硝子越しのマリアへ
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「綾乃」
「葵ちゃん」
「…大丈夫?」
いつもの病室、いつもの放課後にやって来た親友のこちらを気遣う表情に綾乃は苦笑する
貴女がそんな顔をする必要ないのに、本当に優しい子だと葵の事を思いながら、綾乃は手元に握られた書類を見つめた。それは手術の同意書
『綾乃、自分でももう分かっているだろう
ここに入院するまでは小さかった腫瘍は大きくなりすぎている、もう限界だ』
『何でそんなに手術を拒否するの?手術が終わったら、また歩けるのよ?』
葵が来てから、数時間も経たない内にやって来たのは綾乃の両親だった
いつになく必死で手術を進める姿を見るからに、きっと検査で出た腫瘍の大きさが危険域を出た為に綾乃の主治医が連絡を取ったのだろう
『これは手術の同意書だ
一週間後にまた来るから、その時までに決断しなさい』
『いい?綾乃。良く考えてね
また歩ける様になったら、LINK VRAINSなんか行かなくても良くなるんだから』
『それは…違うよ、私はあの世界が本当に好きで…』
『私達は、あんな所に貴女に行ってほしくないのよ』
確かに最近のLINK VRAINSは異常で、ハノイによる犯行で無法地帯と化している事は否めない。だけど、その悪い部分だけを切り取って見て欲しくなかった
現実では味わえない未知の体験に魅了された自分と同じ感覚を持つ人々との会話、決闘は綾乃にとって、何物にも代えがたい経験だった
厳格な父に握られた同意書はいつになく重く、今まで現実から逃げて甘い蜜だけを吸って来た自分につけられた枷の様にも感じられた
「私も綾乃には今のLINK VRAINSに来て欲しくない
クロッシェと決闘するのは楽しいけど、でもまた…貴女がパソージェンになったら嫌なの…!」
「ごめんね、あの時はいっぱい心配かけたよね
けど…私がこの事態を引き起こしたきっかけになっているなら、私は責任を取って、LINK VRAINSを皆の手に返したいの」
「……本当に、責任感が強いんだから」
「うん。自分でもどうかと思う」
先程の様に苦笑を浮かべる自分の頬を軽く抓り、いつも通りに談笑を交わして、帰っていく葵を見送る
ネット中継ではLINK VRAINSに突如として現れた塔と思しきものの解説やニュースが連日、取り上げられている。きっとあれはハノイの騎士によって、作られたものだろう
パソージェンとしてアナザー事件を拡大、長引かせてしまった裏でこの現象が起きているなら、責任を取らなければならない。そう言った綾乃だったが、ただ一つだけ、葵に返事が出来ない事があった
―おば様達は本当に綾乃の事を心配してると思う
だから、ちゃんと自分の想いを伝えた方が…
その言葉に綾乃は何も返事が出来なかった
自分の本音を打ち明けて、親子関係を悪くするのは嫌だ。きっとこれは手術を怖がって遠ざけている弱い心の現れだ
「……」
LINK VRAINSの閉鎖で各メディアが撤収される中、唯一のネット中継を通して男が嘲笑っている
絶対的に自分の力が凌駕される事はないと確信している顔、この計画を止めるなら、止めてみろという挑発はきっと――Playmakerに向けられている
「ごめんね、お母さん、お父さん」
ああ、今日だけで何度、自分は謝罪の言葉を紡ぐのだろう
謝ってばかりの自分、だけどいつかこの時に《アタラクシア》とデッキを取り上げなかった事を、両親や主治医の人達に感謝出来る日が来ればいいと思う
「――行ってきます」
名も知らぬ、ハノイの騎士の一人である事しか分からない男からの挑発でPlaymaker、Go鬼塚、ブルーエンジェルが荒廃したLINK VRAINSに現れ、遅れる事数十分後にクロッシェもログイン
ビルとコンクリートの大地で出来た景色は瞬きをする間に崩壊し、一度見た景色は二度と戻らない。この事態を広めているのは、眼前に聳えるデータの塔で間違いないだろう
ネット中継で見るよりも遥かに高く、天にまで届き――尚、その向こうのデータの海にまで浸食を進める塔に近付くにはいつものボードは使えず、走るしかない様だ
「!なに?あれ…竜巻?」
塔に向かって走り出したクロッシェの視界の隅、一秒ごとに崩壊していく世界の中で生み出された竜巻に目を奪われた
一瞬、データストームかとも思ったが、この状況では発生条件は整わない筈。ならば、あれは人工的に生み出されたもの。――誰かが決闘をしている?
塔に向けていた足を竜巻の方へ方向転換、近付くにつれ、全貌が明らかになるそれを何と無しに見上げていたクロッシェの瞳の色、表情が変わった。風が収まり、落ちて来る存在目掛けて突っ込む
「ああああああああ!!!」
「おや…!」
「葵ちゃん、葵ちゃん…!」
「これはこれは…親友の散り際に現れるとは…素敵な友情ですね、椎名綾乃」
アバター名で彼女を呼ぶのを忘れる程にクロッシェは混乱していた、自分の現実世界での情報がどこからか流れている事だって構わない
あの竜巻が視界の隅でも捉えられる大きなもので良かったと思う。でなければ、きっと自分は地上へ落ちるブルーエンジェルを受け止める事も出来なかっただろうから
「綾乃…」
「葵ちゃん…!」
「……綾乃…」
「なに…?」
「――――」
パソージェンとなり、Playmakerと決闘して敗北した自分よりも尚高い場所から落下した痛みに耐えながら、呟かれた言葉は確かにクロッシェへと届いた
最初は親友の言葉をすんなりと受け止める事は出来なかった、けれどやがてそれを「託された願い」として受け入れたクロッシェは再び走り出した
自分の親友をこんな目に合わせた決闘者への怒りで体が震える、絶対に許しはしない――そこでやっとクロッシェはPlaymakerの抱く暗い炎を理解した
亡き少女の眠る墓標を後に
(駆け出す少女を追い抜く様に)
(彼女の欠片が飛び立った)