slow
先程の男子学生は一番後ろの左側、《遊戯》とは反対の位置に当たる席に腰を下ろした。
その学生以外に乗客は居なかったようで、そろそろドアが閉まるかと思った頃、
「待って、待ってぇ~!!」
パタパタという足音と共に一人、滑り込んできた。
「ま、間に…合った…」
肩で大きく呼吸をして、一言一言を絞り出すように言った人物を見る《遊戯》の目が見開かれる。
小柄な体躯、今は辛そうに伏せられた優しげな目元、どこか自分に似た容姿。
彼こそが、今の今まで《遊戯》が思いを巡らせていた人物だった。
「あれ? 遊戯くん」
「…? あ、花咲くん!」
《遊戯》の左側から声が上がり、思わず自分の名が呼ばれたのかと顔を向けたが、それに"彼"が応えた為、《遊戯》は更に驚いた。
そんな《遊戯》の表情には勿論気づかず、遊戯は二人の間に腰を下ろすと息を整え、
「間に合って良かったぁ」
と呟いた。
「遊戯くん、こんな時間まで何してたんですか?」
「…ほら、ボク数学の授業中に居眠りしちゃったからさ。さっきまでずっと生徒指導室で補習受けてたんだ。花咲くんは?」
「ボクは今日、日直だったから…」
走り出したバスの中で静かに繰り広げられる会話。《遊戯》は視線を再び外へと向けたが、先程までのつまらなそうな表情はどこかに消え失せていた。
意識せずとも入ってくる会話の内容や声のトーンで、隣に座る遊戯の人物像が少しずつ見えてくるのが何故だか楽しかった。
「それじゃあ、遊戯くん。ボク、先にここで降りるよ」
「あっ、そっか」
バスが止まり、奥に座っていた花咲が立ち上がった。その進行方向を塞いでいる形になっていた遊戯は、道を開けるべく少し横へと体をずらす。
「またね」
「うん」
移動した事により、《遊戯》と遊戯の距離が更に縮まる。もう二人の間には僅かな隙間しか無かった。
乗客を降ろし、また静かに走り出したバスの車内。暫く揺られていると遊戯が欠伸をするのが分かった。目を擦るが眠気には勝てないようで、ゆっくりと俯く。
…こてん。
肩に軽い重みを感じ、ふと見ると遊戯が自分に凭れ掛かっていた。
…寝たのか?
規則正しい寝息がすぐ側で聞こえ、柄にもなく緊張で身体が強張る。
微かな衣擦れの音がして遊戯の手が《遊戯》との間に落ち、二人の隙間を埋めた。
自分のものとは少し色味の違う制服から伸びた細い指。
同じ空間に居る事に息苦しさを感じるが、それが苦痛ではないのは何故なのだろうか。
「……」
…なぁ。確かあんたが降りる場所に、もうそろそろ着くんじゃないのか?
起こした方が…いいんだよな。
《遊戯》は躊躇いながら、ゆっくりと口を開いた。
End.
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