第五十四幕 目の当たりにせよ、吉祥天
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「その時の罪滅ぼしをしてもらうぞ、新しき月の姫よ。あの姫はそなたの始祖であろう?
あの男の血族の目の前でそなたの生肝を喰らい、絶望する顔が見られぬ事が残念よ」
水面を切り、近付く気配に顔を上げた花雪の丸みある顎を細い指が掬う。一体この池に沈んだ何人の死体を踏み越え、羽衣狐は自分に近付いてきたというのか
見えはしない羽衣狐に生き肝を吸い取られ、死した人々の怨念がその背中から自分を見ている様な錯覚に花雪は溺れる。怨念の百鬼、これ程までに肝が冷えるのかと別の意味で目を奪われてしまう
けれど負けてはいられない。まだリクオと羽衣狐が邂逅してもいないというのに自分が早々に挫ける訳にはいけないのだ
彼の行くべき道、勝利を照らす自分の光を弱らせてなるものか、と花雪は強くあれと心へ言い聞かせ続ける
「……ます」
「ん…?」
「彼は、来てくれます。人と妖を守る為に、新しい力を見つけ出してきっと、この因縁を断ち切ってくれると私は信じてる…!
私もここでただじっとしている気はありません、簡単にこの命を喰らえると思わないでほしいですね」
「…ふ、ふふ…はははっ」
「っ…?」
彼が来ない訳がないと決めつけた言葉を訂正させる為、そして何より自分の心を挫けさせない様にとした強がりの言葉に視線を注いでいた羽衣狐が途端に破顔する
強い訳でもない、寧ろ弱小である花雪が自分に真正面から立ち向かってきた様子が可笑しいというのも十分だが、その強がりが今までにない余興の様に見えたのかもしれない
「何とも面白いのう。ここまであの姫と同じとは…血、否魂は違わぬということか
いいじゃろう、猶予と共に賭けをしようではないか。面白いとは思わぬか?」
「賭け、って何を…」
「わらわがやや子を産むまでの間にぬらりひょんの血族がここへ辿り着けば、そなたの勝ち…もしくはそなたがここから逃げ出せれば勝ちとしよう
その時はそなたの呪いを解き、生き肝を諦めよう…じゃが間に合わぬ場合は…分かるな?」
「……」
つまりは。リクオが羽衣狐の『出産』に間に合わなかった時は生まれたやや子とやらに生き肝を差し出せ、そういう意味だろう
確実に彼が来てくれるとは断言出来ない、来たとしても羽衣狐に対抗出来るかも分からない。限りなく分が悪い状況でも花雪は決めた。最期の時までリクオを信じると
「狂骨」
「はい、お姉様」
ー羽衣狐の傍にいる事を許されている幹部クラスの妖…。こんな小さな子が…
「姫を牢に、猶予の間はそこにいるといい」
「こっちだよ」
「あ…」
文献上で描かれる狂骨という妖は白髪の生えた骸骨姿の者として現される事が多い。それを頭に置いていると目の前に現れた花雪よりも幼い、年端も行かない少女はとても狂骨というイメージと結び付かなかった
羽衣狐に呼び出され、花雪を預かり知る事となった狂骨が手引きした場所は鵺ヶ池にほど近い座敷牢。月鳴だけでなく、護身刀さえも奪われた花雪は元の無力な妖へと陥落した
「普通はここに置かれる事はないんだからね
すぐにお姉様に生き肝を捧げる様になってるんだから幸運だと思いな」
「は、ぁ…」
「…ねえ、何であんたはお姉様…羽衣狐様に逆らうのさ
月読姫は戦う力を持たない弱い妖なのに、どうして」
狂骨から見て、花雪の反抗は無意味で価値のないものに見えた事だろう。それを隠す事なく、眉間に深い皺を刻んでいる為に十中八九、間違いはない筈だ
弱いと分かっているのに何故強い者へ歯向かい、死に急ぐのか……狂骨の言わんとする事は分かる。確かに自分も生き急いでいる訳ではないのだけれど、と花雪は自分の態度を振り返り、
「…はい。私は確かに弱い妖です、戦えると自惚れて…そのうぬぼれと共に現実に叩きのめられました
誰かに守ってもらってばかりの私が誰かを守れる、なんてのぼせ上がってたんですね…」
伏目稲荷神社では突然の事で気が動転し、力が思う様に振る舞えなかったと弁明は出来る。けれど戦いにおいては突然の事態を対処する能力も必要とされる、戦いにマニュアルなどないのだから
悔しいけれどそれが自分には足りなかった、それだけなのだ。こうして自分が囚われたのも自分の力のなさが原因、誰でもない自分のせいで窮地に陥っている
だから、という訳ではないが心だけは強くありたいと願うのだ
「けど、やっぱり守られるなら…数少ない私の力を役立てるのは、あの人がいいと思った
だからあなた達の大将の意には添えないんです」
ーリクオ、私ももう少しだけやってみる
誰かを守るにはまだ未熟だけど、自分を守る為に身に付けた力はきっと私に応えてくれると信じて
目の当たりにせよ、吉祥天
(澱みなき純粋なる黒)
(汚れなく曇りない白)
(先に呑まれるのは、果たして)