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秘密と首輪

「っ!」
ダメだ。考えると嫌な想像ばかりしてしまう。
恐怖心が凄い。
俺はじわりとにじむ汗を、手の甲で拭った。
「大丈夫?」
外した腕時計を見ると、時間は17時前。
抑制剤は朝飲んだから、効果はまだ持続するか?
「まさか、」
どうする?なんとか一旦帰って…
「大事な薬でも忘れた?」
「!」
扉の先の見えない坂本が、含み笑いをしている気がした。
俺はハッとして坂本がいるドアの方を振り返った。
「ふふ、どうかしたの?」
ダメだ。坂本には言えない。
「準備できましたよ。」
結局俺は、呼吸を整えドアを開けた。
何となくだが、俺の今の状況を知られることの方がリスクが高い気する。
なんとかやり切って、さっさと帰ろう。
「…本格的だな。」
ホテルなのにさながら撮影スタジオだ。
ホテルの一室には大きめなベッドがあり、その上に小道具が散らばっていた。その脇にはまた大きめな照明が佇んでいる。
「ははは。君のために用意したんだよ。」
そう言って坂本は俺を引き寄せ頭にキスを落とす。
「そういうのいいですから。早く終わらせましょう。」
俺はそんな坂本を払い除けながら、さっさと撮影スペースに向かう。
「つれないあなぁ〜」
しかし坂本は依然としてクスクスと笑うだけだ。
「…」
促されベットにのり、思わず顔を歪ませる。
よくよく見たら、ベットに散らばる小道具には大人の玩具系も混じってる。
何かあったら取引先とか何とか関係なく、全力で反撃しよう。
物理攻撃も辞さないぞ。
俺はぎゅっと拳を握りしめた。
「あと、これこれ。渡し忘れていた。付けてあげるね。」
「?」
坂本は俺の手を持ち上げ、右手首に何かを巻きつける。
黒くゴム性の様のそれは、ベルトに金属製の輪っかが付いたバンドだった。
「じゃ、撮るから!」
一時間しかないんでしょ?そう急かして坂本は撮影を始める。

正直かなり身構えていたが、それに反して坂本の撮影は普通?だった。
こんな格好だから、普通のブロマイド以上ではある。ただ特段変な要求もされず、なんならグラビア以下位。
そんな所だ。
「じゃ、最後に一枚ね!」
「早く撮ってください。」
そろそろ40分が経つ。
俺はソワソワと時計を見た。
まぁ変な事もされなかったし、これなら抑制剤の効果が切れる前に帰れそうだ。
安心し切っていた。
カチャリ
「…?ぇ、なに?」
坂本は笑顔で、ベットヘッドに繋がった鎖を俺のリストバンドに付けていた。
「何だよこれ⁈」
引っ張るが、びくともしない。
途端に、ベットから降りる事も叶わなくなる。
俺は動揺して坂本を仰ぎ見る。 
坂本はいつもの甘い笑顔ではなく、口の端を上げ歪んだ笑顔を浮かべていた。
「人気商品だよ。需要があるんだ。皆、自分のΩを繋いで、躾けるんだ。」
坂本の笑顔が仄暗い揺らめきを見せるので、生唾を飲む。
しかしそれは瞬きの間に、またいつもの柔和な笑顔に戻っていた。
なんだ?見間違いか?
「…て、冗談はさておき、僕の目的はちょっと違うよ。なんやかんやいって、一回も食事の相手すらしてもらってないし?ルームサービスとるからさ、一緒に食事しようよ!」
「はぁ?今から?無理ですって!すみませんけど、時間もあれなので、帰らせて下さい。」
「えー、なら、可愛くお願いしてよ。ウサギっぽく。」
はぁ⁈
こっちの方が劣勢とはいえ、イラっとするなぁ!
「……お願い、です…ぴょん」
「ふっ、ふふ、ははははは!何?兎だから、ぴょん⁈本当、桜助は可愛いなぁ…!で、ルームサービス何にする?」
結局解放する気はないのかよ!
抑制剤の効果は…分からないが、まだ当分は大丈夫か?
不安を押し殺す俺に、坂本はニコニコと食事を選ばせた。
「ふふ、このホテル、パンがおいしいでしょ?」
「うん…。」
極力坂本から離れたいのに、繋がれていては限界がある。
膝を立ててベットへッドにもたれ縮こまる俺の隣に、坂本はピッタリとくっついた。
「…ふぅ…」
しかし、部屋が暑い。
俺は坂本に隠れて息をついた。
ちょっと動悸もするし、変な焦燥感を感じる。
体の奥からモヤモヤしたものが湧き上がり、身じろいだ時だった。
「っ、あーーーー」
「なっ、!」
なんだよ?
坂本が急に声を上げるので、俺は驚きでビクリと身を強張らせた。
感覚がやたら過敏になっている。情けない…。
「本当に…」
「?」
ぎょろりと坂本の目がこちらに向く。
その目が心なしが血走っている。怖っ…。
「君は香りも最高だ。」
「っ!」
そう言うやいなや、坂本は俺を押し倒した。
「っ、やめっ、…っ!」
そのまま俺に乗り上げて、首元に顔を埋めてくる。
まるで獣か何かに襲われているかの様だ。
押し返すのに、全然引いてくれない。
…っ、まずい。
まだ完全ではないにしろ、ヒートになりかけている。薬が切れかけている。
坂本は俺のヒートに当てられいるようだ。
「…っ、ふっ…」
坂下は俺の頬から顎、顎から首筋…と、キスをしながら時折くんっと鼻を鳴らす。
「はぁ…桜助…こんな匂いさせて…」
「…ぁっ、…っ」
そして俺は坂本にされるがままだ。
逆らいたいと思うのに、何故か身体が強張る。
「はぁっ、…っはぁっ、」
それより、欲しい…。もっと…。
坂本が触れた箇所がもどかしさでざわめき立つ。
こんなの、大樹にも感じことないのに。
俺も大分ヒートでおかしくなってきている。
「はぁっ、はぁっ」
どちらのとも分からない荒い息遣いが室内に響く。
「…んっ、…、ふぅっ、」
「…んっ、」
坂本は遂に唇に深いキスをしてきた。
こんなの嫌だ。そう思うはずなのに、今は坂本のキスが甘く感じる。もっと欲しい…。
理性が揺らぐ。
坂本は坂本ではなくαで、俺は俺でなくΩに成り果てていた。
「…んっ、…ばき…、……椿…」
「……ぇ?」
キスの合間、坂本が呟いた名前。
俺はその名前を聞き、一瞬にして熱が冷める。

何故、坂本が俺の本当の名前を知っているんだ?

しかしそんな俺の戸惑いはつゆ知らず。坂本は俺の顎を掴み、再び強引に唇にキスをしてきた。
粘膜の触れ合いが気持ちよくて、気持ち悪い。
嫌悪感を感じるのに、やけに腰に響く。
「君は僕のものだ…」
「…っ、さ、さっきから何を…」
ガシャーーンッッッ‼︎
その時、ベット脇の窓がけたたましい音を立て弾けた。
「‼︎」
あまりの事に俺も坂本も呆気に取られ、そちらを振り返る。
「…た、大樹…⁈」
そんな中、のっそりと窓枠を掴み外から大樹が顔を出す。
どうやら、外から大樹が椅子を投げ入れて窓を割ったようだ。
ガラスが割れた窓枠を掴むので、その手が血だらけだ。
…て、いや、何で?
え?ここ…42階……
「桜助」
呼ばれてハッとする。
大樹は俺を見ていた。
まるで坂本等居ないように、射抜くような強い視線だ。
その視線と目が合うと、俺は次第に意識がΩから俺に戻るのを感じた。
「大樹…」
いつもその視線が苦手だったのに…。
こんな馬鹿な格好で…他のαと…、都合よくてごめん。
今はその目を見て、安堵している。
「助けて……」
「っ」
大樹は俺の情け無い呟きを聞くと、目を見開き息を呑んだ。
それがどんな気持ちからか、混乱した思考では上手く消化できない。
「たい…っっ!」
「‼︎」
何か言う坂本を、大樹が投げ入れた椅子で殴った。
躊躇なく振りかぶり殴った様子から、大樹の怒り伝わってくる。
坂本はドサリとその場に倒れ気を失った。
…し、死んではないよな…。
ちょっと流石に冷静になる。
「…」
大樹は早々に坂本から視線を外し、再度こちらに目を向ける。
あ、まずい。大分冷静になったぞ。
これは…こんな格好で、何か…弁明しないと…。
「…た、大樹、これはっ、ぅっ、その…」
「桜助、」
「は、はい…」
俺はすっかり項垂れていた。
ヒートの倦怠感やこの状況の消化やらで、もう脳が限界だ。
ここまでか…。
「抑制剤、打つぞ。即効性だから眠くなる。」
「え?…で、でも…」
「大丈夫だ。」
「…」
「何も心配ない。」
なんで?
「後処理は俺がやる。桜助は、今はただ寝ていればいい。」
酷く怒られると思っていた俺の予想に反して、大樹は俺を安心させるように優しく笑った。
表情が豊かな方でない大樹の笑顔はレアだが…。
そんなわけないだろ。
俺がお前を裏切っていたのは、明白だろ?こんな間抜けな格好で。
しかし、大樹の手つきは優しかった。
風俗嬢に麗しい態度の王子様。
そんな意味不明なフレーズが頭に浮かんだ後、大樹の言葉通り俺は直ぐに意識を手放した。
やたら安心する匂いが俺を包み込んだ。
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