秘密 -Darkness-(長編・未完)
「……え!? 誰っ!?」
突然投げかけられた声に驚き、ユウギは顔を上げた。ここに居るのは自分一人かと思っていたのに。
『……あら? あなたはあの方ではないようですね』
しかし、そこにはやはり誰の姿も見つける事は出来なかった。
『なんて優しい目……』
"どの辺りから聞こえてくるのだろう"と思ったのだが、その声は遠くから呼び掛けられているようにも、すぐ耳元で囁かれているようにも感じられて、ユウギは首を傾げた。つい最近も同じような感覚に陥った気がする。
『もう私には未来を見る事は出来ないけれど、願わくば、あなたがあの方の希望の光となりますように……』
それきり女性の声は途絶えてしまった。辺りを見回し、思い切って「誰か…居ますか?」と声を掛けて暫く待ってみても反応は無かった。
「帰っちゃったのかな」
どこに帰ったのか、あの城以外に人の住んでいる家などあっただろうか、そして彼女の話していた事は一体何だったのか……。
疑問は尽きないが、いつまで待っていても埒が明かない、とユウギは立ち上がる。
「……ボクも帰ろう」
あの城へ。
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「ただいま……?」
ギィ…と扉を開けながら発した言葉には疑問符が付いた。ここが自分の家ではないという思いが自然にそうさせる。
「……髪が濡れているな。どうした」
「へっ!?」
いきなり掛けられた声に、ユウギの口から間抜けな音が漏れた。何だか、この城に来てから驚いてばかりのような気がする。
先程の女性の声には見当がつかなかったが、この声には聞き覚えがあり、ユウギの胸は自然と弾んだ。
ずっと探していた相手、この城の主だ。
「えっと、外にある湖で顔洗ったから……それでかな」
彼に向かって説明するも、相変わらずその姿は見えない。しかし今回は前方から声が聞こえてくるのが分かって、ユウギはその声を追うように歩き始める。
「……風呂ならここの物を使えばいい。その他の設備も、一応は使えるようにしておいた」
「えっ? ……あ、ありがとう!」
聞こえる声はやはり大人のものではなく、自分が自然と敬語を忘れてしまっている事にユウギは気付かない。
「ボク、君の事探してたんだ。面と向かってお礼、言えてないなって……」
「礼なら昨日貰ったが? それに、勝手にしろとも言った筈だがな。この城でお前が何をしようと、何処へ行こうとお前の勝手だ」
歩を進めながら、ユウギは小さく肩を落とした。それは、自分に向けられる彼の声が相変わらず冷たいものであったから……ではなく、言葉を交わしている今でも彼の姿を見る事が出来ないからだった。わがままを言って留まらせてもらっている立場だというのに、未だにここの主の顔さえも知らないというのはどういう事だ、と自分で自分が情けなくなる。
"顔も知らない"と言えば……。
「そう言えばさっき、女の人の声がしたよ」
「女?」
ユウギは先程の女性の声を思い出し、唐突な話題を口にしてしまう。
「うん。少し先の湖で……」
「イシズの事か。……イシズに会ったのか?」
その声は多少驚きの色を含んでいて、そんな反応が来ると思っていなかったユウギは不意をつかれ、うろたえてしまう。
「えっ、と…。イシズさんって言うんだ? ボク、声を聞いただけで顔は見ていなくて……。それでその声も、どこから聞こえてくるのか分からない不思議な感じがしてさ。…あっ、そうだ! 君と初めて話した時もそんな気がしたんだ!!」
「……」
「ってゴメン、変な事ばっかり……」
「着いたぜ」
「……え?」
足を止めると、そこはユウギが昨夜使った部屋の前だった。ドアを開けると、今朝、ユウギが部屋を出る時と様子の変わっている所が一つある。真ん中に置かれたテーブルの上に果物や木の実が転がっていたのだ。
「わぁ…!」
と、それを見たと同時に空腹を思い出す。いつから物を食べていなかっただろう?
「食いたければ食え。空腹で倒れられても面倒なんでな」
「あの、」
「……今回だけだ。次からは自分で調達しろ」
「…うん! ありがとう。……君は?」
「え……」
"君は?"とユウギが聞いた瞬間、彼の持つ空気が変わった。動揺したような、それ。
「一緒に食べよう?」
「……必要ない。じゃあな」
「あっ! ねぇ、待って!! ボク……」
す、と彼の居た気配が消え、ユウギは口にしようとした言葉を飲み込んだ。
君と、友達になりたいんだ。