#13 What was the name of the flower
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「灰音ちゃん、今日は冷や奴と煮物でどう?」
「おばあちゃんの作る煮物は私もおじいちゃんも好きだから、異論はないよ」
「ありがとうねぇ、そう言ってもらえると作り甲斐があるよ
それでね、マル久さんにお使いに行ってくれないかと思って…」
「ん、分かった。いつものお豆腐三丁だよね?」
「あそこのお孫さんが帰ってきたみたいでいつもより、込んでるみたいだから…気をつけるんだよ」
それが今朝、登校前に灰音が祖母と交わした会話である。時々、こうして夕飯の買い物を頼まれる時があるのだが、今日も着実とその実績を積んでいく為に灰音は学校帰りに商店街へ向かった
今朝の間にちゃんと金銭は受け取り済みだ、灰音的には自分も少しは稼いでるのだから、自分で出しても構わないのだが、祖母は中々それを聞き入れてくれない。子供なのだからそこまで気を使うなと言って
そして問題である豆腐屋 マル久の前まで近付き、自分の認識の甘さというものを痛感する。人が多いと言っても自分がバイトにつくジュネスには負けるだろうと思っていた、この時までは
店内に留まらずに店の外、敷居を囲う勢いで数を増やし続ける人、そして人。正直、ここまで人が離散しない場所に飛び込むのは果てしなく面倒だが、こちとら夕飯がかかっているのだ。逃げるわけにはいかない
「すいませーん、すいませんね、通してくださいよーっと」
本当に今日、バイトのシフトをいれておかなくて良かったと人の群れに飛び込み、向こう岸へたどり着いた灰音はつくづくと思った
苦手な体育がなかった筈なのにすでに体力はゼロ寸前、帰りの事は考えない、考えたくない。今は自分に科せられた任務(お使い)を果たすのに集中したい
「こんにちはー、おばあちゃん来たよー」
「…はい?」
神楽坂家の人間がそろいも揃ってこの店の豆腐が好きな事もあって、何度かお使いに来た事がある為にここを切り盛りするお婆ちゃんとはすっかり顔なじみだ。買い物のついでに井戸端会議なんてしょっちゅう
だがそれがどうした事か、客である灰音を出迎えに現れたのはしわくちゃな顔をした穏やかな老婆ではなく、自分と同年代くらいの少女。パッと目を引く様な、華やかな風貌に割烹着が何ともミスマッチに感じられた
「あれ…おばあちゃん、今日はいないんすか?」
「……え、ああ…奥で休んでるけど…何か用?」
「いつもここのお店のお豆腐に厄介になってるんで。そっか、おばあちゃんお休み中かぁ
あ、お豆腐まだあります?三丁欲しいんだけど…」
「三丁は…ない、もう今日は後二つしか残ってないけど」
「あらー、来るのが遅かったか…」
祖母である富美代から頼まれたのは豆腐三丁、だがすでに二丁しか残っていないらしく後一つ足りない。他で買い足すのも手ではあるが、そうするとここの豆腐をこよなく愛する祖父が高確率で不機嫌になる事、間違い無しだろう
うーん、と頭を捻り、考え事に没頭する灰音をここの孫娘である少女が見つめる。灰音が本当に豆腐だけを求めに来たのか、判断しかねない様子だ
「んー…あ、ねぇ何がいいと思います?」
「えっ?」
「冷や奴二つはお婆ちゃん達に譲るとして、私は他のを頂こうと考えついたんすよー。店員さんのオススメがあったら聞きたいなって」
参考までに、と程よく力が抜けた状態で緩んだ灰音の微笑に少女は今度こそ、言葉を失った。まさか本当に、この客は豆腐だけの目当てだったなんてと呆気に取られてしまう
唖然としている意識を取り戻したのは、客が不思議そうに語尾を上げた一言の呟き。仕事が変わったとはいえ、これだって立派な客商売、客を無視するなんて有り得ない事だ。少女のプライドが許さない
「と言っても…がんもどきや厚揚げくらいしか、うちには置いてないけど…」
「じゃあ、がんもどき五つ下さいな」
「一人で五つも食べるの?!女の子なのに」
「ふっふっふ、私は食べ盛りなのでそういう概念にはこだわらないんすよ」
いっそ清々しい程のどや顔を持って、灰音はがんもどき五つという注文で目の前の少女を圧倒した。思春期であり、体格を気にするお年頃とは思えない発言は少女と何もかもが違っていた
豆腐二丁、そしてがんもどき五つが入ったビニール袋を手に踵を返そうとする灰音、その背中を少女は引き止めざるを得なかった。自意識過剰かもしれないが、彼女が自分を知らないなんて有り得ないから
「ね、ねえ、あなた…あたしの事、知らないの?」
「知ってるっすよ、ここのお孫さんでしょ?」
「そうじゃなくって…」
煮え切らない灰音の態度に少女はもやもやと、胸に蟠りを抱いてしまう。自分が聞きたいのはこの店の孫娘としての自分を知っているかという事ではなくて――
「……アイドルのあなたの事も知ってるけど、休業してる身にアイドルの姿を強いるのはマナー違反でしょう?
休業中もアイドルでいろなんて、休みの意味ないじゃない」
「………」
「それじゃあ、おばあちゃんによろしくっす」
ああ、また行きと同じ位に体力を消費するのかと気分は憂鬱になる。灰音の小さな溜息が聞こえ、はっと少女が我に帰った時には彼女の姿は店の外。そこに群がる人の群れに突入している真っ最中
店の外で自分が出てくるのを待つ"ファン"とは違う、真正面から自分を見つめてくれた置き土産に少女が何を思ったかは分からない。そんな少女こそ、今をときめくアイドル 久慈川りせ その人だった
「え?!天城、りせの実家知ってるのか?!」
「老舗のお豆腐屋さんってマル久さんじゃないかな、うちも仕入れてるの」
「あそこかー!じゃあ、あの豆腐屋行ったら、りせに会えんのかな?」
「ちょっと!今はそういう話、してんじゃないでしょ!」
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