第五十四幕 目の当たりにせよ、吉祥天
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遠い幼い日――まだ花雪が小学校にも上がっていない頃、突如として少女の日常は何の前触れもなく、本当に突然の出来事として崩壊した
夜も深まる浮世絵町、その一角に今の奴良組と規模を同じくする屋敷が過去あった。それが月夜見家、かつて起こった惨事の舞台だ
『いい?花雪、何が起きてもここから出て来ちゃダメよ?』
『どうして…?おとうさんとおかあさんは?』
『お父さん達は一緒に行けないんだ、花雪を守らなきゃいけないから』
出来得るなら、このままゆっくりと寝かせてあげたい気持ちがあるもののそうはいかない。何故一人で隠れなければいけないのか、と首を傾げる我が子の頭を撫でる錫兎は非常に名残惜しそうで
今はまだ何も知らない花雪が自分達がいなくなった後――独りぼっちの悲しみに心をすり減らし、涙を流す姿を思い描くと自分達の覚悟は人の親として失格だろうと痛感せずにいられない
それでもやらなければいけない。どんなに自分の子供を悲しませようと、親として失格と思われても
ここで三代目奴良組総大将の未来に必要な花雪を、自分達の大切な子を失う訳には――
『錫兎、そろそろ』
『ん…いい?出て来ちゃだめだからね?きっと鯉伴が迎えに来てくれるから…それまでは隠れてるんだよ?』
『鯉伴おとうさまが?』
『何が起きても、泣かないで待ってなさいね』
この後はいつもと同じ光景が広がるのみ
夕日かと見間違う様な鮮明な赤、喉だけでなく肺までも焼け付く高い熱。その中を花雪はあてどなく彷徨う、両親の姿を求めて
『おとうさん、おかあさんどこー?』
『ダメ。花雪、来ないで!』
『おかあ、さん?』
『花雪、逃げるんだ…決して振り向いちゃ、いけない…』
『おとう、さん?』
渦巻く炎が焼き付いた瞳はこの炎を鎮めんとする水の静けさの色に揺らぎ、どこまでも底がある広い水面に炎の赤と同じ、あるいはもっと深い色に滲んだ鮮血が浮かぶ
焦げた血で出来上がった目印が指し示すのは折り重なる様に倒れた両親の無惨な姿、お互いを守ろうとしたなれの果て。その光景を花雪だけでなく、二人の血で濡れた鈍色に輝く刀身が見ていた
『あなたは、だぁれ?』
「ん…」
夢の中で熱にやられた頬の中を針が伝ったかの様な痛覚に花雪は目を覚ます、どうやら針と思った物体は上から垂れてきた水滴の冷たさだったらしい
一体ここは、と軽々と起き上がろうとした行動に体が一斉に悲鳴をあげた。体中に受けた傷を忘れていた花雪にそれを思い出させる熱の鋭さで途端に負けそうになる
「っ……?」
ー伏目稲荷…じゃない?洞窟…
「リクオ、つららちゃん…?土蜘蛛は…」
何とか自分の体から上がる悲鳴に打ち勝ち、見回した風景は知らない場所だった。天井から垂れた水滴といい、空間に立ち込める冷気と暗闇の中に一人だという事実に花雪の体が震える
間違いがない様に言えば、彼女の生理的現象は決して場の冷たさに負けたのではなく、恐怖を原因として起こったものであると明示しておこう
一人で沸き立つ恐怖とこの場から一時も早く立ち去りたくて、リクオに大丈夫だと言ってほしくて花雪は行動に移る。それが見てはならないものへ彼女を誘導するとは知らずに
地面から伸びる岩の影の向こう側を覗き、花雪は助長した恐怖に戦慄し…後悔した。先程までいた場所の方がまだ生易しい"地獄"だったのだと
「漸く目が覚めたか…」
「…!」
ーこの、声…夏休みに入った時の駅で聞いた…っ。じゃあ、この人が…
「生き肝を喰らうておるだけじゃが、何をそんなに驚いておる。特別、不思議な事ではあるまい
……それとも初めて、生き肝を喰らう姿を見たか?」
――地獄と、目があった。
目の当たりにした地獄は黒く塗りつぶしたセーラー服を着た少女だ。花雪よりは何個か上の様でいて、その表情に浮かべた笑みは妖艶で大凡その年齢で浮かべるものではない
セーラー服の女性を花雪が視野にいれた際、彼女はとある少女の唇を奪っていた。今の今まで生きていた少女は見るも無惨な貌に成り下がり、支えをなくした体は池の底へと沈んで行った
「しかし、忌まわしきぬらりひょんの血族と関わる事で死に至る呪いをかけたというのにまだその傍にあるとは…な」
「あなたが、羽衣狐…」
ー京妖怪の総大将、鯉伴お父様達の仇…
確信がありながら、半ば夢心地気味の言葉にセーラー服の少女……羽衣狐は妖しく微笑んだ。自分を羽衣狐と判断した、その観察眼と自身を目の前にして静謐である花雪の佇まいを讃える様に
月読姫である花雪が白と称するなら、目の前の羽衣狐は黒き象徴。――覚えている、あの桜が満開の夜、鯉伴が殺された場に彼女はいた
「まさか、このようにして早く月の姫と出会えるとは…わらわも予想外だった
じゃが…嬉しい誤算じゃ。やがて生まれる、わたわのやや子に捧げる極上の供物が手元にできたのだから」
「やや、子…?」
「そう。この弐條城…妖気終焉の地でわらわはやや子を産む
あの時、あの忌まわしい男と姫に邪魔されなければ、もっと早く宿願を叶えられたものを」
漆黒の瞳に射抜かれた花雪の肌が刹那、粟立つ。底のない暗闇に飲み込まれる、沈んで行く感覚。これこそが羽衣狐の畏の一片
夜も深まる浮世絵町、その一角に今の奴良組と規模を同じくする屋敷が過去あった。それが月夜見家、かつて起こった惨事の舞台だ
『いい?花雪、何が起きてもここから出て来ちゃダメよ?』
『どうして…?おとうさんとおかあさんは?』
『お父さん達は一緒に行けないんだ、花雪を守らなきゃいけないから』
出来得るなら、このままゆっくりと寝かせてあげたい気持ちがあるもののそうはいかない。何故一人で隠れなければいけないのか、と首を傾げる我が子の頭を撫でる錫兎は非常に名残惜しそうで
今はまだ何も知らない花雪が自分達がいなくなった後――独りぼっちの悲しみに心をすり減らし、涙を流す姿を思い描くと自分達の覚悟は人の親として失格だろうと痛感せずにいられない
それでもやらなければいけない。どんなに自分の子供を悲しませようと、親として失格と思われても
ここで三代目奴良組総大将の未来に必要な花雪を、自分達の大切な子を失う訳には――
『錫兎、そろそろ』
『ん…いい?出て来ちゃだめだからね?きっと鯉伴が迎えに来てくれるから…それまでは隠れてるんだよ?』
『鯉伴おとうさまが?』
『何が起きても、泣かないで待ってなさいね』
この後はいつもと同じ光景が広がるのみ
夕日かと見間違う様な鮮明な赤、喉だけでなく肺までも焼け付く高い熱。その中を花雪はあてどなく彷徨う、両親の姿を求めて
『おとうさん、おかあさんどこー?』
『ダメ。花雪、来ないで!』
『おかあ、さん?』
『花雪、逃げるんだ…決して振り向いちゃ、いけない…』
『おとう、さん?』
渦巻く炎が焼き付いた瞳はこの炎を鎮めんとする水の静けさの色に揺らぎ、どこまでも底がある広い水面に炎の赤と同じ、あるいはもっと深い色に滲んだ鮮血が浮かぶ
焦げた血で出来上がった目印が指し示すのは折り重なる様に倒れた両親の無惨な姿、お互いを守ろうとしたなれの果て。その光景を花雪だけでなく、二人の血で濡れた鈍色に輝く刀身が見ていた
『あなたは、だぁれ?』
・
・
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「ん…」
夢の中で熱にやられた頬の中を針が伝ったかの様な痛覚に花雪は目を覚ます、どうやら針と思った物体は上から垂れてきた水滴の冷たさだったらしい
一体ここは、と軽々と起き上がろうとした行動に体が一斉に悲鳴をあげた。体中に受けた傷を忘れていた花雪にそれを思い出させる熱の鋭さで途端に負けそうになる
「っ……?」
ー伏目稲荷…じゃない?洞窟…
「リクオ、つららちゃん…?土蜘蛛は…」
何とか自分の体から上がる悲鳴に打ち勝ち、見回した風景は知らない場所だった。天井から垂れた水滴といい、空間に立ち込める冷気と暗闇の中に一人だという事実に花雪の体が震える
間違いがない様に言えば、彼女の生理的現象は決して場の冷たさに負けたのではなく、恐怖を原因として起こったものであると明示しておこう
一人で沸き立つ恐怖とこの場から一時も早く立ち去りたくて、リクオに大丈夫だと言ってほしくて花雪は行動に移る。それが見てはならないものへ彼女を誘導するとは知らずに
地面から伸びる岩の影の向こう側を覗き、花雪は助長した恐怖に戦慄し…後悔した。先程までいた場所の方がまだ生易しい"地獄"だったのだと
「漸く目が覚めたか…」
「…!」
ーこの、声…夏休みに入った時の駅で聞いた…っ。じゃあ、この人が…
「生き肝を喰らうておるだけじゃが、何をそんなに驚いておる。特別、不思議な事ではあるまい
……それとも初めて、生き肝を喰らう姿を見たか?」
――地獄と、目があった。
目の当たりにした地獄は黒く塗りつぶしたセーラー服を着た少女だ。花雪よりは何個か上の様でいて、その表情に浮かべた笑みは妖艶で大凡その年齢で浮かべるものではない
セーラー服の女性を花雪が視野にいれた際、彼女はとある少女の唇を奪っていた。今の今まで生きていた少女は見るも無惨な貌に成り下がり、支えをなくした体は池の底へと沈んで行った
「しかし、忌まわしきぬらりひょんの血族と関わる事で死に至る呪いをかけたというのにまだその傍にあるとは…な」
「あなたが、羽衣狐…」
ー京妖怪の総大将、鯉伴お父様達の仇…
確信がありながら、半ば夢心地気味の言葉にセーラー服の少女……羽衣狐は妖しく微笑んだ。自分を羽衣狐と判断した、その観察眼と自身を目の前にして静謐である花雪の佇まいを讃える様に
月読姫である花雪が白と称するなら、目の前の羽衣狐は黒き象徴。――覚えている、あの桜が満開の夜、鯉伴が殺された場に彼女はいた
「まさか、このようにして早く月の姫と出会えるとは…わらわも予想外だった
じゃが…嬉しい誤算じゃ。やがて生まれる、わたわのやや子に捧げる極上の供物が手元にできたのだから」
「やや、子…?」
「そう。この弐條城…妖気終焉の地でわらわはやや子を産む
あの時、あの忌まわしい男と姫に邪魔されなければ、もっと早く宿願を叶えられたものを」
漆黒の瞳に射抜かれた花雪の肌が刹那、粟立つ。底のない暗闇に飲み込まれる、沈んで行く感覚。これこそが羽衣狐の畏の一片