First ラストチャンス

唐突な話なんだけど、もう一人のボクってば昔からよくモテる。
そんな彼にとって、「バレンタイン」という日は大して嬉しい行事でもないらしい。

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「……逆チョコ?」
母の発した聞き慣れない単語に、遊戯は『何それ?』と言いたげに首を傾げた。夕食後に自分の部屋へ戻ろうとした矢先の出来事だった。
「呆れた! 恋愛に疎い子だとは思ってたけど、まさか「何それ?」なんて言うんじゃないでしょうね?」
「えっと、うーん……。バ、レンタインの?」
正直、喉まで出かかった言葉を飲み込んで、遊戯は『チョコ』という単語に関係するイベントを挙げてみた。そう言えば今日はもう2月の13日で、バレンタインデーも目前どころか直前である。

「そう。友チョコ、自分チョコなんてのもあるけどね。今じゃもう、男の子から渡す逆チョコも珍しくないんだから」
はい、コレ。と手渡された小さな包みに目を落とす。それはとても可愛らしくラッピングされたバレンタインチョコの箱で、遊戯の顔は微かに引き攣った。突然の事で未だ状況が把握出来ていないのだが、これは、えーと……つまり?
「遊戯の事だから逆チョコなんて用意してないと思って、ママが買っといてあげたわ。ちゃんと好きな子に渡してくるのよ」
「!!」
ぱちん、といたずらっぽくウィンクされて、遊戯の顔が真っ赤に染まる。
「ご、ごちそー様でした!」
バタバタと逃げるように階段を駆け上った。必要以上に大きな音を出して部屋のドアを閉めてしまったのは、それと同じくらいに高鳴った自分の心臓の音を誤魔化そうとしたからだ。
そのまま床に座り込んで目の前の箱を見つめる。


……これを好きな人に渡せって!? ……ボクが!?


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「うーん……」
部屋の中央で胡座をかきながら、遊戯は先程貰ったチョコの箱を前にして唸った。悩みの種となったその箱の隣に視線を移すと、色合いの落ち着いたもう一つの箱が目に入る。部屋に逃げ帰る時に母から「もう一つ!」と渡された物で、こちらは遊戯への一足早いバレンタインチョコなのだそうだ。
「こっちだけなら、いつものバレンタインなのになー」
遊戯にとっての2月14日は、何てことのない普通の日だ。ここ数年、日にちが休日に被る事もなく、登校前に母から渡されたチョコで今日がバレンタインデーなのだと思い出し、登校中か休み時間に幼なじみの杏子から義理チョコを貰う。
気に掛けて貰えている事実が嬉しくて、少しくすぐったいイベントなんだけれど、そのやり取りが日常の延長のようであんまりドキドキした事がない……なんて事を言ったら、義理でもちゃんと用意してくれる杏子に怒られちゃうかな。

『ちゃんと好きな子に渡してくるのよ』

「~~っ!!」
困っているのはコレである。母の言うように恋愛に疎い自分には『好きな人』の存在なんて、そもそも考えた事が無かった。……いや、考えないようにしてきたのかも知れない。
報われないと解っているから。誰よりも近くに居るのに、手の届かない遠い人。

今、遊戯の頭の中を占めているのは杏子ではない、もう一人の幼なじみだった。
「……もう一人のボク」
自分しか口にする事のない、彼の呼び名を呟いてみる。その言葉がすとん、と胸の中に響いて熱を持つ。
「あーあ……」
気付いてしまった。見て見ぬふりをしてきた自分の感情に。それでも、思わず漏れた溜め息は後悔じゃない。

遊戯がやっと好きだと認めた相手は、同姓同名の男の子だった。
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