カフェごと。


目の前に出されたシフォンケーキを食べながら、遊戯は目の前にいる母に声を掛けた。
「このケーキ凄くおいしいね、ママ」
「そうでしょう? ママのお友達が作って持って来てくれたのよ~」
このふわふわ感が絶妙よね、とやや興奮気味に語る所を見ると、大分感動しているようだ。
市販されているものだと思っていた遊戯もそれには驚き、目を丸くする。
「手作りなんだ! 凄いね」
「そうなのよ~! …ところで遊戯、来週の日曜って友達と遊ぶ予定とかあるのかしら?」
「来週の日曜って…13日? 別に無いけど」
「あら、そう!? なら、ママと一緒にケーキ作らない!? このシフォンケーキくれた友達にお礼したいのよ」
キラキラと目を輝かせる母はまるで少女の様に生き生きとしていて、その勢いに圧倒された遊戯に残された選択肢は一つ。Yesだ。
「ホント!? 良かったわ~。休日に自分の娘とお菓子を作るの、昔からママの夢だったのよ。でも遊戯は男の子でしょ? 実はママ、ショックだったのよね~」
そんな風に思われていたとは。遊戯の方こそショックである。
「ヒドイよ、ママ」
「でもこれで夢が叶うわ。楽しみね、遊戯! 次の日はバレンタインだし、頑張ってガトーショコラ作っちゃいましょ」
「えっ! そんな本格的なの作れるの、ママ?」
「頑張ればきっと大丈夫よ」
母は決して料理が下手な訳ではない。いや、むしろとても上手いと思うのだが、遊戯は今までお菓子作りをしている母の姿など見た事が無かった。
「ホントに大丈夫かな~。…でも」
先程の母の言葉を思い出し、胸元の千年パズルを見つめてから、遊戯は自分でも聞き取れない程小さな声で呟いた。
「バレンタイン…か」

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『そのケーキ、おいしい? もう一人のボク』
「あぁ、うまいぜ」
自分の部屋に戻ると、遊戯は《遊戯》と入れ替わった。上機嫌な母からもう一切れシフォンケーキをもらい、《遊戯》に食べてもらう為である。
『良かった。君って甘いもの駄目じゃないよね?』
「? あぁ、そうだが…。何故だ?」
『ん? 何でもない』
えへへ、と肩を竦めて遊戯は続ける。
『さっきのボクとママの話、聞こえてたよね』
「ン。ケーキを作る、って話か?」
『そう。ママってば張り切っちゃってるみたいで…。それでね、その日は多分一日中バタバタしちゃうと思うんだ。ボクもママもケーキなんて作った事ないしさ。だから…その日は千年パズル外させて欲しいんだ』
フォークを口に運ぼうとしていた《遊戯》の手が止まる。何か彼に言われる前にと、更に遊戯は続けた。
『ボク要領悪いから、材料で千年パズル汚しちゃうよ』
「それ位、別に気にする事でも無いだろう」
『ボクが嫌なんだ。だってこのパズルは君との絆で、すっごく大切なものだから』
そう言って相手の表情を窺うと、僅かにではあるが眉間に皺が寄っているのが分かる。


うーん…。まだ納得してくれない、か。


すっ、と遊戯は屈み込んで《遊戯》の顔を下から見上げた。
『…ダメ?』
「………」
チッ、と短い舌打ちをして《遊戯》は残りのシフォンケーキを口へと運んだ。最後の一口を食べ終えてから、己の唇をトントン、と人差し指で軽く叩く。
遊戯の要望を聞く代わりに口付けろと言われているのだと悟り、遊戯はゆっくりと唇を寄せた。
『ん』
触れていないようで触れているような、暖かくてむず痒い感覚が胸に広がる。
「…うまかったぜ。ごちそうさま」
『良かった』
「日曜だけなんだろ、パズル外すの。なら他の日は…なるべく外して欲しくないぜ」
『もちろん! ボクだってそうだよ。…あ。でも土曜日はもしかしたら』
「どうした」
まさか二日連続でパズルを外されるのかと、《遊戯》は表情を固くする。
『ママと買い物しに出掛けるかもしれない。ケーキの材料のね。つまらないかもしれないけど…付き合ってくれる?』
「何だ、そんな事か」
《遊戯》はほっと息をつき、自分は遊戯と片時も離れたくないのだなと思い知った所で苦笑し、答えた。
「当たり前だぜ。楽しみにしてる」
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