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「うーっす、神楽坂!いつも以上に眠そうだな!」
「朝は苦手なもんで…あ、遅くなりましたがおはようございます、花村センパイ」
「お前、そういう所は律儀だよな……」
空には斑に薄い雲が立ち込め、隙間から差し込む陽光が清々しい朝の空気の中を反射している
明日つまりは今朝、一緒に登校しようと前触れもなしに花村から連絡を受けた時には取り乱したものの、一夜経ってみれば何てことはない
中々寝付けず、いつもよりも早い時間に目が覚めた所から少なからず緊張はしているようだが何てことないのだ
「センパイが迎えに来てくれるって言うんで、いつもより早起きしたんで我儘を一つよろしいか?」
「いつも以上に眠そうなのはそういう…ってん、我儘?内容によるけど何だ?」
「……センパイと、手を繋いでみたいです」
「……は?は?!おま…っ!」
「だめ、ですかね?」
「ダメな訳、ないだろうが…!」
「え、何で泣いてるんですか」
気怠そうな雰囲気を常に纏い、のらりくらりと他人に自分を掴ませない口調と態度
決してお高く留まらず、されど安売りをする訳でもない──もっと彼女の事を知りたいと思わせる魅力を秘めた灰音は八十神高等学校の生徒間で密かに人気があるのだが、本人はどこ吹く風だ
噂を知らない筈もない花村も最近、元を言えば灰音と恋人関係になってから漸く実感した所だ。そこに「手を繋ぎたい」という慎ましく、愛らしい我儘が入り込めば、それはもうオーバーキル、K.O状態まったなしである
「あ、そうだった。センパイ、今日のお昼ってもう他の人と約束あります?」
「いや、別に約束なんてないけどどした?」
「気まぐれにお弁当を作ってきたんで、一緒に食べれないかなと思いまして」
「え、俺の分もあんの?!もしかしなくても……手作り?!」
可愛らしい彼女との登校から時は経ち、待ちに待った昼休みを告げるチャイムの音と同時に花村は灰音と約束した屋上へと駆け上がった──花村念願のランチタイムである
じゅわりと歯を立てれば、断面から溢れだすだしの柔らかい味がする卵焼き
彩りに気を使ったプチトマトさえもその瑞々しさに思わず唸ってしまう程、自分の為に作られた料理の数々に抱いた感動が花村の箸をどんどん前進させていった
「う、美味い…!」
「何てたっておばあちゃんに料理を仕込んでもらってますからね、ふふーん」
「嬉しいんだけどさ、弁当作るの大変じゃなかったのか?
朝も早起きは苦手って言ってたくらいなのに……」
「あー……」
灰音の食べているおかずは花村へ持ってきたものよりも量が少ない、食べ盛りの男子高校生という点を考慮して詰めてくれたのだろう
一人分を作る段階で早起きをしなければならないのに二人分となると殊更、目覚まし時計は早くに設定されていた筈だ
いわゆるたこさんウィンナーを摘まみながらの指摘は予想外だったのか、灰音の言葉は濁すような響き
暫く言うか言うまいかで悩んでいた彼女は腹を決めたのだろう、食べ終わった箸を仕舞うと同時に話し始めるが、その言葉もまた歯切れの悪そうなものばかりだった
「…前に彼女が出来たら、手作り弁当とか作ってほしいってセンパイが言っていたなーって思い立っただけ、です
私もそういうのには憧れてましたし?今朝の手を繋いでの登校とか、まさに夢だったんですよねー」
───付き合い始めて分かった事がある、神楽坂灰音という少女はとんでもなく奉仕体質だということ
好きになった人間にはとことん尽くし、好きでいてもらう為には努力を惜しまない。日常に良くありがちな雑談に耳を傾け、好きな人の為には苦手な早起きも辞さない──灰音の献身が、花村に思ってもみなかった衝撃を与えた
「あの、さ!」
「は、はい?いきなり何ですか、花村センパイ」
「手を繋ぐのが神楽坂の夢だったなら、俺は好きな子とのハグが夢…だし、まだ叶えた事がない」
「…………」
「……神楽坂の事、抱き締めてもいいか?」
熱意に当てられた灰音から問いかけに対する返答はなく、代わりにおずおずと広げられた両腕が言葉を用いずに花村へと答えを示していた
強く抱きしめすぎてはいないか、すっぽりと埋まる程に小さな体だったのかといつも彼女に振り回されている自覚が花村にはあるものの、今日の振り回され方はまさしく特別な有様と言って違いないだろう
「おんぶとかしてもらってたのに、こういうのは初めてって笑いますよね、私達」
「それは、まだこういう関係になってなかった時のことだし、ノーカンだノーカン!」
「……お昼休み、終わっちゃいますよ?」
「……もう少しだけ、このままでお願いシマス」
思わず片言になる花村の様子にくすくす、と心を擽るように笑い声が転がっていく
二人離れる事が、教室へ戻る事がこんなにも名残惜しく思う日が来るなんて、過去の自分達はきっと信じはしないだろう。
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