Essential is invisible(未完)


世界は、一人の男の手によって創造されていた。

青い星に赤い星……。木が一本だけ根付いている星もあれば、乾燥しきってひび割れている星もあった。その全てが、この男の長い指によって滑らかにデータを打ち込まれ創り上げられていく。
今日もまた、男は別の星で一人、薄暗い部屋の中でモニターを睨みつけるようにしながら日課となってしまった作業をこなす。

気が付いた時には、世界に居るのはこの男一人だった。
長い前髪の隙間から覗く世界は素っ気なくて、何も面白くなかった。だから最初は暇つぶしであったのだ。この目に映るもの、この手に触れるものを増やして行こうなどとは。
実際、男に創れぬ物など何もなかった。身に纏う物、口にするもの、ある日は没頭するように、またある日はひどくつまらなそうに指を滑らせて、そうして永遠に近い時間を使いながら、ただ延々と過ごしていた。

「兄サマ! 今日は何を作るの?」

ある日、男に弟ができた。男には終ぞ『弟』というものを創った覚えはなかったが、その小さい生き物は自分は兄サマの弟なのだと言って効かない。
「モクバ」
男は自分に懐いてくるこの弟に対して負の感情を抱くこともなく、ただ受け入れる事にした。
この世で初めての、自分が創り上げたものではない個体。いつ、どこで生まれたかも知れない己と同じ境遇に、ほんの少し興味を持った。
「オレ、今日は鳥が見たいなぁ」
「とり?」
「すっごいんだぜィ! 翼が生えてて、オレ達とは違って自由に空を飛んで行けるんだ!」
弟は身振り手振りで『鳥』という生き物の説明をする。男が『鳥』というものを知らないという事は、それはこの世に存在しないという事だ。
「オレ達の手ぐらいの大きさのヤツから、すっげーでっかいヤツまで! それで、そのでっかいヤツは成長したらきっとドラゴンになるんだ!」
弟の話は尽きず、その口からは男の知らない言葉ばかり出てくる。いつしか男は、弟が見たいと言ったものを創るようになった。今日はアレが見たい、こんな生き物がいたらいいのに、ねぇ、兄サマ。今日は何を作るの?
男と弟がいるこの星は、未だに彼ら以外の物など無いに等しい。しかし、男がふと視線をモニターに戻すと、そこに映し出される別の星は弟の声を受けて色鮮やかに息づいていた。

「兄サマ……。お願いが、あるんだけど……」
ある日、こちらを見る弟に男はどうしたと目で応えた。
「オレ、薔薇が欲しいんだ」
「バラ?」
今までに弟が何かを欲しがった事などなかった為、男は少々驚いた。出会ってから幾度となく聞いてきた弟のリクエストも、見たいと言うだけで手元にはほとんど残っていない。初めて欲しいと口にした、そしてやはり自分には知る由もないその『バラ』とやらは、一体どういう物なのだろうか?

「あのね、兄サマ。薔薇っていうのは花なんだぜィ!」
弟が、いつも見たいものを説明する時のように身振り手振りを交えて薔薇の特徴を挙げていく。その一つ一つを捉えて逃さないように。男は頭の中で正確に、弟の話を組み立てていった。
「すっごく、キレイなんだ」
そう締めくくった弟の瞳の奥には、もう男が創った薔薇が見えているのだろうか。遠くを見るように細められたその目を瞬かせれば今にも小さな星が落ちそうで。
「作れる?」
男は肯定するかのようにゆっくりと目を閉じると、弟にしか分からない程、ごく僅かに口角を上げた。
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