秘密 -Darkness-(長編・未完)


「あの……」
閉ざされた入口の扉と自身の口を、ユウギはゆっくりと開いた。
城内は暗かったが、所々に幽かな明かりが灯っているのか、ぼんやりと内装が窺えた。
……荒れている。一言で表すならばそれだ。
辺り一面に割れたガラスの破片やら何やらが散乱しており、酷い有様だった。本来ならば人などが住んで居るなどという考えは浮かばないのだろうが、幽かな明かり、そして先程の視線がユウギに何者かの存在を予感させる。

「あの、どなたか…居ますか?」
ドクドクと鳴る心臓の音で、自分の声すらよく聞き取る事が出来ない。
怖い、と思っていた。
普段のユウギならば暗闇など恐れはしないだろう。夜の静かな雰囲気はいつだって心を落ち着かせてくれるもので、ユウギはとても好きだった。
しかし、今自分が置かれている状況はいつもとはまるで違う。ここは自分の家ではなく、しかも数日前に外出したままの祖父は家に戻らず仕舞で、その上同じ村の人間から追われた一件もあり、ユウギの心は疲弊していた。
心細いと感じる思いが恐怖を産み出していたのだ。


誰も、居ないのかな…


一人で居るのは好きだ。…いや、違う。楽なのだ。ほんの少しの寂しさをユウギに纏わせはするけれど、上手く対人関係を築けぬのなら一人で居る方が楽だと思っていた。


でも……


それでも「人」が、ユウギは好きだった。
どんな事があっても、どんな扱いを受けても、人を嫌いにはなれなかった。だから、"ここに誰も居なければいい"という思いと、"誰か居るのなら会いたい"。その二つの相反する気持ちがユウギの中に渦巻く。

ギィ…と音を立てて、ユウギは更に扉を開いた。だが、開いてはみたものの踏み出せずにいる足元の影を、雲間から顔を覗かせた月の光がうっすらと城内へ伸ばした。

『……誰だ』

突然、辺りの空気を冷たい声が支配し、ユウギはビクリと体を震わせる。
心臓が先程よりも早鐘を鳴らし、思考も動きも何もかもが自身に飲み込まれ消えてしまいそうな気がする。
"誰かが居るのなら"と期待もしていたのに、いざ誰かが居ると分かると、やはり身も気持ちも竦んだ。
『何をしに来た』
冷たい声の主は続ける。溜め息混じりのそれは、遠い場所から呼び掛けられているようにも、すぐ耳元で話し掛けられているようにも感じる。
ユウギは震える自身を叱咤し、声を絞り出した。
「……ボク、ユウギって言います。この森を抜けた先の小さな村から…来ました」
何が起こっても覚悟を決めようと思った。この声の主が言い伝えの怪物だったとしても、自分にはどこにも行く宛てなどないのだ。
"もうここしかない"と頭の中で自分の声が聞こえたような気がして、ユウギは深く息を吸い込み、叫ぶように言った。
「ボク、もう村には戻れなくて……! お願いします、しばらくココに泊めて下さい……!!」
勢いで一歩、足が前に出た。すると視界の端に黒い影が現れたような気がして、ユウギは顔をそちらに向けた。


さっきまでの声は、この人のもの……?


月の光は弱く、その人物の顔を照らしてはくれない。それでも、その姿は人そのもので決して怪物などではなかった。
「……勝手にしろ」
「!」
先程までとは違い、今度はちゃんと声のした方向が分かった。
「あ、ありがとうございます!!」
やっぱりこの人だったのだ、とユウギはその声の主に深々と頭を下げた。
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