ハロー、ハロー。
上を見遣ればどこまでも広がる青い空に、遊戯の気分はふわりと上昇した。心地好い風が楽しい出来事をも連れてきてくれるのではないかと、そんな風に思ってしまう。
例え今が、『夏休みの宿題を片付ける』という憂鬱な作業の為に図書館に向かっている最中だったとしても、遊戯の心は夏の空にも負けぬ程、晴れやかだった。
「……あ」
遊戯は向こう側から真っ直ぐに歩いてくる人物に気付き、小さく声を上げた。通い慣れたこの道で、最近、見慣れない人をよく見かけるのだ。見慣れないと言っても、その実は奇妙な既視感がある。コツ、コツ、と靴音を鳴らして近付いてくる彼は、遊戯の姿によく似ていた。
自分は双児ではない。実は兄弟が居るという話も聞いた事がない。着ている服の趣味も違うからドッペルゲンガーでもないだろう。だから、他人の空似だ。そう結論付けたのは彼を見かけたその日で、他人だと分かっているからこそ相手の存在が気になった。
それから数日、毎日同じ時間に同じ場所で遊戯と彼は擦れ違う。今日も会えるんじゃないかな、と思っていたらその予感が的中し、遊戯の胸は小さく踊った。
彼を見かけるのは夏休みに入ってからで、それ以前に姿を見かけた事はない。同年代だと思うのだが、住んでいる地域が違うのだろうか?
自分と容姿の似ている彼に遊戯の興味は尽きない。まるでもう一人の自分が居るみたいで、しかし自分とは違う存在だと分かっているからこそ、強く惹かれた。
「……」
「……」
二人分の足音が近くなる。耳に重なって響くそれが、開いていた距離がゼロになった事を教える。
ちらりと目が合った瞬間、すっ、と擦れ違った。
ざぁっ、と風が通り抜けていく感覚。蝉の鳴く声が遠くで聞こえる。
遊戯は彼から目が離せずに、思わずその場で立ち止まった。
「……遊戯くん?」
「うわぁっ! ……え、獏良くん?」
思考が完全に彼に捕われている中、不意に後ろから掛けられた声に驚いて振り向くと、そこには図書館で待ち合わせているはずの友人、獏良了が立っていた。
「あれ、もしかしてボク、遅刻してた?」
「ううん、大丈夫だよ。いつもより早く目が覚めたから、遊戯くんの事迎えに来ちゃったんだ」
ニコニコと笑う獏良につられて、遊戯の顔も綻ぶ。そのまま隣に並んで歩きだそうとすると、
「ところで、今なにか見てた?」
と問い掛けられた。
「え?」
「何かに夢中になってたように見えたけど」
「夢中……ってワケじゃないけど、えっと……あの人」
遊戯の視線を追う獏良の視界に、少し小さくなってしまった人影が映った。
「夏休みに入ってから、よく見かけるんだ。毎日この辺りで擦れ違うから気になっちゃって」
「あれ、彼は確か……」
「! 獏良くん、知ってるの?」
「うん。ボク、去年隣町から引っ越してきたでしょ? 同じクラスになった事は無いけど、一緒の中学だった子だよ」
「そっか、隣町の子なんだ……」
獏良が遊戯と話す為に向けていた顔をもう一度後ろへ戻すと、相手もこちらを見ているようで、ちらりと目が合った。……いや、よく見るとその視線は自分達ではなく、遊戯一人に注がれている。
「……《遊戯》くん」
「え、どうかした?」
獏良は少し離れた場所にいる彼の名前を呟いたつもりだったが、それには遊戯が反応した。……そうだ、彼の名前は確か、目の前にいる友人と全く同じだ。
「ふふっ、ごめん。何でもない」
「えー、そんなに楽しそうな顔してるのに~?」
「あははっ。ほら、早く図書館行こうよ。今日中に宿題片付けちゃうんでしょ?」
「うっ……」
獏良達が並んで歩き出した頃、《遊戯》もゆっくりと前を向いて歩き出した。《遊戯》が自分を見ていた事に遊戯は気付いていなかったが、それもいいかな、と獏良は思う。
偶然にも姿の似た、二人の武藤遊戯。
きっとこの二人は、自分が何かをしなくてもその内に知り合い、仲良くなるだろう。お互いに惹かれているのなら、尚更だ。
偶然はいつか、運命に変わるのだろうか。ふと、そんな事を考えて獏良は笑った。
---
翌日、遊戯は図書館には行かずに祖父が営む亀のゲーム屋のカウンターに腰を下ろしていた。
というのも、祖父の双六が暫く家を空ける為、その間の店番を頼まれていたのである。
夏休みが始まったばかりだというのに獏良も二人で宿題を終わらせようとしていたのは、いくら店番で家に居るとはいえ、それを言い訳に宿題に手を付ける事がなさそうだと獏良が踏んだからだった。おかげで遊戯の宿題はほぼ片付き、今年の休みは珍しく、終盤で慌てる事もないのではないだろうか。
カラン。とその時、付ける店の扉を開けて一人の客が入ってきた。最近では客足も遠退き、形だけの店番かと思っていた遊戯が驚いて顔を上げると、同じように驚いた顔をした人物と目が合った。
「あ、」
今日から外出をする事も減った為、もう見かける事もないんじゃないかと思っていた”もう一人の自分”だ。
「……よぅ」
相手は少しの戸惑いを見せた後、そんな風に声を掛けてきた。それは初めて言葉を交わす相手への挨拶としては不適切で、でもそれが遊戯にとってはとても嬉しいものだった。
まるでずっと昔から知っている者への、親しみのこもった言葉。それに対する遊戯の言葉も、今はきっとこれが自然だ。
「やぁ」
夏の風は、やはり特別なものを連れてきてくれたのだろうか。遊戯は高鳴る鼓動を感じながら、《遊戯》に声を掛けた。
終
例え今が、『夏休みの宿題を片付ける』という憂鬱な作業の為に図書館に向かっている最中だったとしても、遊戯の心は夏の空にも負けぬ程、晴れやかだった。
「……あ」
遊戯は向こう側から真っ直ぐに歩いてくる人物に気付き、小さく声を上げた。通い慣れたこの道で、最近、見慣れない人をよく見かけるのだ。見慣れないと言っても、その実は奇妙な既視感がある。コツ、コツ、と靴音を鳴らして近付いてくる彼は、遊戯の姿によく似ていた。
自分は双児ではない。実は兄弟が居るという話も聞いた事がない。着ている服の趣味も違うからドッペルゲンガーでもないだろう。だから、他人の空似だ。そう結論付けたのは彼を見かけたその日で、他人だと分かっているからこそ相手の存在が気になった。
それから数日、毎日同じ時間に同じ場所で遊戯と彼は擦れ違う。今日も会えるんじゃないかな、と思っていたらその予感が的中し、遊戯の胸は小さく踊った。
彼を見かけるのは夏休みに入ってからで、それ以前に姿を見かけた事はない。同年代だと思うのだが、住んでいる地域が違うのだろうか?
自分と容姿の似ている彼に遊戯の興味は尽きない。まるでもう一人の自分が居るみたいで、しかし自分とは違う存在だと分かっているからこそ、強く惹かれた。
「……」
「……」
二人分の足音が近くなる。耳に重なって響くそれが、開いていた距離がゼロになった事を教える。
ちらりと目が合った瞬間、すっ、と擦れ違った。
ざぁっ、と風が通り抜けていく感覚。蝉の鳴く声が遠くで聞こえる。
遊戯は彼から目が離せずに、思わずその場で立ち止まった。
「……遊戯くん?」
「うわぁっ! ……え、獏良くん?」
思考が完全に彼に捕われている中、不意に後ろから掛けられた声に驚いて振り向くと、そこには図書館で待ち合わせているはずの友人、獏良了が立っていた。
「あれ、もしかしてボク、遅刻してた?」
「ううん、大丈夫だよ。いつもより早く目が覚めたから、遊戯くんの事迎えに来ちゃったんだ」
ニコニコと笑う獏良につられて、遊戯の顔も綻ぶ。そのまま隣に並んで歩きだそうとすると、
「ところで、今なにか見てた?」
と問い掛けられた。
「え?」
「何かに夢中になってたように見えたけど」
「夢中……ってワケじゃないけど、えっと……あの人」
遊戯の視線を追う獏良の視界に、少し小さくなってしまった人影が映った。
「夏休みに入ってから、よく見かけるんだ。毎日この辺りで擦れ違うから気になっちゃって」
「あれ、彼は確か……」
「! 獏良くん、知ってるの?」
「うん。ボク、去年隣町から引っ越してきたでしょ? 同じクラスになった事は無いけど、一緒の中学だった子だよ」
「そっか、隣町の子なんだ……」
獏良が遊戯と話す為に向けていた顔をもう一度後ろへ戻すと、相手もこちらを見ているようで、ちらりと目が合った。……いや、よく見るとその視線は自分達ではなく、遊戯一人に注がれている。
「……《遊戯》くん」
「え、どうかした?」
獏良は少し離れた場所にいる彼の名前を呟いたつもりだったが、それには遊戯が反応した。……そうだ、彼の名前は確か、目の前にいる友人と全く同じだ。
「ふふっ、ごめん。何でもない」
「えー、そんなに楽しそうな顔してるのに~?」
「あははっ。ほら、早く図書館行こうよ。今日中に宿題片付けちゃうんでしょ?」
「うっ……」
獏良達が並んで歩き出した頃、《遊戯》もゆっくりと前を向いて歩き出した。《遊戯》が自分を見ていた事に遊戯は気付いていなかったが、それもいいかな、と獏良は思う。
偶然にも姿の似た、二人の武藤遊戯。
きっとこの二人は、自分が何かをしなくてもその内に知り合い、仲良くなるだろう。お互いに惹かれているのなら、尚更だ。
偶然はいつか、運命に変わるのだろうか。ふと、そんな事を考えて獏良は笑った。
---
翌日、遊戯は図書館には行かずに祖父が営む亀のゲーム屋のカウンターに腰を下ろしていた。
というのも、祖父の双六が暫く家を空ける為、その間の店番を頼まれていたのである。
夏休みが始まったばかりだというのに獏良も二人で宿題を終わらせようとしていたのは、いくら店番で家に居るとはいえ、それを言い訳に宿題に手を付ける事がなさそうだと獏良が踏んだからだった。おかげで遊戯の宿題はほぼ片付き、今年の休みは珍しく、終盤で慌てる事もないのではないだろうか。
カラン。とその時、付ける店の扉を開けて一人の客が入ってきた。最近では客足も遠退き、形だけの店番かと思っていた遊戯が驚いて顔を上げると、同じように驚いた顔をした人物と目が合った。
「あ、」
今日から外出をする事も減った為、もう見かける事もないんじゃないかと思っていた”もう一人の自分”だ。
「……よぅ」
相手は少しの戸惑いを見せた後、そんな風に声を掛けてきた。それは初めて言葉を交わす相手への挨拶としては不適切で、でもそれが遊戯にとってはとても嬉しいものだった。
まるでずっと昔から知っている者への、親しみのこもった言葉。それに対する遊戯の言葉も、今はきっとこれが自然だ。
「やぁ」
夏の風は、やはり特別なものを連れてきてくれたのだろうか。遊戯は高鳴る鼓動を感じながら、《遊戯》に声を掛けた。
終
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