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if 桜助(椿)が坂本にもらわれた場合

そんなことがあった次の日のお昼、俺は遅い朝を迎えていた。

「…ゲホッ…」

体が怠い。
ゴロンと転がって、枕元に置いてあったコップから水を飲んだ。

「…ぁ」

枕元には、置き手紙もあった。
主也からだ。
このままゆっくり寝ていても良いが、ホテルの広間でパーティをやっているので、そこに来てもいいと書いてあった。
ただ来る時は必ず主也に連絡し、合流する様にと。

「…ふーん。」

実は、ここは日本じゃなくて海外ホテルのスイートルーム。
主也がパーティーに参加するので、一緒に来たのだ。
いつもなら主也は俺を部屋に閉じ込める。
だから今回のような言い方は珍しい。

「逃げるチャンスかも。」

俺は迷うことなくベッドから抜け出し、スーツに着替えた。

——-
「はー、読まれてたか…。」

ベットを飛び出た俺はそのままホテルの出口に直行した。
そして直ぐに主也の部下に捕まった。
そのままパーティー会場に連れて行かれ、やっと解放された。
どうやら俺の考えなんて読まれていたらしい。

「まー、息抜き程度に遊ぶか…。」

逃げられないなら、主也に会わずにこの場を楽しもう。
思えば久しぶりのパーティー。
俺はパーティー会場のエントランスで少しだけわくわくしていた。
スーツも。実は、結構好き。
俺は自分の襟をただしながら、バーコーナーに向かった。

「何にします?」
「そうだな…」

あー!
自由って感じ!生きてるって感じ‼︎
ずっと閉じ込められているからだ。自分でドリンクを選んで、自分で注文する。
ただそれだけでも俺は浮ついていた。

「椿?椿‼︎」
「?」

そうしていると、名前を呼ばれた。
声の方を振り返って俺は目を見開く。

「桜助‼︎」

振り返った先には兄の桜助がいた。
兄に会うのはΩ売りされて以来、5年ぶりだ。

「桜助!元気だったか⁈」
「うん。椿も元気にやってる?」
「うん!」

俺がこんな扱いだから桜助は大丈夫かと心配したが、桜助は結構体調が良さそうだった。

「桜助んとこのαはどんな?」
「うん。良い人だよ。普通の暮らしもさせてくれる。自分がΩだって忘れそうになるくらい。」
「そっか…」

あれ?
なんだろう。
桜助が幸せでいることは凄く嬉しいのに…俺は微妙な反応を返してしまった。

「…椿は…?大丈夫…?」

桜助が俺の微妙な反応に気づいんだろう。
心配そうな顔で尋ねてきた。

「…ん…大丈夫…。」

俺は…主也の元にΩ売りされてから、厳しく管理されている。
毎日毎日、部屋に閉じ込められてる。
一度逃げだしてからは、服も貰えなくなってバスローブで過ごす日が多い。
そんなこんなで、主也の許可がないと屋敷の外にも出れない。
当たり前のように、学校にももう行っていない。
行為を求められて毎度嫌がるのに数人がかりで押さえつけられて、結局は無理矢理される。

「…あ、桜助、まだ番にされるの免除されてんの?」
「うん。ていうか、多分大樹は…俺とは番にならないと思う。」
「?そっか。」
「俺の事なんかより、椿、本当に大丈夫なのか?大丈夫じゃないだろ⁈」
「…」

俺は戸惑って目を彷徨わせた。
桜助は眉間に皺を使る。

「椿…この国、Ωの人権に対する問題意識が高いんだ。」
「え?何?急に?」
「だから、日本で言うところのΩ用の駆け込み寺みたいな教会が結構ある。この地域にも何個かあるみたいだ。」
「…」

話の先が見えた。
俺はこの先を桜助に聞いて良いのか少し迷った。
だって他人のΩにいらない知恵を吹き込むなんて、α社会の中では許されない。
桜助をもらった大樹さんのところは大きい会社を経営しているが、主也の会社はその比ではない。
もし主也の逆鱗に触れたら…

でも俺結局、俺の中で現状から逃げたい思いが勝ってしまった。

「このホテルから5ブロック北に向かったところにある、青い屋根の建物。地下鉄で行けば「桜助。」
「「あ」」

桜助が未だ何か言っていたが、その後ろには一人の男が立っていた。
背丈は主也と同じ位だが、この男の方ががっちりしている。端正な顔つきで、意思が強そうな目が印象的だった。

「…?」

そして何故か俺をじっと見つめてくる。
誰だっけ?知り合い?
俺には思い当たりがなく、内心首をかしげた。

「大樹」
「!」

しかし桜助の一言で謎は解けた。
この人が大樹さんか。
ふーん。

「弟に久しぶりに会って、話していたんだ。」
「そうか。それはよかったな。…おい、椿」
「え?」

あれ、俺の事、やっぱり知ってる?
まずいな。俺は全く思い出せない。

「坂本のところは「椿、ここに居たのか。」
「!」

大樹が坂本がなんとか言っていた所で、ご本人の登場だ。
俺はギクリと身を強張らせた。
まるで夜遊びしていた学生が、夜回りの先生に見つかったような心境だった。

「椿、直ぐに僕の所に来るように言ったよね?言いつけも守れないようじゃダメじゃないか。」
「うるせーな。ちょっとぐらいいいだろ。さっき起きたばっかだし。」
「あー、本当。また反抗的な事ばっかいうんだから!」

楽しい時間が終わりだ。
俺はげんなりして反発するが、坂本は何でか楽しそうだ。
まぁ、こんなやり取り日常茶飯事だしな。
そんな俺たちを、桜助と大樹がぽかんと見ている。
ちょっと恥ずかしい…。

「主也さん」
「ああ、大樹もいたのか。」

?仲悪いのか?
主也はつっけんどうな物言いだった。
言われた大樹もムッとした顔をする。
そんな大樹を見て、坂本は鼻を鳴らした。

「そうだそうだ。」

そうやって睨み合っていたが、主也は急に小芝居じみた物言いで俺を強引に引き寄せた。
何だ何だ?
嫌な予感しかしない。

「良い機会だし、紹介しておくよ。僕の番の椿だ。」
「「!」」
「…」

ばーんっと、主也は水戸黄門の印籠よろしく俺の首筋の噛み跡を皆に見せた。
それを見た桜助が息を飲み、はっとした顔で大樹を見た。
そして大樹は、じっと俺の項を見つめていた。
何故か大樹のその目は据わっており、冷たい色を灯す。
急に怖いな…この人…。

「昨日も夜遅くまで愛し合ってしまって」 

主也は、昨日自分で俺の首筋に付けた痕をわざとらしく撫でる。

「ちょっ!おいっ!やめろっ‼︎」
「何で?ベッドであんなだったのに、今更照れるのも、また可愛いな。」
「だから!本当、やめてっ!」

俺は慌てて主也の口を手で抑えた。
主也は至極楽しそうにくすくすと笑う。
こんな、桜助の前で…!
ていうかさ、あれ強姦だからな?あれを愛し合うとか言って、こいつ虚しくないの?
チラリとみた桜助は、目を皿にして俺を見ていた。
恥ずかしい…。
大樹は…

「っ!」

凄っく怖い顔。
瞳の温度は先ほどより下がり、雰囲気からも負の感情が漏れている。
硬派な雰囲気だし、こんな下世話な話が不快なのかも知れない。

「椿、昨日はいっぱい愛し合って、その後はすぐ寝ちゃって…。今朝はまだ何も食べてないよね?お腹減ったよね?ケータリングで申し訳ないけど、あっちで何か食べようか。」
「お前本当、黙れよ!キスするなっ!」

主也はいつの間にか俺の手をとり、その手にキスを落としていた。
俺はその手を素早く振り払った。

「主也さん、番と随分仲が良いんですね。椿さんも主也さんの事が、大変好きそうだ。」
「…」

はぁ?
どこがだよ?
俺は何言ってんだと大樹を見たが、主也のムッとした顔でわかった。
煽ってんのか。いいぞ、やれやれ。

「はは、そうだね。そういえば、結局、大樹に番は居ないのか?もしかして、まだ過去の恋をひきずっているとか?そんなんじゃ、永久に寂しい独り身だね。」

主也が俺の肩を抱きしめる。
なんなのこの人達…。
空気がピリつき、流石に周りの人も気付き始めたようだ。チラチラと皆がこちらの様子を伺う。
主也の手を払いたいが、俺自身、空気に飲まれて固まってしまう。

「主也さんはαで良かったですね。番、番って、縛れますしね。相手の合意がなくても。」
「あぁ良かったよ。君みたいに、αの勤めも果たせないって事態に陥らないからね。」

なに?
αのお勤め?
主也と大樹の間の空気はどんどん冷え込む。
ちらりと桜助を見ると、桜助もハラハラとした様子だ。
そりゃそうだよな。俺もこの空気は耐えられない。

「し、主也。俺、あっち行きたい。ほら、あのー…ほら…主也と一緒に外出るの久しぶりだしさ。」
「…ふふ、分かったよ。」

俺は主也の腕を引く。
俺からこんな積極的になった事もないからか、主也は張り詰めた空気から一転、にっこりと甘く笑った。

「…」

背中に感じる視線が痛い。
大樹に睨まれてる気がする…。
俺はもう大樹を見れず、チラリと桜助に目線で謝った。

折角、桜助と会えたのに…。
本当に、主也に貰われてろくなことがない!
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