほ、本当に!友達だよ。あの…健全な関係の友達です。」
「はは、本当かなぁ…?」
「…。」
殿村はニコニコと話す。
いつものこのニコニコ笑顔が嘘くさい。実際嘘だろ。
「碧くん、二枚になったね。」
「は?」
「イエローカード二枚、つまりはレッドカードだね。」
「え…。」
「宇野さんとはこの後すぐに分かれて、うちに直行してね。」
「え、あの…そ、それは…。でも、一ヶ月後の約束…。」
「碧くんはそんな事言える立場なのかな?」
「…ていうか、宇野さんは友達ですから…。健全な友達だし…。そもそも友達とも遊べないって、おかしくない?いや、おかしいだろ!そこまで干渉されても困る!」
「……。」
そうだ。おかしい。うん。おかしい!
碧の「おかしい」発言に、殿村は笑顔のまま黙った。
貼り付けた笑顔が恐ろしいが、口から出た言葉は戻せない。
ガタンッ
「ひっ」
「碧くんは、そんな事、俺に言える立場なのかな?」
「あ、うっ、す、すみません…。あっ、…っちょっと、今のは言い過ぎました。すみません。」
殿村は嘘笑顔を貼り付けた顔で、長い足を伸ばし、ぐりぐりと正面に座る碧の股間を刺激した。碧は恐怖に屈し、即座に殿村に謝る。
「で、でも…ぅっ、本当、宇野さんとは本当に、健全な友達なので…っ、」
「はは、被虐趣味。顔、赤っ。」
「うぅっ、ちがっ、ほんとっ、や、やめてっ…っ」
被虐とかそんなのじゃなくて、こんな直接的な刺激、何かしら感じでしまうだろ!
碧の声が上擦り、殿村が馬鹿にしたように笑う。
殿村の機嫌は幾分晴れたらしいが、依然として攻めてくる。テーブルの下で蒼と殿村の攻防が繰り広げられた。
「クロワッサン買えたよ〜!」
「!」
「それは良かったね。」
宇野さんが帰ってきたところで、碧はやっと殿村から解放された。
殿村は何事もなかった様にコーヒーを一口飲んだ。
「課長にも買ってきたので、お一つどうぞ!」
「ありがとう。」
殿村が笑顔で笑いかけるから、宇野さんがちょっと恥ずかしそうに顔を赤くした。
「は、はい…、滝川くんにも買ってきたよ。」
「ありがとう。」
これまでの社内での殿村を見るに、こんな笑顔レアだろうからな…。騙されてるな。
「滝川くん、この後どこ行く?」
「どこへ行くのかな、滝川さん。」
「……。」
宇野ちゃんの質問に、何故か殿村ものっかり聞いてくる。
さっき家に来いって行ったのは、お前だろ!
いや、だから聞いてくるのか…。
「ど…どうしよっか…?」
「そうだね〜。ここからなら、品川の水族館か…上野の美術館も近くていいよね〜。」
「……。」
碧の回答が気に食わなかったらしい。殿村がすっと笑顔を引っ込め、片眉を上げるのが見えた。
「そう言えば今、上野で古代エジプト展やってるって。いいよね。ちょっと気にならない?」
「そ、そだね…。」
「…。」
もはや、じとりと俺を睨む殿村に気が気でない。チラチラと殿村を見てしまい、宇野ちゃんの話が頭に入らない。
動揺で震えそうだ。
「エジプトと言えば、現代と文化もかなり違うし、面白そうだね。流石宇野さん、いい選択するね。」
ところが、急に黙っていた殿村が口を開いた。碧は冷や汗を垂らし、殿村の声に耳を傾けた。
「ふふ、そうですよね〜!その辺りって神秘的な世界で面白いですよね!」
「そうだね。古代エジプトは色々な文化発祥の時代だし…。特に美意識が強い時代で、より人間が人間らしくなった時代だよね。」
「へー!そうなんですか!」
「そうそう。あと、美意識から脱毛文化が発展したのもその時代かららしいよ。」
「脱毛?」
「眉毛以外は全て処理とかも割と一般的だったらしいよ。アンダーヘアも全部。」
「あはは、本当ですか。」
…嫌な予感がする…。
碧は縮こまって黙り、必死で平静を保ちコーヒーを啜った。
「欧米でそこの処理は一般的だけど、日本人にはちょっと不思議な感覚だよね。」
「そうですね〜。あはは、脱いでそこの毛がないと…ちょっとびっくりですね。」
「ははは、そうだね。びっくりだね。」
「…。」
「びっくりだって。滝川くん。」
「!」
「え。」
突然話を振られて、碧は一驚を喫すした。うのちゃんも、急な展開に目を丸くしている。
「…うっわ!ごめん、宇野さん、会社から連絡が入ってる!本当ごめん、俺、ちょっと抜けるね!本当にごめん!」
「あ、う、うん。大丈夫だよ。」
何処と無く、宇野さんが不審そうに俺を見る。しかしもうこれ以上は無理だ。碧は逃げる様にその店を出た。
————
ツカツカツカツカ…
「よく出来ました。」
「…。」
宇野ちゃんと別れ、駅のホームで電車を待っていると、後ろから来た殿村に急に引き寄せられて頭を撫でられた。
「今日はいっぱい気持ちよくしてやるからな。」
…何故、急に雄感だしてきた?
殿村にそう言われても、恐怖しか感じない。
もはや死んだ魚の目になっている碧の手を引き、殿村は電車に乗った。
「滝川くん、急にごめんね。こちら、私の隣の課の課長さんで、殿村さんという方なんだ。」
「…あ……うん!知ってる!俺も知ってるよ。殿村さんね!今、うちの会社の案件で一緒に仕事しているんだ。殿村さん。そう。うんうん。知ってる。知ってる知ってる。」
「そうなんだ!まさか、殿村さんと仕事していたなんて。」
「そうそう。」
焦って早口になる碧を、ビジネスモードだからなのか、怒っているからなのか、殿村は冷たい目で見る。笑顔はない。
…きっと怒りからだ。
「あれ、課長!新聞読んでいるかと思いきや、お仕事されていたんですか?」
宇野ちゃんが驚きの声をあげた。確かに、殿村の手元には起動したノートパソコンがある。
「そうだね。私はデートを断られたので。むしゃくしゃして、仕事で気晴らししていたんだ。」
「…。」
「えぇ!課長にもそんな人が…!」
「そうだね。断られたけど、ね。」
「…。」
「ね」と殿村は碧を見た。
笑顔が怖い。
漫画だったらさしずめ、笑顔に怒りマークが付いた描写となるのだろう。
「それ、社内に知られたら大騒動ですね!課長、実は凄い人気なんですから!」
「あ、そ…、た、確かに!殿村さんってかっこいいですよね!お若いのに課長までされて!」
「…。」
よし。これで行こう。
碧は全力で殿村をヨイショする。しかし殿村は未だ、冷たい視線で碧を見下ろし笑わない。
「そうそう!やっぱり他社にまで噂になってるんだ!課長ってすごいんだよ、滝川くん。歴代最年少での課長昇進だし、この通りの見かけで社内でもモテモテなんだよ。私も、殿村さんの下で働きたかったです。」
「はは、そんな事はないでしょ。」
よし。宇野ちゃんも殿村をべた褒めで、ちょっといい感じ?
「い、いえいえ、そんな事ありますよ!殿村さんは凄いと、うちの七緒も…」
「七緒?」
あ…。不味い。
殿村に七緒という名前は地雷だった。
「う、うちでも、有名ですから!」
「そう?滝川くんは?どう?」
「勿論、尊敬しています!カッコいいし仕事が出来る殿村さんみたいになりたいです!」
「ははは、そう?嬉しいな。」
あ、持ち直したか?
殿村が軽い調子で笑った。
「あ、クロワッサンの焼きたて出てきた!滝川くん、ちょっと待っててね!買ってくる。」
「あ、ちょっ」
宇野ちゃんがバタバタと席を離れた。
碧は引き留めようと手を伸ばすが、その手が空振る。
「…。」
「…。」
手の行き場もなく、かと言って見るのも怖くて、向こうへ行った碧ちゃんを見ていたが流石にこのままではまずい。
碧が恐る恐る殿村を振り返ると、不満気に自分を見下ろす殿村と目が合う。不機嫌そうに眉を潜めている。
まだ、全然怒ってる…。
「…っ!」
しかし碧と目が合い数秒後には、殿村は冷たい顔から急にいつものニコニコ笑顔になる。その変化に碧は露骨に怯えて肩を揺らした。
笑顔怖すぎだろ…。
「碧くん、何をしているの?」
「…友達と遊んでいます。」
「ふぅん。友達と〈デート〉なんだ?」
「ほ、本当に!友達だよ。あの…健全な関係の友達です。」
「はは、本当かなぁ…?」
「…。」
殿村はニコニコと話す。
いつものこのニコニコ笑顔が嘘くさい。実際嘘だろ。
「碧くん、二枚になったね。」
「は?」
「イエローカード二枚、つまりはレッドカードだね。」
「え…。」
「宇野さんとはこの後すぐに分かれて、うちに直行してね。」
「え、あの…そ、それは…。でも、一ヶ月後の約束…。」
「碧くんはそんな事言える立場なのかな?」
「…ていうか、宇野さんは友達ですから…。健全な友達だし…。そもそも友達とも遊べないって、おかしくない?いや、おかしいだろ!そこまで干渉されても困る!」
「……。」
そうだ。おかしい。うん。おかしい!
碧の「おかしい」発言に、殿村は笑顔のまま黙った。
貼り付けた笑顔が恐ろしいが、口から出た言葉は戻せない。
ガタンッ
「ひっ」
「碧くんは、そんな事、俺に言える立場なのかな?」
「あ、うっ、す、すみません…。あっ、…っちょっと、今のは言い過ぎました。すみません。」
殿村は嘘笑顔を貼り付けた顔で、長い足を伸ばし、ぐりぐりと正面に座る碧の股間を刺激した。碧は恐怖に屈し、即座に殿村に謝る。
「で、でも…ぅっ、本当、宇野さんとは本当に、健全な友達なので…っ、」
「はは、被虐趣味。顔、赤っ。」
「うぅっ、ちがっ、ほんとっ、や、やめてっ…っ」
被虐とかそんなのじゃなくて、こんな直接的な刺激、何かしら感じでしまうだろ!
碧の声が上擦り、殿村が馬鹿にしたように笑う。
殿村の機嫌は幾分晴れたらしいが、依然として攻めてくる。テーブルの下で蒼と殿村の攻防が繰り広げられた。
「クロワッサン買えたよ〜!」
「!」
「それは良かったね。」
宇野さんが帰ってきたところで、碧はやっと殿村から解放された。
殿村は何事もなかった様にコーヒーを一口飲んだ。
「課長にも買ってきたので、お一つどうぞ!」
「ありがとう。」
殿村が笑顔で笑いかけるから、宇野さんがちょっと恥ずかしそうに顔を赤くした。
「は、はい…、滝川くんにも買ってきたよ。」
「ありがとう。」
これまでの社内での殿村を見るに、こんな笑顔レアだろうからな…。騙されてるな。
「滝川くん、この後どこ行く?」
「どこへ行くのかな、滝川さん。」
「……。」
宇野ちゃんの質問に、何故か殿村ものっかり聞いてくる。
さっき家に来いって行ったのは、お前だろ!
いや、だから聞いてくるのか…。
「ど…どうしよっか…?」
「そうだね〜。ここからなら、品川の水族館か…上野の美術館も近くていいよね〜。」
「……。」
碧の回答が気に食わなかったらしい。殿村がすっと笑顔を引っ込め、片眉を上げるのが見えた。
「そう言えば今、上野で古代エジプト展やってるって。いいよね。ちょっと気にならない?」
「そ、そだね…。」
「…。」
もはや、じとりと俺を睨む殿村に気が気でない。チラチラと殿村を見てしまい、宇野ちゃんの話が頭に入らない。
動揺で震えそうだ。
「エジプトと言えば、現代と文化もかなり違うし、面白そうだね。流石宇野さん、いい選択するね。」
ところが、急に黙っていた殿村が口を開いた。碧は冷や汗を垂らし、殿村の声に耳を傾けた。
「ふふ、そうですよね〜!その辺りって神秘的な世界で面白いですよね!」
「そうだね。古代エジプトは色々な文化発祥の時代だし…。特に美意識が強い時代で、より人間が人間らしくなった時代だよね。」
「へー!そうなんですか!」
「そうそう。あと、美意識から脱毛文化が発展したのもその時代かららしいよ。」
「脱毛?」
「眉毛以外は全て処理とかも割と一般的だったらしいよ。アンダーヘアも全部。」
「あはは、本当ですか。」
…嫌な予感がする…。
碧は縮こまって黙り、必死で平静を保ちコーヒーを啜った。
「欧米でそこの処理は一般的だけど、日本人にはちょっと不思議な感覚だよね。」
「そうですね〜。あはは、脱いでそこの毛がないと…ちょっとびっくりですね。」
「ははは、そうだね。びっくりだね。」
「…。」
「びっくりだって。滝川くん。」
「!」
「え。」
突然話を振られて、碧は一驚を喫すした。うのちゃんも、急な展開に目を丸くしている。
「…うっわ!ごめん、宇野さん、会社から連絡が入ってる!本当ごめん、俺、ちょっと抜けるね!本当にごめん!」
「あ、う、うん。大丈夫だよ。」
何処と無く、宇野さんが不審そうに俺を見る。しかしもうこれ以上は無理だ。碧は逃げる様にその店を出た。
————
ツカツカツカツカ…
「よく出来ました。」
「…。」
宇野ちゃんと別れ、駅のホームで電車を待っていると、後ろから来た殿村に急に引き寄せられて頭を撫でられた。
「今日はいっぱい気持ちよくしてやるからな。」
…何故、急に雄感だしてきた?
殿村にそう言われても、恐怖しか感じない。
もはや死んだ魚の目になっている碧の手を引き、殿村は電車に乗った。