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楽譜を読んでいても、本を読んでいたにせよ──どんなに自己の世界から目を反らしたいと願った行動も全ては虚しく。視界に入って来る”ソレ”は月明かりに反射して銀色に輝き、星雫へと存在を主張する
忘れるなと言わんばかりの主張を前に音を上げた彼女はせめての悪あがきにと、”ソレ”を手に寮の屋上へ向かった。狭い自室でなく広い空間であるなら、少しは気がまぎれるかと思ったのだ
「……あの時は私、無我夢中で…」
時刻は深夜、4月の満月が照らすこの空間で自分は初めてペルソナを発現させた
無我夢中だった。生きる為なら何にだって縋りつく勢いだけが我武者羅に体を突き動かしていた。そして伸ばされた指に収まったのがこの拳銃型の召喚器だったのだ
実際に銃口から弾丸が放たれた訳ではない。でなければ星雫が今 こうして生きて、ここにいる筈がないのだから
────だが弾丸が放たれたと思う程の錯覚を起こすには十分な体験だったことに、間違いはない
撃鉄を引いた瞬間、脊髄から一気に脳髄へと駆け抜けた青白い閃光
即頭部に到達し、米神からそれが飛び出した時の感覚を星雫は今でも鮮明に覚えている。目を曇らせていた死の恐怖が晴れた清々しさ、身震いする程の解放感、逆に忘れる事が難しい程の衝撃であった
「っ……?!」
「…………ごめん」
「……えっと、あ、お、お月見に来たんですか?」
「屋上に誰かが行く気配がしたから、それで来てみた」
「それは…ごめんなさい。私、皆さんの迷惑になってるっていうのに……」
「迷惑?」
この時間に起きているのはどうやら自分一人ではなかった、と星雫は気配に引き連れてやって来た青年を前に認識を改めた
図らずも同じ4月に能力を発現させた者同士が集ったのは何の因果か。だが彼は自分と同列に語るような人ではないと星雫は弁えている。複数のペルソナ、武器を使いこなす一線を画した能力者、それが彼──有里湊という人だ
影時間の消滅を目的とした特別課外活動部のリーダーにも任命され、戦闘でもいかんなく力を発揮する湊。そんな湊に対して星雫はこの屋上で迎えた4月の夜以降、まともに召喚器を扱えた試しがない
この力が必要だと頭を下げた憧れの女性へ、告げた言葉に嘘偽りはない
自分の力が必要ならと腕章を貰っておきながら、戦闘で役立った事もなければ、足を引っ張る事しか出来ない
慣れなくて当たり前だと励ましてくれる仲間が自分の代わりに戦いの場へ赴く度、焦燥だけが先走る現状に星雫は自力で突破出来ずにいた
「枢さんは怖い?」
「え?」
「戦うことが怖い?普通でなくなることが恐ろしいと思う?」
「…………後者、です
この引き金をもう一度、倒して非日常が日常に変わる事が怖いです」
湊からの問いかけに引っ張り出される形で、すらすらと言葉に変わる本心達
ああ、何てことないと初めて言葉にした事で星雫自身も認めざるを得ない。戦う覚悟どうのこうよりも自分にはまず日常が反転する事に対する覚悟が、備わっていなかったのだと
「ありさ────」
気が付くと袋小路から変化した底なし沼へと沈んでいくだけの星雫の手から、引き抜かれた召喚器の銃口が、湊の手によってこちらを向いていた
「僕が代わりに、枢さんの日常を終わらせてあげようか」
──銃口の奥へと繋がる暗がりは底知れず、深淵が潜んでいる
目を反らしておきたかったものとの有無を言わさないままの対峙、まるで深淵に見つめ返されているかの如き錯覚
なのに何故だろう、底に沈んでいくだけだった意識が寸前に時を止めたのだ。あんなにも恐ろしいものの象徴であった筈なのに、今は全く別のものとして召喚器が瞳の中へ映り込んでくる
「……有里くんはどうして私の代わりを引き受けようとしてくれる、んですか?」
「それで君が前に進めるならいいかなと思った
前みたいな日常に戻る事を望むなら先に進むしかない。分かっているからこそ、枢さんは苦しんでいるんだろ」
問いかけにも似た言葉は、他ならない星雫自身の心の代弁でもあった。分かっていながら見てみぬフリをしていた、その事実に湊は業を煮やしたのだろう
どんなに目を凝らしても伺い知ることの出来ない深淵に4月の情景が浮かぶ。どうして気が付かなかったのか、あの夜に閉じ込められたままの自分がそこに、いたのだ
「有里くん、私ね
このまま────夜に閉じ込められたままは、嫌です」
情けない顔をしているとは分かっていた、だからこの笑顔は星雫なりの強がりだ
召喚器を持つ手、ひいては銃口を心臓の位置へと誘う彼女の言葉を聞き入れ、湊は静かに瞳を瞑る
────少女はこの夜、漸く春に別れを告げた。
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