秘密と首輪
「……そうか。…桜助、俺には何でも言って良いんだからな?」
「…うん。」
桜助は俺の言葉にこくりと頷く。
桜助は中々自分の話をしない。だから割と親密になったつもりだが、実際はよく知らない事が多い。
俺はまた桜助の項に偽物を作る作業に戻った。
「そういや、この前言ってたしつこいα、大丈夫そうなのか?」
「んー…まぁ…。」
「どうした?」
俺は努めて冷静に桜助の言葉の続きを待った。
桜助がチラリとこちらの様子をうかがう。
いつも何も話さない桜助にしては珍しい反応だ。
もう一押しか…。
「どうしたんだよ?俺だと頼りない?」
俺はわざと困った様に笑って見せた。
桜助が俺のこの笑顔に弱いのは知っている。
「…いや…契約更新したいならまた変な服着て写真撮らせろってよー」
「何だそれ。下心丸見えだな。」
桜助はΩである事を仕事に利用している。枕営業まがいな事もしているようだ。
いつかは破綻すると思って楽しみにしているのに、中々上手くやっている。
しかしこの坂本とか言う桜助のストーカーは、かなり稀なパターンだ。
珍しく話してくれた事を考えると、大分困っているな。
俺は桜助に隠れてほくそ笑む。
「なー、本当くそだよ。まー、上手く乗り切るよ。」
「…心配だな…。そいつにはいつ会うんだ?」
「んー…来週の、木曜」
「ふーん…」
桜助のヒートは…来週の水曜日から、か。
俺は心配そうな顔のまま、考えを巡らせた。
———
ブーブー
水曜日の午後、取引先からタクシーに乗って帰社しているとスマホが震えた。
「っ⁈…っ、すみません。ちょっと、行き先変えてもらえますか⁈」
連絡は友野からだった。
ー助けて欲しい。
一言だけそう書いてあった。
急いで家に帰ると、マンションのエントランスに置かれたソファに友野が俯いて座っていた。
雰囲気が重い。
「友野!」
俺は友野に駆け寄る。
「桜助、家に入れてー」
「…」
しかし俺の心配に反して、顔を上げた友野はへらりと笑っていた。
「何もなくて良かったけど、急に変なメール送ってくるなよ。心配するだろ。」
「こめんごめん。」
相変わらず友野はニコニコ笑う。
何事かと思ったが、単に家の鍵を忘れて出てしまい、同居人が帰宅するまで家に入れ欲しいと言う話だった。
「帰り道沿いに桜助の家あるし、そろそろヒートなのに抑制剤も持たずに出ちゃってさ。」
「本当に…無防備過ぎるだろ。」
俺は友野を家にあげると、戸棚から抑制剤を取り出した。
「以後気をつけるよ。桜助の抑制剤、1日一回のやつ?」
「いやー。一回のは負担大きいから、朝、晩、2回のにしてる。」
「あー…うん、うん。副作用キツイよねー。」
何だその気のない返事は。
なんでそんなに他人事なんだ。
心配だし、その辺しっかりして欲しいよ…。
「桜助、この後は仕事戻るの?」
「友野が変なメールしてくるから、もう今日は直帰にした。薬飲む水持ってくるよ。」
「ああ。ありがとう。」
水無しでも飲めるタイプだが、あった方がいいだろう。
実は、友野にこの時間帯に会うのは初めてだ。いつも何かに追われるみたいに早く帰るから、こうして頼ってきてくれて、ゆっくり会えてちょっと嬉しい。夕飯を一緒に食べてもいいし、その流れで色々話したい。
「桜助、お腹減った…。なんか食べ物も貰える?」
「本当?じゃあ、夕飯一緒しないか?食べ行こうよ‼︎」
俺は思惑通りの友野の問いかけに飛びついて答えた。
「んー、でも今、小腹空いてんだよなぁ。」
「仕方ないなぁ…」
なんか、兄とのやりとりを思い出す。
兄もこんな風に年上なのに、少し我儘で子供ぽかったな。
俺はこっそりと微笑み、戸棚を漁った。
「友野、塩っぱい系と甘い系あるけど、どっちが良い?」
「そうだな…」
ブーブー
「ん?桜助、スマホなってけど大丈夫?」
どうせ仕事の連絡だろう。
無視しようとしたが、友野にも指摘され俺は渋々スマホを確認した。
「…最悪。」
「?」
連絡をしてきたのは、坂本だった。
明日から海外出張だから、これから会って契約の話をしたい、と。
「どうした?桜助?」
「…」
もう坂本は切りたい。
しかし俺はこれから、大樹の元を去る。大樹のおじさんには世話になったのに、その去り方は夜逃げまがいなものになるだろう。
せめて、収益性の高い坂本との繋がりは選別としても残しておくべきか。
結局迷った挙句に、俺は友野に断りをいれ坂本の元に向かった。
「やあ、桜助!」
都内の5つ星ホテル。
そのロビーにキラキラとした笑顔で、両手を広げた坂本はいた。
「じゃ、移動しようか!」
「…はい。」
坂本はスイートルームを取っていた。
入るのは躊躇してしまうが、契約する額も大きいし個室でってのは珍しい事じゃない。
居心地の悪さを感じながら俺は部屋に入った。
「はい。これ!」
「…本当にこれ売ってんですか?変態すぎないですか?」
入って直ぐ坂本に、ほぼ布切れの下着と兎耳付きのカチューシャを渡され怪訝な顔をしてしまった。
下着のパンツには大きな白い兎のしっぽが付いている。丸くてふわふわだ。馬鹿っぽい…。
「売ってるし、売れ行き好調だよ!自分が所有するΩに色々な格好させて、色々したい金持ちは多いしね!」
「…」
色々って何だよ。やたら色々言うな!
坂本は変質者だが、ある意味では一途?だ。顔もいい。金も持っている。
しかし俺がこいつを受け入れられない理由が、今の発言にある。
《自分が所有するΩ》
《色々したい》
これらの発言に、Ω側の意思はない。坂本もΩをものとして見ている。
言動の節々がそう感じさせる。
俺は渋い顔をしつつも、着替える為にバスルームへ向かった。
「抑制剤はしっかり飲もう。まだ飲む時間には少し早いが、こんなカッコさせられて…」
俺はコスプレしたままガサガサと鞄を漁った。
「…ない。」
しかし、確かにあったはずの抑制剤がない。
なんで⁈朝、確かに入れたのに。
俺はカバンをひっくり返して中身を床にぶちまけた。
ヒート中。
αと密室で2人っきり。
意識すると、恐怖で心音がドクンドクンと体の中で大きくなる。
冷や汗も出てきて、まずい。押しつぶされそうだ。
しかしどんなに探しても、抑制剤はない。
友野に渡して、その時出して直し忘れたのか?いや、あれはストックしている戸棚から出したから…。
コンッコンッ
「!」
「桜助?やけに遅くない?どうしたの?」
坂本がドア越しに急かしてくる。
坂本がこの事を知ったら…どう出てくるだろう?
「…うん。」
桜助は俺の言葉にこくりと頷く。
桜助は中々自分の話をしない。だから割と親密になったつもりだが、実際はよく知らない事が多い。
俺はまた桜助の項に偽物を作る作業に戻った。
「そういや、この前言ってたしつこいα、大丈夫そうなのか?」
「んー…まぁ…。」
「どうした?」
俺は努めて冷静に桜助の言葉の続きを待った。
桜助がチラリとこちらの様子をうかがう。
いつも何も話さない桜助にしては珍しい反応だ。
もう一押しか…。
「どうしたんだよ?俺だと頼りない?」
俺はわざと困った様に笑って見せた。
桜助が俺のこの笑顔に弱いのは知っている。
「…いや…契約更新したいならまた変な服着て写真撮らせろってよー」
「何だそれ。下心丸見えだな。」
桜助はΩである事を仕事に利用している。枕営業まがいな事もしているようだ。
いつかは破綻すると思って楽しみにしているのに、中々上手くやっている。
しかしこの坂本とか言う桜助のストーカーは、かなり稀なパターンだ。
珍しく話してくれた事を考えると、大分困っているな。
俺は桜助に隠れてほくそ笑む。
「なー、本当くそだよ。まー、上手く乗り切るよ。」
「…心配だな…。そいつにはいつ会うんだ?」
「んー…来週の、木曜」
「ふーん…」
桜助のヒートは…来週の水曜日から、か。
俺は心配そうな顔のまま、考えを巡らせた。
———
ブーブー
水曜日の午後、取引先からタクシーに乗って帰社しているとスマホが震えた。
「っ⁈…っ、すみません。ちょっと、行き先変えてもらえますか⁈」
連絡は友野からだった。
ー助けて欲しい。
一言だけそう書いてあった。
急いで家に帰ると、マンションのエントランスに置かれたソファに友野が俯いて座っていた。
雰囲気が重い。
「友野!」
俺は友野に駆け寄る。
「桜助、家に入れてー」
「…」
しかし俺の心配に反して、顔を上げた友野はへらりと笑っていた。
「何もなくて良かったけど、急に変なメール送ってくるなよ。心配するだろ。」
「こめんごめん。」
相変わらず友野はニコニコ笑う。
何事かと思ったが、単に家の鍵を忘れて出てしまい、同居人が帰宅するまで家に入れ欲しいと言う話だった。
「帰り道沿いに桜助の家あるし、そろそろヒートなのに抑制剤も持たずに出ちゃってさ。」
「本当に…無防備過ぎるだろ。」
俺は友野を家にあげると、戸棚から抑制剤を取り出した。
「以後気をつけるよ。桜助の抑制剤、1日一回のやつ?」
「いやー。一回のは負担大きいから、朝、晩、2回のにしてる。」
「あー…うん、うん。副作用キツイよねー。」
何だその気のない返事は。
なんでそんなに他人事なんだ。
心配だし、その辺しっかりして欲しいよ…。
「桜助、この後は仕事戻るの?」
「友野が変なメールしてくるから、もう今日は直帰にした。薬飲む水持ってくるよ。」
「ああ。ありがとう。」
水無しでも飲めるタイプだが、あった方がいいだろう。
実は、友野にこの時間帯に会うのは初めてだ。いつも何かに追われるみたいに早く帰るから、こうして頼ってきてくれて、ゆっくり会えてちょっと嬉しい。夕飯を一緒に食べてもいいし、その流れで色々話したい。
「桜助、お腹減った…。なんか食べ物も貰える?」
「本当?じゃあ、夕飯一緒しないか?食べ行こうよ‼︎」
俺は思惑通りの友野の問いかけに飛びついて答えた。
「んー、でも今、小腹空いてんだよなぁ。」
「仕方ないなぁ…」
なんか、兄とのやりとりを思い出す。
兄もこんな風に年上なのに、少し我儘で子供ぽかったな。
俺はこっそりと微笑み、戸棚を漁った。
「友野、塩っぱい系と甘い系あるけど、どっちが良い?」
「そうだな…」
ブーブー
「ん?桜助、スマホなってけど大丈夫?」
どうせ仕事の連絡だろう。
無視しようとしたが、友野にも指摘され俺は渋々スマホを確認した。
「…最悪。」
「?」
連絡をしてきたのは、坂本だった。
明日から海外出張だから、これから会って契約の話をしたい、と。
「どうした?桜助?」
「…」
もう坂本は切りたい。
しかし俺はこれから、大樹の元を去る。大樹のおじさんには世話になったのに、その去り方は夜逃げまがいなものになるだろう。
せめて、収益性の高い坂本との繋がりは選別としても残しておくべきか。
結局迷った挙句に、俺は友野に断りをいれ坂本の元に向かった。
「やあ、桜助!」
都内の5つ星ホテル。
そのロビーにキラキラとした笑顔で、両手を広げた坂本はいた。
「じゃ、移動しようか!」
「…はい。」
坂本はスイートルームを取っていた。
入るのは躊躇してしまうが、契約する額も大きいし個室でってのは珍しい事じゃない。
居心地の悪さを感じながら俺は部屋に入った。
「はい。これ!」
「…本当にこれ売ってんですか?変態すぎないですか?」
入って直ぐ坂本に、ほぼ布切れの下着と兎耳付きのカチューシャを渡され怪訝な顔をしてしまった。
下着のパンツには大きな白い兎のしっぽが付いている。丸くてふわふわだ。馬鹿っぽい…。
「売ってるし、売れ行き好調だよ!自分が所有するΩに色々な格好させて、色々したい金持ちは多いしね!」
「…」
色々って何だよ。やたら色々言うな!
坂本は変質者だが、ある意味では一途?だ。顔もいい。金も持っている。
しかし俺がこいつを受け入れられない理由が、今の発言にある。
《自分が所有するΩ》
《色々したい》
これらの発言に、Ω側の意思はない。坂本もΩをものとして見ている。
言動の節々がそう感じさせる。
俺は渋い顔をしつつも、着替える為にバスルームへ向かった。
「抑制剤はしっかり飲もう。まだ飲む時間には少し早いが、こんなカッコさせられて…」
俺はコスプレしたままガサガサと鞄を漁った。
「…ない。」
しかし、確かにあったはずの抑制剤がない。
なんで⁈朝、確かに入れたのに。
俺はカバンをひっくり返して中身を床にぶちまけた。
ヒート中。
αと密室で2人っきり。
意識すると、恐怖で心音がドクンドクンと体の中で大きくなる。
冷や汗も出てきて、まずい。押しつぶされそうだ。
しかしどんなに探しても、抑制剤はない。
友野に渡して、その時出して直し忘れたのか?いや、あれはストックしている戸棚から出したから…。
コンッコンッ
「!」
「桜助?やけに遅くない?どうしたの?」
坂本がドア越しに急かしてくる。
坂本がこの事を知ったら…どう出てくるだろう?