第五十二幕 夜に几帳立てるべからず
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あれはいつだっただろうか。遠い幼い日々、というあやふやな言葉でしか表現出来ない程に昔の出来事と捉えている
その日は雨が降っていた。夜になっても降り止む事がない激しい天候の中、自身の父親である鯉伴が小さな花雪を連れ帰って来たのだ
『リクオ。花雪の親が遠い所にいっちまったから、今日から花雪をうちで預かる事になった。仲良くしろよ?』
背を押され、リクオの前に出てきた花雪はこの暗闇の中に溶け込んでしまいそうな真っ黒な着物に身を包んでいた。喪服である
憔悴しきった少女はここに立っているだけで精一杯なのか、言葉を一切発さない
『おばさんたちはいつ帰ってくるの?』
『…まだ分からないんだ、置いていかれた花雪を頼むぜ。リクオ』
『うん!花雪、だいじょうぶだよ!おばさんたちが帰ってくるまでいっしょに遊んで待ってよう?』
父親の言葉がまだ死というあやふやなものを理解出来ない子供相手の嘘だと、傷付いた花雪への気遣いとリクオが気付いたのはそれから少し経ってからの事。彼女の両親は二度と帰ってこないのだ
嘘を嘘だと思わず、純粋に鯉伴の言う事を信じたリクオは今の彼女が両親と一緒に連れて行ってもらえずに寂しがってると勘違いし、その手を取って元気づけた。瞬間、花雪の瞳に生気が戻る
奴良家の屋敷に来るまでの間、散々に受けた似たり寄ったりの同情、哀憐の言葉よりも何も知らずにいつも通りの態度で接するリクオの言葉が、手が何よりも心に響いたとでもいう様に
『リクオ、くん…』
『それまではボクやおとうさんが花雪の家族だよ』
『……うん』
自分にはまだリクオや鯉伴がいる、全てを失った訳ではないと知った花雪は涙腺を緩ませた顔で不器用に微笑んでみせた。幼い二人の姿を鯉伴は思った事だろう、花雪を引き取ってきて正解だったと
実の両親を失った日から始まった奴良家での屋敷の暮らしは妖に囲まれ、酷く賑やかで、そこにリクオや鯉伴がいてくれた。花雪にとっての第二の幸せがそこにあったのだ。――あの夜までは
『なんじゃ、"孫"もいたのか
決して"子"が成せぬ呪いをかけたはずじゃが?』
満月と桜の花弁が、夜の中で微かに彩りを沿えるかの様に輝いていた
淡く月光を反射する桜雲の影から少女の声音が幼いリクオへと語りかける、真っ黒な少女だ。服も髪も瞳も――まるで黒色の権化のように漆黒にその少女は染め上げられていた
月が照らすのは見事な桜雲だけでなく、二人の間を線引く様に建物の影から溢れる人間の赤い、血の河も鮮明に暗闇の中で浮き出たせていた。非現実がすぐそこにまで迫っていた
『そうか―――また人と交わったのか…口おしや…どこまでもよめぬ血よ…ぬらりひょんの…孫か…
しかし、決して狐の呪いは消えぬ』
微かな血の香りをさせながら、少女は目の前の非現実に目を奪われたままのリクオへ歩み寄り、その頬を両手で包み込む。真っ黒な少女が唯一持つ白色の肌が月明かりに映える
少女に捕まえられたリクオは身動きの一つも出来ない。血の香りに圧倒されたのか、それとも……少女の胸の内に潜む怨念に心身ともに支配されてしまったのか
『血は必ず絶えてもらう、にくきぬらりひょんの血……』
『リクオ…?』
鯉伴を探しに行ったまま、長い時間リクオが帰ってこない事を不安視してだろう、彼らを探しに来た花雪がその場に来てしまった。その瞳にリクオの頬に血を付着させる少女の横顔が映り込んだ
一体それは誰の血か、目の前の少女は一体誰なのか、短時間の内に起こった出来事がいくつもありすぎて花雪は一歩も動けずにいる。そんな彼女へと少女が振り返り、
『リクオ、花雪、逃げろおお』
目の前で鮮やかな赤色が爆ぜた。少女と花雪達の間へと飛び込んだ鯉伴の体を鈍色に光る軌跡が奔った結果である、瞬く間に真紅の海が地面へと広がって行く
周囲に飛び散る彼の血液の赤さが建物の影から流れ、固まった血の河と寸部違わずに色を同じくする。それはすなわち、あの奥で倒れていた人物が鯉伴だったと指し示す事になる
『逃げろ。リクオ、花雪…逃げろ…』
状況を把握出来ずにリクオは父の言葉に従うがまま、鮮血に怯える花雪の手を取って駆け出す。ただ、目の前の出来事に覚えた恐怖から逃げ出す為に一目散に、
幼い彼らを追いかけてくる気配はない。あの少女も、鯉伴も桜の下で時を止めているかの様だ。逃げる二人に注がれる視線に含まれた嘲笑を受けながら、鯉伴の言葉が鮮明に響く
その日は雨が降っていた。夜になっても降り止む事がない激しい天候の中、自身の父親である鯉伴が小さな花雪を連れ帰って来たのだ
『リクオ。花雪の親が遠い所にいっちまったから、今日から花雪をうちで預かる事になった。仲良くしろよ?』
背を押され、リクオの前に出てきた花雪はこの暗闇の中に溶け込んでしまいそうな真っ黒な着物に身を包んでいた。喪服である
憔悴しきった少女はここに立っているだけで精一杯なのか、言葉を一切発さない
『おばさんたちはいつ帰ってくるの?』
『…まだ分からないんだ、置いていかれた花雪を頼むぜ。リクオ』
『うん!花雪、だいじょうぶだよ!おばさんたちが帰ってくるまでいっしょに遊んで待ってよう?』
父親の言葉がまだ死というあやふやなものを理解出来ない子供相手の嘘だと、傷付いた花雪への気遣いとリクオが気付いたのはそれから少し経ってからの事。彼女の両親は二度と帰ってこないのだ
嘘を嘘だと思わず、純粋に鯉伴の言う事を信じたリクオは今の彼女が両親と一緒に連れて行ってもらえずに寂しがってると勘違いし、その手を取って元気づけた。瞬間、花雪の瞳に生気が戻る
奴良家の屋敷に来るまでの間、散々に受けた似たり寄ったりの同情、哀憐の言葉よりも何も知らずにいつも通りの態度で接するリクオの言葉が、手が何よりも心に響いたとでもいう様に
『リクオ、くん…』
『それまではボクやおとうさんが花雪の家族だよ』
『……うん』
自分にはまだリクオや鯉伴がいる、全てを失った訳ではないと知った花雪は涙腺を緩ませた顔で不器用に微笑んでみせた。幼い二人の姿を鯉伴は思った事だろう、花雪を引き取ってきて正解だったと
実の両親を失った日から始まった奴良家での屋敷の暮らしは妖に囲まれ、酷く賑やかで、そこにリクオや鯉伴がいてくれた。花雪にとっての第二の幸せがそこにあったのだ。――あの夜までは
『なんじゃ、"孫"もいたのか
決して"子"が成せぬ呪いをかけたはずじゃが?』
満月と桜の花弁が、夜の中で微かに彩りを沿えるかの様に輝いていた
淡く月光を反射する桜雲の影から少女の声音が幼いリクオへと語りかける、真っ黒な少女だ。服も髪も瞳も――まるで黒色の権化のように漆黒にその少女は染め上げられていた
月が照らすのは見事な桜雲だけでなく、二人の間を線引く様に建物の影から溢れる人間の赤い、血の河も鮮明に暗闇の中で浮き出たせていた。非現実がすぐそこにまで迫っていた
『そうか―――また人と交わったのか…口おしや…どこまでもよめぬ血よ…ぬらりひょんの…孫か…
しかし、決して狐の呪いは消えぬ』
微かな血の香りをさせながら、少女は目の前の非現実に目を奪われたままのリクオへ歩み寄り、その頬を両手で包み込む。真っ黒な少女が唯一持つ白色の肌が月明かりに映える
少女に捕まえられたリクオは身動きの一つも出来ない。血の香りに圧倒されたのか、それとも……少女の胸の内に潜む怨念に心身ともに支配されてしまったのか
『血は必ず絶えてもらう、にくきぬらりひょんの血……』
『リクオ…?』
鯉伴を探しに行ったまま、長い時間リクオが帰ってこない事を不安視してだろう、彼らを探しに来た花雪がその場に来てしまった。その瞳にリクオの頬に血を付着させる少女の横顔が映り込んだ
一体それは誰の血か、目の前の少女は一体誰なのか、短時間の内に起こった出来事がいくつもありすぎて花雪は一歩も動けずにいる。そんな彼女へと少女が振り返り、
『リクオ、花雪、逃げろおお』
目の前で鮮やかな赤色が爆ぜた。少女と花雪達の間へと飛び込んだ鯉伴の体を鈍色に光る軌跡が奔った結果である、瞬く間に真紅の海が地面へと広がって行く
周囲に飛び散る彼の血液の赤さが建物の影から流れ、固まった血の河と寸部違わずに色を同じくする。それはすなわち、あの奥で倒れていた人物が鯉伴だったと指し示す事になる
『逃げろ。リクオ、花雪…逃げろ…』
状況を把握出来ずにリクオは父の言葉に従うがまま、鮮血に怯える花雪の手を取って駆け出す。ただ、目の前の出来事に覚えた恐怖から逃げ出す為に一目散に、
幼い彼らを追いかけてくる気配はない。あの少女も、鯉伴も桜の下で時を止めているかの様だ。逃げる二人に注がれる視線に含まれた嘲笑を受けながら、鯉伴の言葉が鮮明に響く