First ラストチャンス

過ぎた時間は元には戻らない。思い至った結論は消えない。自覚してしまった今、遊戯の頭の中は《遊戯》の事で一杯だった。初めて出会った日から今まで共に過ごしてきた日々の光景が、まるで風にでも吹かれたかのように巡る。

『相棒』

そう言って笑った顔が脳裏に浮かんで、たまらず遊戯は床に突っ伏した。
……よく見る顔だ。自分が彼の隣に立って、よく見てきた顔だった。決して表情豊かとは他人に称されない彼の、そんな事ないのにと思う柔らかな顔をした《遊戯》の姿が頭の中を占めて、胸が甘く痺れる。
「……」
はぁ、と静かに息を吐くと、それは冷たい床を微かに振動させた。溢れた想いのその熱を噛み締めるように目を閉じて、だがすぐに遊戯は勢いよく起き上がる。
「よし!」
この胸に抱える想いを有耶無耶にしたくない。怯む事はあっても、同性だから、恋愛対象外だからって想いを伝えぬまま諦める事はしたくないと、今、強く思った。
手先は器用だと思うのに心まではそうもいかない。自分が不器用だなんて事、きっともう誰だって知ってるから一度決めた事なら、足を踏み出して歩んで行きたいんだ。

キッ、と睨みつけるような勢いで逆チョコ用の箱を手に取った。ピンク地にブラウンのストライプが入った柄の包装紙には大きなリボンまで掛けられていて、それ程大きくない箱なのに存在感だけはやたらにでかい。怯む事はあっても諦めたくないと思ったそばから怯んでしまいそうな程に、その派手な箱は今まで遊戯が手にした物の中で異彩を放っていた。
「あ、明日もう一人のボクに渡す! けど、これは……ハードル高いなぁ……」
暴力的なまでに視覚に訴えてくる箱を持ちながら、遊戯は困ったように笑った。

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唐突な話なんだが、相棒は自分の魅力を分かっていない。そんな相棒を好きなオレにとって、バレンタインなんてイベントは憂鬱以外の何者でもないんだ。


2月14日当日。《遊戯》は目を覚ますと同時に苦々しく顔を歪めた。思わず漏れた小さな溜め息は、冷えた部屋の中で一瞬白くなって姿を見せる。
いつの頃からか、《遊戯》は毎年この日が来る事に不安を覚える自分に気が付いた。日本においてのバレンタインは、女性から男性へ親愛の情を込めてチョコレートを贈る、という様式が一般的で、学生ともなればそのイベントの雰囲気に女子達も浮足立ち、盛り上がる事も多い。
顔立ちが整っていると称さる《遊戯》も、昔からそのイベントにはよく巻き込まれていた。正直、顔だとか外見を褒められる事など大して嬉しくもないし、そんな告白をされ続けるバレンタインデーが好きではなかった。だが好きになれない一番の理由はそんな事ではなく、この機会に誰かが遊戯に告白してしまうかもしれない、という所だった。

武藤遊戯。《遊戯》の同姓同名の幼なじみだ。その上同性だというのに、《遊戯》が相手を好きになるのにそれ程時間はかからなかった。
いつも自信なさ気に《遊戯》の後ろに隠れている……それが周りの人間の遊戯に対する認識だが、そう思うのならばきっと、その瞳に武藤遊戯という人物を捉えた事がない奴なんだなと《遊戯》は思っている。ケンカや暴力が嫌いだと言いながら、自分の大切な人や弱い立場の者が争いに巻き込まれていたら見て見ぬふりが出来ない優しさと勇気、時折ハッとさせられる物言いや柔らかな笑顔に、むしろ《遊戯》が何度も助けられてきた。
いつの間にか目が離せない存在で、誰よりも自分が遊戯の傍に居たいと思う。それは多分、純愛なんてキレイな言葉で片付けていられない程に黒い感情も持ち併せているのだ。だから……

「あの……さ、もう一人のボク」

自分とはクラスの違う遊戯が校内で改めて訪ねてきた時、《遊戯》は大きく目を見開いたのだった。
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