第六十七幕 八千代よ、母よ
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「私が還るべき場所は母上、あなたの胎内であるべきなのです。これを」
引き続き、小雨が打ち付ける信田の森。その奥にひっそりと隠れる様に打ち捨てられた神社の境内でその男の声は聞こえてきた、男が説明する相手は己の母 羽衣狐だ
陰陽が完璧に交わった京の都を永遠の秩序にする為、自身も永遠を生きるべきだと結論づけた晴明が悟ったのはもう一度、千年を生きる母に自分を産んでもらうという方法
ー人は死ぬと必ず「輪廻の輪」の中に還り、馬や虫、草木など様々な生き物に転生する
我は死して後、輪廻の輪に還らず、千年を生きるあなたの胎内へ再び戻り、またこの世に晴明として転生する…これが完全なる復活の法、完全なる「反魂の術」なのです!!
「つまりおぬしはこの母から何度でも生まれたいと、そう申すのじゃな?」
ここまでの説明であっさりと理解してくれた母の物わかりの早さに晴明は微笑んで応える。そう、今までに羽衣狐に語った事こそが清明が辿り着いた完全なる反魂の術
例え、自分が道半ばで息絶えても千年を生きる母が存在する限り、何度とて生まれ直す事が出来る。これこそが清明の望む永遠の命の形――
その為にもう一度、自分から生まれようと発起した晴明のけったいな頭は羽衣狐にとって一周回って、愉快に映った様だ
「晴明…昔からおぬしは奇妙な子ではあった…なぜそんな奇天烈なことが思いつく?」
「闇と光――陰陽が交じり合ったこの都を私は永遠のものとしたい
そのために私は永遠の命がほしいのです」
「晴明…わらわは常々言うておろう、世は闇に包まれてしまえばよいと…それではダメか?
人の血もあるおぬしではそうもいかんのか?ん?」
「…そういう母上は人である父上を愛したわけでしょう」
「確かにそうじゃなあ…おかげでおぬしを手に入れたわ…近う…晴明」
母である羽衣狐は一点の闇で世界を妖のものにする事を良しとするも半分妖であり、人の身である晴明はそうはいかない。そういう位置にある彼だからこそ、光――人がある事に対する重要性を熟知していた
光あればこそ、闇もまた共にある事が出来るのだとその立場上、晴明は良くわかっていた。それを知っている自分だからこそ、この都を永遠の秩序にする使命に身を賭そうといつからか抱いていた
妖上位の世界をあくまで人の観点から承知できない子に牙を向く事なく、羽衣狐は晴明を抱き締める。一見すれば、親子が抱き合う微笑ましい風景に見えるも、それは人であればの話でこの二人には当てはまる事はない
「愛しき晴明や、あいわかった…妾が何度でも何度でも…産んでやるぞ」
「ありがとう、母上…人と妖の理想世界のため、必ずこの「反魂の術」を完成させてみせます」
「おお…晴明、お前といるとこの先千年退屈せんのじゃのう」
清明が去った後の信田の森は増々、雨脚が強くなる一方だ。こんな天気なら尚更、夜を畏れる人々の中で外出する者は普段ならばいないだろう。けれど今夜はそんな常識を破る者がいた様だ
朽ち果てた境内を住居とし、息を潜めて暮らす羽衣狐の耳に音が届いたのはその時だった。雨によってぬかるんだ土を駈ける音は馬の蹄だろうか
「晴明?なんじゃ…忘れ物かえ…?今あけるでな…」
この森に羽衣狐が潜んでいる事は安倍晴明やその配下達しか知らない事実、それによって彼女は警戒心なく境内の扉を開けてしまう。その時まで、羽衣狐の元へ訪れた人間がいなかった事が災いを呼んだ
ドッと襲いかかる微かな衝撃に思わずよろけてしまう体。今まで正常であった左目の視界は赤く、腹部の着物は同じ様な赤色に染まっている。見下ろした腹部に刺さる矢、左目も同じ状態になっている事だろう
「ほぁ」
「とらえよ」
ーなんじゃ?
一人の男からの命令に境内を取り囲む様に配置された兵から羽衣狐目掛けて、放たれる矢は降りしきる雨に混ざり、無数に境内の中へと降り注ぐ
状況を理解出来ずに無防備を晒す羽衣狐に次々と突き刺さる矢。戦う術を持たぬ羽衣狐にはその矢を、自分へ敵意を向ける人間達をどうにも出来ずにただ逃げ惑うしかない
「やめんか」
ーどういうことじゃ!?
死んでしまう、妾が死んだら…
「晴明を、産めぬではないか!!」
左目や腹に止まらずに体中へと突き刺さる矢、これ以上の傷を受ければいかに千年を生きる妖とて死んでしまうだろう。それではいけないのだ、子との約束を果たせなくなってしまう
何度も産んでやる、その誓いを守る為に逃げようとする羽衣狐を捉えようとする野蛮な手と手。彼女には最後まで分からなかった、この男達を仕向けた人物もその陰謀も何一つ
ーとある屋敷…
「おお…ようきたのう、晴明!!」
「およびでしょうか、頼道様」
招かれた屋敷の主 頼道の前で腰を降ろし、歓迎を受ける晴明。自分の母である羽衣狐が奇襲を受けたなどとこの時の彼は知る由もなかった
肥満体型が目につく男、同じ様に肥満によって張った頬の肉は少々の不平も理由にいれて膨らんでいる様にも見られる。無論、頼道が感じる不平というのは今日招いた晴明の意地の悪さにある
「おお晴明、お主にいつも聞いておったろう、不老不死の方法を
なぜこんな素敵なことを教えてくれぬのじゃ?」
「?どういうことでしょう、延命の術なら多少のおぼえはありますが」
「違う違う!信田の狐のことじゃ」
信田の狐という単語に晴明の時が刹那、凍り付く。その単語が当てはまるのは自分の母である羽衣狐しか有り得ない、あの森に母がいると知っているのは自分と配下くらいだった筈。それが何故、この男が知っているのか
珍しく混乱によって、思考を停止していた晴明を気にかける者はこの場にはいない、目の前で動きがあったのはその時だ。頼道の横に通された箱の中から引っ張り出されたのは――
「見ろ~、やっとのことでつかまえたんだぞ~これがその狐じゃ!!
ホレホレ…千年も生きるというこいつの肝を喰らえば、不老不死になるそうじゃぞ?お主なら知ってそうなもんじゃがのう?」
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