第八十一幕 例え百年の時が経とうとも
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『え…』
ーその古歌が"鍵"でした、そこで妾は
『ああ…あぁ…』
ー全てを思い出すように
『あ…鯉伴…さま…?』
ー成されていたのです
その人が自分の"父"という偽りの記憶による蓋が外れ、自分が山吹乙女だという事、そして自分が刺してしまった人がかつて自分の"夫"だったという事を思い出してしまった。自分は偽りの子のフリをしていただけに過ぎなかったのだ
噴き出した血だまりの中に倒れた鯉伴はぴくり、とも動かない、その事が余計に少女ー全てを思い出した乙女の心を深い絶望に貶めて行く。違う、そんなつもりじゃなかったのだと乙女にこの現実を直視出来る筈がない
『ああ、ああ、ああああああああああ!!! いや…いや…鯉伴様ァァァァァ』
『ひぇっひっひっひ、そうじゃ悔やめ女!! 自ら愛した男を刺したんじゃぞ?』
『ああぁあああぁああ』
『出来なかった偽りの子のふりをしてな!! あっひゃっひゃひゃああ』
ー…そうして
自分が鯉伴を刺した、ここに来なければ、彼らと会わなければこんな事にはならなかった。――自分さえ、ここにいなければ、鯉伴は刺される事もなかったのだと後悔の念が乙女に宿るもう一人の人格を呼び覚ます
やがて耳を劈く様な女の痛々しい慟哭は歓喜に満ち足りた笑みへと移り変わる、もうそこには山吹乙女という妖はいない、代わりにいるのはこの時を何百年も待ち続けた、彼女に取って代わった羽衣狐という妖だ
『そうじゃ、
『お姉ちゃん、誰…?』
少女の慟哭を聞きつけ、戻って来たリクオが見たのは血だまりに倒れる父の傍から微笑みかける少女の顔。一目見ただけで遊ぼう、と声をかけてくれた時の慈悲深いものとは違う、邪悪なものだと分かる表情を少女は浮かべていた
以降、羽衣狐が好む負の感情に取り込まれた乙女の人格はこの時まで封じられる事となったのである。晴明の策によって鯉伴の元に送られ、その人を刺した晩から彼女はずっと後悔の念に晒され続けて来た
ー愛しい人を手にかけて――
「妾は…あの狐になった…
リクオ…もっとよく顔を見せておくれ…」
震える手は愛しいひとを刺した時の事を思い出してのものだろうか。その手に手招かれるままに歩み寄ってくるリクオへ乙女は体を無理に起こし、その顔ー父親に良く似た面差しに手を沿える
まだ羽衣狐の依代が乙女だと分からなかった時にぬらりひょんが抱いた様に、乙女もまたリクオの面差しに鯉伴を重ね合わせる。その事が余計に乙女の後悔を煽り、同時にここまで成長したリクオの姿に一種の感動さえ覚えた
「うり二つ…あの人に…妾に子が成せたなら、きっとあなたのような子だったのでしょう」
もしも、もしも狐の呪いが存在しない世界で無事に自分が子供を産めていたのなら――そんな有り得ないと知りながらも何度も夢見た光景を今際の時に抱きながら、全ての力を振り絞った乙女の体は最期の時を迎える
鯉伴に似た子を抱く自分とそれを優しく見守る鯉伴の視線を感じる。その子がいたのなら、自分は鯉伴の元を離れずに済んだだろう。その子の成長を見守りながら過ごす、あの夜の様に幸せな日々を過ごしたのだろうか
「!!おい…おい!!」
ーあの人と…妾の、子…
『オレたちの子が次の魑魅魍魎の主になるんだ
その時のためにも、オレがこの組をでっかくする!』
『え?』
『一緒になるぞ、一生…ついてくるんだ』
天気のいいある日、連れられて来た崖端で告げられた告白の言葉は今も尚、色濃く覚えている。幽霊に過ぎない自分をかの有名な奴良組の二代目が選んでくれた幸福感をどう忘れろというのか
例え羽衣狐に体を明け渡しても消させなかった、幸福だった頃のかけがえのない思い出に満たされながら、二度目の生涯を終えた乙女の人生とその終わりに氷麗と花雪は無言で涙を流し、その最期を見送っていた
「じじい」
「!」
「今すぐ三代目の座をよこせ」
「リクオ…」
「力がいる…どんな手を使ってでも…強くなんなきゃいけなくなった
この敵はオレが刃にかけなきゃなんねぇ…」
例え百年の時が経とうとも
(例え、深い闇に落ちようとも)
(忘れられないものがあった)
(それが例え、泡沫に過ぎずとも)