小ネタまとめ
『君と踊るは、優しい月の歌とオルガン』
「おはよう、もう一人のボク。…いや、実はおやすみなさい…なのかな?」
ここ数日、目を覚ますとオレに笑いかけてくる見知らぬ相手は、いつもと同じようにそう言った。
「また、あんたか」
「あ。ヒドイよ、その言い方ー。もう三日目なんだから慣れてくれてもいいじゃない? もう一人のボク」
そしてまたオレを、独特な呼び名で呼んでくる。
どうやらコイツは、オレと同じ『武藤遊戯』という名前らしい。ありきたりな名ではないから珍しいとも思うが、それよりもオレ達二人の容姿もまた、どことなく似ているなと思った。
だから自分はコイツにとっての『もう一人のボク』らしいのだが、それ以上に珍しいと思う現象は、これがオレの夢の中であるのだという事だ。
一日の生活を終えて眠りに付くと、何故かすぐそこで目を覚ます。『おはよう』という声に顔を向ければ、ニコニコと笑うもう一人の武藤遊戯と目が合った。
最初は、一体誰が、何故ここに居るのかと混乱したが、そんなオレの様子を見て、相手は自分の名を名乗った後にこれが夢である事をのほほんとした調子で告げた。
自室で眠りについたかと思えばすぐに目を覚ます。そして目の前にはこの家の住人ではない人物がいる。
そんな現象も三日目で、いつものようにそのまま相手の話を聞く事になるのだが、実は話し相手になって貰っているのは自分の方なんだろうか。
「あぁ、今日も月が綺麗だね。そうそう、学校はどうだった?」
ふわふわと武藤遊戯が歌うように話し出す。何となく芝居がかったような不自然な喋り方をするのを見ては、これが現実の事ではないのだと理解する。
「…そういえば、今日…あんたに会ったぜ」
「ボクに?」
ニコニコと笑う相手は驚いた素振りを見せない。
「ああ。あんた、オレの夢の中だけじゃなくて、現実にもちゃんと居るんだな」
「そりゃ居るよ~」
「同じ高校だとは知らなかったが…」
そう言ってチラリ、と目を遣れば、何かを思い出したように手を合わせていた。
「あ、もう一人のボクって、最近引っ越してきたばかりだったっけ?」
「…なぁ、何であんたはオレの事を知ってるんだ? 特に説明なんてした覚えもないのに最初からそうだ。それに今日、学校で会った『武藤遊戯』は…」
「ボクとはまるで違う、でしょ?」
「…そうだ。今のあんたはどっちかと言うと、何が起こっても動じなさそうに見える。だが、今日会ったあいつは…」
「頼りない?」
「そういうつもりじないが、今にも泣き出しそうな顔で見られたぜ」
「ふふ、そうだったかも」
「夢の中だけかと思ってた存在のあんたは現実世界にも居るし、その武藤遊戯はあんたとは違う…。訳の分からない事だらけで、頭がどうにかなりそうだ」
それは困るなぁ、と呟きながら、オレを見ていた相手は視線を窓の外へと移す。
「今、ここに居るボクも、君が今日会ったボクも、どっちも同じ『武藤遊戯』だよ」
紡ぐ言葉の音色はどこまでも優しくて、どこかぼんやりとした声の響きがオルガンのようだと思った。
「彼はボクの、昔の姿なんだ。…昔のボクは臆病で、今と比べたら別人に見えてしまうのかもね」
過去の事を思い返すように閉じた目を、再びこちらに向ける。一瞬だけ、その目に寂しさの色が浮かんだように見えたのは月の光のせいか。
「君と、もう一人の『ボク』が出会ったのなら…ボクはそろそろ戻らなきゃ」
言い出す『遊戯』の身体が霞みがかってくる。錯覚かと思ったが、そうではない。よく見れば相手の足は、先の方から消えかけてきていた。
「戻る、って? …消えるのか」
我ながら上擦った声が出た。動揺する程の付き合いも関係も、オレ達には無いというのに。
「ううん。帰るんだ、未来に」
「未来…」
「大丈夫だよ、またすぐ会える。だってボクは『武藤遊戯』なんだから」
一段と透けてきた身体でニコッと笑った相手と、今日現実で出会った武藤遊戯の姿が重なる。怯えた表情しか向けられていなかったが、最後の最後に見せた和らいだ表情に、確かに安堵したのだ。
「遊戯、お前…」
「あ、やっと名前呼んでくれたね」
嬉しいなぁ。と呟いて伸ばしてきたその手を、まだ掴む事が出来た。
「名前って、大切なものだと思うんだよ。特別な相手から呼ばれたのなら尚更。だからこれから出会っていく『ボク』の事も、君にとっての特別な名前で呼んでくれたなら…」
「…あぁ」
「また会えて良かった、もう一人のボク。初めて出会った時も、いつだって君はボクに手を差し出してきてくれたね。…変わらないなぁ」
「オレにとっては今日の事だけどな。それに、誰かに絡まれてるヤツを見たなら、手くらい差し出すさ」
「中々出来る事じゃないよ」
繋がっていた手は、そこで離れた。
「また、会えるんだよな?」
「うん、会えるよ。もう会ってる。ボク達は、出会っていく事が出来る」
歌い上げるような声は頭の中で軽やかに巡る。
「おやすみなさい、もう一人のボク…いや、実はおはよう…なのかな?」
---
それから数日、オレの夢の中にもう一人の『武藤遊戯』が現れる事はない。だが…
「武藤くん、どうかした?」
「…いや、何でもない。帰ろうぜ」
「…うん!」
隣に居るコイツとオレがどうなって行くのかは分からない。
しかし願わくば、夢で感じていた心地好さを二人で分け合っていけたら…と思うんだ。
終
「おはよう、もう一人のボク。…いや、実はおやすみなさい…なのかな?」
ここ数日、目を覚ますとオレに笑いかけてくる見知らぬ相手は、いつもと同じようにそう言った。
「また、あんたか」
「あ。ヒドイよ、その言い方ー。もう三日目なんだから慣れてくれてもいいじゃない? もう一人のボク」
そしてまたオレを、独特な呼び名で呼んでくる。
どうやらコイツは、オレと同じ『武藤遊戯』という名前らしい。ありきたりな名ではないから珍しいとも思うが、それよりもオレ達二人の容姿もまた、どことなく似ているなと思った。
だから自分はコイツにとっての『もう一人のボク』らしいのだが、それ以上に珍しいと思う現象は、これがオレの夢の中であるのだという事だ。
一日の生活を終えて眠りに付くと、何故かすぐそこで目を覚ます。『おはよう』という声に顔を向ければ、ニコニコと笑うもう一人の武藤遊戯と目が合った。
最初は、一体誰が、何故ここに居るのかと混乱したが、そんなオレの様子を見て、相手は自分の名を名乗った後にこれが夢である事をのほほんとした調子で告げた。
自室で眠りについたかと思えばすぐに目を覚ます。そして目の前にはこの家の住人ではない人物がいる。
そんな現象も三日目で、いつものようにそのまま相手の話を聞く事になるのだが、実は話し相手になって貰っているのは自分の方なんだろうか。
「あぁ、今日も月が綺麗だね。そうそう、学校はどうだった?」
ふわふわと武藤遊戯が歌うように話し出す。何となく芝居がかったような不自然な喋り方をするのを見ては、これが現実の事ではないのだと理解する。
「…そういえば、今日…あんたに会ったぜ」
「ボクに?」
ニコニコと笑う相手は驚いた素振りを見せない。
「ああ。あんた、オレの夢の中だけじゃなくて、現実にもちゃんと居るんだな」
「そりゃ居るよ~」
「同じ高校だとは知らなかったが…」
そう言ってチラリ、と目を遣れば、何かを思い出したように手を合わせていた。
「あ、もう一人のボクって、最近引っ越してきたばかりだったっけ?」
「…なぁ、何であんたはオレの事を知ってるんだ? 特に説明なんてした覚えもないのに最初からそうだ。それに今日、学校で会った『武藤遊戯』は…」
「ボクとはまるで違う、でしょ?」
「…そうだ。今のあんたはどっちかと言うと、何が起こっても動じなさそうに見える。だが、今日会ったあいつは…」
「頼りない?」
「そういうつもりじないが、今にも泣き出しそうな顔で見られたぜ」
「ふふ、そうだったかも」
「夢の中だけかと思ってた存在のあんたは現実世界にも居るし、その武藤遊戯はあんたとは違う…。訳の分からない事だらけで、頭がどうにかなりそうだ」
それは困るなぁ、と呟きながら、オレを見ていた相手は視線を窓の外へと移す。
「今、ここに居るボクも、君が今日会ったボクも、どっちも同じ『武藤遊戯』だよ」
紡ぐ言葉の音色はどこまでも優しくて、どこかぼんやりとした声の響きがオルガンのようだと思った。
「彼はボクの、昔の姿なんだ。…昔のボクは臆病で、今と比べたら別人に見えてしまうのかもね」
過去の事を思い返すように閉じた目を、再びこちらに向ける。一瞬だけ、その目に寂しさの色が浮かんだように見えたのは月の光のせいか。
「君と、もう一人の『ボク』が出会ったのなら…ボクはそろそろ戻らなきゃ」
言い出す『遊戯』の身体が霞みがかってくる。錯覚かと思ったが、そうではない。よく見れば相手の足は、先の方から消えかけてきていた。
「戻る、って? …消えるのか」
我ながら上擦った声が出た。動揺する程の付き合いも関係も、オレ達には無いというのに。
「ううん。帰るんだ、未来に」
「未来…」
「大丈夫だよ、またすぐ会える。だってボクは『武藤遊戯』なんだから」
一段と透けてきた身体でニコッと笑った相手と、今日現実で出会った武藤遊戯の姿が重なる。怯えた表情しか向けられていなかったが、最後の最後に見せた和らいだ表情に、確かに安堵したのだ。
「遊戯、お前…」
「あ、やっと名前呼んでくれたね」
嬉しいなぁ。と呟いて伸ばしてきたその手を、まだ掴む事が出来た。
「名前って、大切なものだと思うんだよ。特別な相手から呼ばれたのなら尚更。だからこれから出会っていく『ボク』の事も、君にとっての特別な名前で呼んでくれたなら…」
「…あぁ」
「また会えて良かった、もう一人のボク。初めて出会った時も、いつだって君はボクに手を差し出してきてくれたね。…変わらないなぁ」
「オレにとっては今日の事だけどな。それに、誰かに絡まれてるヤツを見たなら、手くらい差し出すさ」
「中々出来る事じゃないよ」
繋がっていた手は、そこで離れた。
「また、会えるんだよな?」
「うん、会えるよ。もう会ってる。ボク達は、出会っていく事が出来る」
歌い上げるような声は頭の中で軽やかに巡る。
「おやすみなさい、もう一人のボク…いや、実はおはよう…なのかな?」
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それから数日、オレの夢の中にもう一人の『武藤遊戯』が現れる事はない。だが…
「武藤くん、どうかした?」
「…いや、何でもない。帰ろうぜ」
「…うん!」
隣に居るコイツとオレがどうなって行くのかは分からない。
しかし願わくば、夢で感じていた心地好さを二人で分け合っていけたら…と思うんだ。
終