First ラストチャンス

「どうした、相棒」
休み時間中のザワついた教室内、《遊戯》の席の前にひょっこり現れた遊戯は、「ちょっといいかな?」と近くの空き教室へ《遊戯》を連れ出した。
「……?」
隣のクラスと言えど、休み時間毎に顔を合わせている二人ではない。くだらない日常話をする為に互いの元を訪れる日もあるが、そういう話は大抵、昼休みの時にしてしまう。持ってくるのを忘れた教科書を借りるだけならその場で言えば済む事で、こうやってどこかへ足を運ぶのは珍しい事だった。

不思議に思いながらも、人気の無い教室内へ足を進める遊戯から数歩遅れる形で《遊戯》も続く。後ろ手で引き戸を閉めると、途端に外界から隔離されたかのような静寂に包まれた。廊下から聞こえる人の声は確かにすぐ近くに存在しているのに、それがどこか遠くの物音のような。ここに居るのは自分達二人だけなのだという事が強調されるような静けさだった。

「あっ……あのさ! さ……寒いよね!」
くるり、とこちらを向いた遊戯が、顔を赤らめながらそう言ってきた。普段使われる事の少ないここでは、当然暖房などついているはずもなく、確かに寒い。だが、困ったように笑って話すその言葉は今、改めて自分に掛けられるべきものなのだろうか? 出会って数日の仲では無いのだ。当たり障りのない天気の話を持ち出すような会話の糸口に、《遊戯》は少し眉根を寄せた。こういう時の遊戯は大抵……
「相棒。オレに何か隠してるだろ」
「……っ!!」

ビンゴだ。大きく見開かれた目と引き攣った笑顔に、むしろこちらが居たたまれなくなる。
隠し事。もしくは、オレには言い辛い事。いつもと違う場所に、普段通りじゃない相棒……。それでも、オレに黙ったままではいられないと、ここまで呼び出したのだろう。
「……あ、あの」
「……」
どこかに無いだろうか、と《遊戯》は思考を巡らせる。相手の意図する所がこの状況の中で見つけられたなら、少しでも遊戯の気を楽にする事が出来るかもしれない。

「ボクね、君に……」
そこで《遊戯》はやっと、遊戯が何かを後ろ手にして持っている事に気付いた。自分で抱え込むようにして持ち直したそれは通学用に遊戯が使っているリュックサックで、どうやら中身も入っている。
下校時刻どころか昼休みもまだ先だ。なのにそれを持っている、という事は早退でもするのだろうか。未だに赤みの引かない頬に、さっきは不自然だと感じた「寒いね」の言葉も、何の裏もないただの本心だったとしたら……?
「相棒!!」
そこまで思い至って、焦るように《遊戯》は遊戯との距離を縮めた。そのまま手で遊戯の前髪をかき上げ、コツンと額を合わせる。
「熱があるのか? 気付いてやれなくて悪かった」
「ひぁぁっ!? ち、近い近い近いぃっ!!」
しかし、その密着も、遊戯の軽い抵抗によって数秒に終わった。ほんの少し両手で押し返された体の間に、さっきまで遊戯が抱えていたリュックが静かに落ちる。

「わ、るい……。イヤだったか?」
抵抗された、という事実にショックを受けなかったと言えば嘘になるが、ただただ驚いた。今までどんなに近くに居ても、遊戯が自分を拒む態度を見せる事なんて無かったのに。
「ち、違うんだ! ごめん……。ちょっと驚いたから……! あと熱もないよ。大丈夫!」
戸惑いを見せた《遊戯》に気付いてしまったのだろう。遊戯は首を大きく横に振って、慌てて自分の行動を否定した。
「……そうか」
遊戯の言葉に幾分か安堵した自分に気付いて、《遊戯》は苦笑する。それから未だに焦る相手の代わりに落ちた荷物を拾おうとして、そして今度こそ固まった。
「……っ」
遊戯のリュックから中身が見えてしまっていたのだ。目に鮮やかな色が飛び込んでくる。……イヤだと思った。その箱らしき物の正体に気付きたくない。
ドクン、と嫌な音を立てて心臓が跳ねた。体の真ん中を氷が滑り落ちていったような感覚がする。
大きなリボンまであしらわれたその箱は、どう見てもバレンタイン特有のもの。しかも本命だ。
それを遊戯が持っているという事は……? 自明だ。誰かが渡したのだ。本命チョコを。……遊戯に。
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