齢、一夜の内に更けて
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「鳴上が咄嗟にシャドウの弱点を突く攻撃が出来たからいいけど、それがなかったら今頃どうなってたと思う?」
「…………」
「あんな真似して、自分以外も危険に巻き込むって分からなかったワケじゃないだろ」
ダンジョンを踏破する為に久しく戻ってきていなかった広場に、ただならぬ雰囲気が霧と共に立ち込めていた
普段は温厚で自称特別捜査隊においての参謀役、盛り上げ役を兼任する花村から笑顔が抜け落ちているだけでも周囲はプレッシャーだというのに、更には厳しい言葉で追及される灰音本人は息も出来ない程に、胸を押しつぶされていると推測される
「……ごめん、なさい」
「何がだ?」
「……っ」
「何が悪いか分かってないなら、謝っても意味ないだろ」
「陽介、灰音も落ち着け。今日はテレビの外に出よう」
リーダーである鳴上の一言はまさに灰音だけでなく、どうする事も出来ずに立往生となっていた他の仲間にとっても救いの手に他ならなかった、だが────
「あの温厚な花村先輩を怒らせるってお前、相当だぞ……」
「言わないで、巽くん。良く分かってるから言わないでよぉ……」
八十神高校1年生の教室、その一角で灰音を心配して様子を見に来たりせ、完二、直斗に囲まれた中心で灰音は項垂れていた。いつも無気力ではあるものの、今回は輪をかけて──否、この姿は無気力どうこうではなく、彼女自身が招いた事態にメンタルが病んでしまっている物的証拠に他ならない
テレビの世界で怒らせてしまった花村にここ最近、無視を決め込まれてしまっているのが理由である。メールも電話も、バイトの事務的連絡以外にはなし。そろそろ心が折れてしまいそうだ
「でもね灰音ちゃん、私見てたから知ってるんだけど
鳴上先輩が倒れて、群がるシャドウに突っ込んでいった灰音ちゃんを見た時の花村先輩、凄く青ざめた顔をしてたんだよ?」
「センパイが……?」
ペルソナを付け替える一瞬の隙を狙われた悠が体制を崩した時、脇目もふらずに駆け出した灰音が知りもしなかった事実をナビであるりせから聞き、目を丸くした。この灰音の様子を憐れみ、言わずにはいられなくなったのだろう
もう誰にも死んでほしくない、傷付いてほしくもない──シャドウとの戦いが避けられない特捜メンバーに相応しくないとさえ思う願望を彼女自身が良く認識している。では自分から危険な目に飛び込んでいいのか?長らく見落としていた事実が、目の前に突き出された感覚だった
「神楽坂さん、花村先輩にこれ以上の無視は止めるように僕から申告しましょうか」
「直斗、それはちが──」
「……それは、それは違うと思う
私がちゃんとセンパイに怒られた事実と向き合わなきゃいけない事だから大丈夫」
「……ええ、あなたならそう言うだろうと分かっていましたよ」
つまりは発破をかける為のはったりだったのか、と涼やかな直斗の笑顔に何か物申したい所であったものの、結果として見事に発破をかけられてしまったので甘んじて言葉を呑み込む他ない。頭脳戦において探偵王子に勝てるわけがないのだ
放課後、千枝から花村はまだ教室にいるもののそろそろ帰宅しそうな雰囲気という返信を得て、急ぎ足で灰音は2年の教室へ駆け上がる。自分に考える暇も与えないスピードで教室の扉に指をかけた所、目的の人物との帰宅時間に合流した
「セン、パイ」
「……」
「っ、センパイ、待ってください…!」
いつもならこちら側の呼びかけにも足を止め、笑いかけてくれるというのにその素振りもなく、挙句の果てには横を素通りされてしまう。それだけで胸にはちくちくと痛みが走り、たまらず泣きそうになってしまう
涙が溢れてしまいそうになる衝動を抑え込みながら、教室を出たばかりの背中を追いかける。聞いてほしい事がある、それ以上に──この現状に灰音が耐え切れなくなった、もう限界だった
「花村センパイ…お願い、だから……無視、しないで……」
追いかけられていると分かっている筈なのに、それでも足を止めてくれない背中をどうにかして引き留めたいと彼の腕を掴んだ
掴んだ矢先に振り払われでもした時にはどうすれば、迷子の子供が縋るかのように発せられた言葉は灰音が思っている以上にとても弱弱しく、今にも崩れ落ちそうな程に小さく、花村への懇願として紡がれた
「……屋上、行くぞ」
──久方ぶりに聞いた声に、酷く安心感を得た
「あれからずっと、センパイが怒った理由を考えて、ました」
2年生の教室前から移動してきた屋上に、人影は見当たらない
いつも花村が好む貯水タンクの傍に座りながら、灰音は傍に腰を下ろしてくれた彼にここでも安心しながら会話を進める
「昔から誰かが死んだり、死に直結するような場面を見ると、頭の中、真っ白になるんです
死んでほしくない、死なないで、誰かが傷付くくらいなら自分が……いつも、そうしてきた」
「……」
「自分が傷ついた方がまだ耐えられるから、です
センパイに怒られた時も、そういった理由でシャドウの群れに飛び込みました」
……返答はない
一方的に自分が話しているだけにせよ、彼が話を聞いてくれているだけで灰音は満足だった
「誰かが痛い思いをするのは嫌、なんて自分だけが思う特別なものって勘違い、してました
でも久慈川さんからあの時のセンパイの様子を聞いて、私が嫌だと思っている事をセンパイに押し付けてた、って分かって……だから、自分の命を軽んじるような行動をして、心配させて、本当にごめんなさい…!」
自分の存在を無視して背中を向け、帰ろうとされたのが早くもトラウマとなっているせいか、まともに花村の方に顔を上げる事もままならない
時間をかけて、必死に考えたつもりの解答でも間違っていたとしたら? 見当違いだと彼に愛想を尽かされでもしたら? 汲めども沸いて来る不安に、膝に並べられた手が情けなく震えていた
「……そっか。ちゃんと神楽坂なりに考えてくれたんだな」
「センパイ……?」
恐る恐るあげた瞳に、数日ぶりに向けられた花村の笑顔が映り込んだ
怒った様子を微塵にも感じさせない表情に、ふっと緊張の緩む音が頭の中で響いた気がした。続く言葉が見当たらない灰音の視界の端を躊躇いが見受けられる手が横切ったかと思えば、目的地である彼女の頭に触れて来た
「鳴上が俺らの切り札、要で大切だってのはお前だけじゃなく、俺らの中でもちゃんと認識してるよ
神楽坂がシャドウの中に突っ込んだのも、そのせいだろうなって分かったけど……もうあんな事しないでくれ」
どうしてこんな風に拗れてしまうまで、自分は気付かなかったのだろうと灰音は戻りやしない過去に後悔の念を向けた。どうして──自分だけが誰かが傷付く光景に痛みを抱く特別な存在、なんて思い上がりをしてしまったのだろうと
灰音が負傷した光景を思い出しているであろう花村の表情が歪む、あんな事しないでくれという短い文章に詰まった感情が痛い程に心に目掛けて突き刺さってきた。撫でられていた手で彼の肩に抱き寄せられた頭で、灰音は小さく首肯する
「それから俺も意地張って、大人気なく無視なんてしてごめん」
「え、そんな…センパイは私の為に怒ってくれたんですし、元はと言えば私のせいだし……」
「怒ってはいたけどお前の事を泣かせたい訳じゃなかった、本当にごめんな」
「……花村センパイ」
ああ、そうかとその時になって灰音は気付かされた
数刻前までいた廊下の風景が滲んでいたのも、顔を上げられなかったのも全部自分が泣いていたから。我慢していた筈なのに出来ていなかったのだと目尻に残る涙を拭う花村の指先に、合点がいった
「うっし、お詫びという訳でもねーけど、何か食べに行くか!
俺が奢るから付き合ってくれよ、神楽坂」
「……っはい!」
笑顔を向けられるだけで、こんなにも胸も声も弾む理由に今は蓋をして灰音は花村の呼びかけに駆けだすのであった。
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