秘密 -Darkness-(長編・未完)


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「あぁ、伝えるのを忘れていたな……」と、昼間の遣り取りを思い返して城の主は呟いた。
ユウギは小さく寝息を立て、自分はそれを上から覗き込んでいる状態である。……と言っても、ユウギの上に覆い被さって見ている訳ではない。その真上に空いた手の平大の大きさの穴から、じっとユウギを見下ろし、言った。
「ここで何をしようと勝手だと言ったが、この城の東……、端の部屋の物だけは決して触れるな」
何の感情も持たず、主はユウギを見つめる。
長い年月が経つにつれてぽっかりと空いたその穴を、昔はよく見上げていた。今朝のユウギのように、寝床と化したこの場所から手を伸ばして触れてみたのはいつの事だったろうか。


まだ人間だった頃の話か? それとも、こんな身体になってからだったか……?
……もう、忘れてしまったな。


「ん……」
寝返りを打ったユウギが横に置いていた物へと手を伸ばし、無意識ながらも大事そうに抱え込む。
四角錐を逆様にした形のそれは黄金色をしていて、普段はユウギの首から下げられていた。大切そうに抱える仕草を何度か見ては、胸の内がザワザワと不穏に騒ぐのを感じる。
そして今もそんな感覚を認識しながら、城の主は自嘲気味に笑い、言葉を発した。
「忠告はしたぜ? まぁ、寝ている相手に言った所で卑怯かも知れないがな」
その声は闇に溶けゆくようで。今の己の身体と酷似している気がして。覗き込んでいた体をごろりと仰向けにし、溜め息を吐く。

この体は、板壁一枚隔てて真下に眠るユウギの姿に似ている。似ている、と言うよりはユウギそのものなのだった。
自分が生きた人間であった頃など遥か遠い昔の事で、自分に課せられた使命を果たす為に自身の体をも捨てた。
精神体となった自分に己の姿を維持する術は無く、そうして長い時を過ごす内にいつしか自分の姿も名も忘れてしまった。ただ一つ、魂に刻み込まれたかのように覚えているのは、生前からの使命である"千年アイテムを守れ"という事だけ。
光り輝く千年アイテムと呼ばれる物を6つ程、先祖代々この城で守ってきた。千年アイテムは黄金で出来た価値のある物に加えて不思議な力を秘めていると言われ、手にした者は幸せになれるなどという噂をどこから嗅ぎ付けたのか、自分が生きていた頃も今も、それを狙った輩が城に入り込んでくる事があった。
それらを撃退するには精神体になった後も肉体が必要だったが、そんな時は何故かいつでも人の姿に戻る事が出来、不便を感じる事はなかった。何故だろうとは思っていたが、ある時鏡に映る自分の姿を見て得心がいった。その姿は城に侵入してきた輩と同じもので、唯一違う所は顔から顔から上半分が白い仮面で覆われているという点のみだ。
そうして自分は、誰かがこの城に足を踏み入れた瞬間、その人間の姿になってしまうのだと知る事となった。
何年、何十年、何百年経ってもそれは同じで、千年アイテムを狙う輩が入り込んで来る度に、自分の身体はその人間が仮面を付けただけの形へと姿を変える。


吐き気がする。


鏡や窓ガラスにふと自分が映り込む度に、そんな気持ちに襲われた。侵入してくる人間に城を荒らされ、本来の形を保った鏡やガラスなど殆ど残されてはいない。それでも、ふとした拍子に割られた破片に自分の姿が映し出されると言いようのない悪寒が体中を這いずり回った。
顔の半分を覆う仮面は、目の位置にそれに準ずる形の赤い石が嵌められており、いつだったか、普通の人間ならば視界を遮られるこの状態で何故前が見えるのだと仮面を外して顔を見て、やはり自分はもう普通の人間ではない事を思い知らされた。

そして今、己の姿はユウギという名の少年へと姿を変えた。昨夜、数人の男が城の辺りに居る気配に意識を外へ向けてみれば、いざ扉を開けて入ってきたのはこの少年一人のようで。
『あの、どなたか……居ますか?』
と問う声とその姿を認識し、心底落胆したのだ。"今度はこんな子供まで千年アイテムを奪いに来たのか"と。
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