第五十八幕 花の盛りも夜伽の頃
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ー数刻前 伏目稲荷神社
「冷麗、土彦」
「気にしないで早くおゆき、リクオ…花雪が首を長くして待ってるはずよ
私達は大丈夫。紫がいれば、「不幸」にはならないから」
「リクオ完全復活、ねv」
土蜘蛛に負わされた傷によって、その場を動けない冷麗と土彦に京都へ舞い戻って来たリクオが足を運んでいた。京へ戻って来た時には先ず、彼女等に会おうと考えていたのだ
自身の力が足りなかった為に二人をこんな目に合わせたというのに、そんな事を気にせずに冷麗は微笑む
痛ましい程に包帯で隠され、不便だろうにそう振る舞えるのは遠野の妖として戦いで傷付くのは当たり前と認識しているからか。本当に誇り高い妖達だ
「すまねぇ、必ず遠野への恩は返す…!!」
目指すは彼らを児戯の様にいたぶり、手ひどい傷をつけてくれた土蜘蛛が座する相克寺。そこには氷麗と花雪がいる筈だ。二人を助けるのは容易い事ではないだろう、だが自分も以前のままではない、今度こそ、
そして自分の勘違いを正す切っ掛けを与えてくれた冷麗と土彦の傷に対しても、報復を下す必要がある。それがせめてのここまで着いて来てくれた遠野への恩返しと信じて
「待ってたぜ―――?手酌で五十斗飲みほす間もずっとなぁ」
「つらら…下がってろ」
その出現を待ちわびていたという口ぶりながら、土蜘蛛は酒をあおり続ける。酔いどれていてもリクオくらいの相手なら、それくらいが丁度良いハンデとでも思っているのだろうか
仰ぎ見るリクオの背中には既に、ここに来た目的の一つである氷麗の救出が完了している。彼が現れた事によって、虚勢を張っていた心が限界を迎えたのか氷麗の体は微かに震えている様だった
「えーと、なんつったっけ…そう…ぬら…ぬら…奴良、リクオだぁ」
「花雪はどこへやった」
「あん?あの娘なら鬼童丸がどっか連れていっちまったよ、だからここにゃいねぇ
その時、鬼童丸にきいたよ。おめぇ"認識"ズラして、オレのこぶしよけてたんだって…?そんな奴ぁ…初めてだな」
薄々とリクオは気付いていた、ここに入った時から花雪の姿が見えない事から彼女は別の場所に連れて行かれたのではないかと、その予想が当たった彼の顔は苦いものへと変わる
分かっていたからこそ、もっと早く来ていればという後悔が尽きない。だが彼女が連れて行かれたという場所も見当はついている、月夜見の家系はその性質から妖を引き寄せ、断絶したのだから
「しかも、四百年前に羽衣狐殺ったのはてめーのじーさんだって話じゃねぇか」
「…さっさとやろうぜ、京妖怪。花雪を探しにいかなきゃならねぇんでな」
「……あわてんなよ、飲むかい?楽しんでけよ…オレもつぶすのが楽しみだ」
すぐにでも花雪の後を追いかけたい気持ちは山々だが、氷麗との再会を邪魔し、更に餌に連れられてやって来た獲物の動きを妨げる者がここにいる為に出ていけない。ここの門番、土蜘蛛を倒さない事には
目の前に立ちはだかる男から惜しげなくすり抜けた、微かに中身が残っている一斗瓶がリクオの眼前を擦る。それが地面で弾けた瞬間が、全ての合図だった
「くはっ」
弾丸と見間違うかの様な速度、常人では――初めて会った時のままのリクオでは避ける事も出来ずに最初の一撃で勝負は決まっていただろう。けれど、土蜘蛛の拳には生身の人間を打った手応えはなかった
目的の人物に放った筈の拳を代わりに受けたのはきらびやかに飾り付けられた仏間。ひしゃげられた仏間に腕を絡めとられている間にリクオの祢々切丸が鋭い音を立て、土蜘蛛の背中を狙う
「粉ッ」
巨大な自分よりも小柄なリクオだけを見つけ出し、狙い打つのは土蜘蛛にとっても至難の業。それを考慮し、土蜘蛛は殴打の数を増やして大雑把に自分の周りを打つ事に転換
無理をして、狙い打つよりかは狙いなく攻撃を繰り出した方がまだ当たる確率が高いというもの。そしてその意図通りに旋回と化した拳は自身を狙っていた相手を巻き込み、攻撃する意志を刈り取った
大きな傷はないものの、新品であった筈の着物は鬼憑の加護下から外れてしまったのか、ただの布切れと化してしまったのを攻撃の渦中から脱出したリクオは確認した
ー完全にはさけきれねぇか
「よけるだけじゃあ、勝てねぇぞ?」
「お前もあわてんなよ、土蜘蛛。今すぐに魅せてやるからよ」
戦いが最高潮に達するかと思われた時、二人の男の戦場には不釣り合いな華奢な体が前線に踊り出て来た。長い黒髪はずっと寺に閉じ込められていた時間を現すかの様に軋んでいる
今まで土蜘蛛との戦いを傍観していたものの、それだけでは絶え切れなくなった氷麗の姿だった。その華奢な体は懸命に押し殺そうとし、微かに滲む恐怖によって震えていた
「おい…じゃまだ…すっこんでろよ
コラ。リクオォ、そいつどけろォ。つぶしちまってもいいのかい?」
「リ…リクオ様、お下がりください!私がお守りします!!」
「つらら」
噛み締めていた唇が開いて、発せられた声は自分でも頼りないと思う程に弱々しいものであった。けれどそれとは裏腹に抱く使命や思いは確かな芯が通っているのが、変わらぬ言葉の選びから感じられた
本人でさえも感じ取られる声の震えは傍にいるリクオも気付かずにはいられない。声だけではなく、体も震わせる氷麗に見てみぬ振りをする事も出来なかった
「おい」
「いやです、退きません!! 花雪様が連れ去られて、目の前にリクオ様がいるのに!!
また、守れない…もうあんな思いはしたく…ないんです!!」
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