Essential is invisible(未完)
実際、造作もない事だった。男の頭の中で組み上がった薔薇はすぐに弟の手元まで来た。真紅の切り花のそれは、色味や少し触れればチクリとする棘に匂いまでもまさに弟が欲しがった薔薇そのもので、弟の表情は花が咲いたように綻ぶ。
「へへへ。やっぱ兄サマはすげーや!」
毎日、上機嫌で過ごした。眺めて、触って、時には話しかけたりもした。特に兄の自慢話などはいくらでも話していられる気がする。そんな弟を横目に、男は今日も創る手を止めない。
「モクバ、そこまでにしておけ」
自慢話を、ではない。それもあるが、その行いに何の意味があるのか男には全く理解出来なかった。そんな事をしていてもその内に、と男は思う。
「やめろって? ……枯れちゃうから?」
弟が悲しげに言う。だが、薔薇は枯れるものなのだと男に教えたのは他でもない弟自身で、
「それはそうだけど~~!」
口を尖らせて自分の薔薇に向けていた視線を男に向ける。
「たくさん話しかけた方が元気になるんだって兄サマ知らないの?」
もちろん、男が知る由などない。そして、にわかには信じ難い事だ。喋りかける事で成長するようになど創ってはいないのだから。
暫く同じような日々が続いたが、弟が大事にしていた薔薇は少しずつしおれ始め、とうとう枯れてしまった。
「…………」
初めて、好きなものを失ったな、と思った。この世で一番最初に欲しいと願ってそれを兄が叶えてくれた。いつか枯れると分かっていたけれど、それでも大切なものを失った事は悲しく、そして二度と戻らない愛おしい時間が流れていたのだと知った。
「……兄サマは、」
居なくならないよね、と言おうとしてやめた。兄なら出せるであろう明確な答えを聞きたくなかったのかもしれない。
「モクバ」
代わりに弟の名を紡いだのは男で、差し出されたのは一輪の赤い薔薇だ。
「えっ」
目が合う事もなく渡されたそれは弟が大切にしていたものと瓜二つだった。
「それは枯れん」
「……!」
同じものが欲しいと願った訳ではなく、ましてや枯れないものが欲しかった訳でもなかった。だが、男が取った行動は間違いなく弟の為を想っての事で、弟にはその気持ちこそが嬉しい。
「兄サマ、ありがとう」
男が想像もつかない事を提案するのは弟で、弟の思いも寄らない事をやってのけるのが男で、互いの思惑を超えてくる二人はやはりどこか似ている。
この世界を創造しているのは男だが、こんな日々も悪くない。……と、この時までは思っていた。
ーーー
ある朝、男はいつものようにこの薄暗い部屋のモニターから別の星の様子を見ていた。弟の口添えもあって、いくつかの星は緑や海に覆われているものの、未だ男の手の入らないまっさらな状態の星もある。それにチラリと視線をやれば、今までに無かったものの存在に気が付いた。
「……えっ!? 兄サマ、これって……」
弟も気付いたようだ。何も無い、無かったはずの星にたった二つの芽が出ている。
咲いた状態のものしか、そしてそれが枯れてしまったものしか目にした事はなかった。しかし、男も弟もそれを知っている。
小さな薔薇の芽が二つ、仲良く並んでいたのだった。
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