秘密 -Darkness-(長編・未完)
『何か』が城内に入り込んだ。《ユウギ》は咄嗟にそう感じ、踵を返した。
何故そう思ったのかは分からない。だが、一切物音を立てなくなった城内と這い寄る寒気が、《ユウギ》に異常事態を告げていた。
千年アイテムを狙った族だろうか。歩きながらも思考を巡らせるが、それにしては城内が静かすぎる。それにこの異様な気配……。これは人が発する事が出来るものなのだろうか……?
頬を冷たい汗が伝う。その冷たさをより強固に感じてしまうのは、恐らくこの城の扉が開け放たれているせいだ。そこから勢いよく流れ込む風が、《ユウギ》から熱を奪っている。多くの従者が仕えているこの城で、普段ならば扉が開け放たれている、などという事態はまず無いのだが、その従者達も誰一人として《ユウギ》の側に姿を見せない。それも過去に例のない事だった。
自分が一番よく知っているはずのこの城がまるで見知らぬ場所に思えて、《ユウギ》は舌打ちをする。いつの間にか駆け出していた足とは逆に、頭は冷静であろうと努めた。これから何が起きても対処しきれるように、と。
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森の中に出来た小径を歩く女性が一人。イシズのその姿は、常であればこの森の中で絵になる程美しいのだが、太陽の光が射さない今、その姿は世界から浮いたかのように頼りなげに見えた。
イシズはふと、今まで来た道を振り返る。既に城を出てから二時間程が経過していて、振り返ったところでそれを目に映せるはずもなかった。ここからなら城に戻るよりも、この森を抜けた先の村や町に出た方が早い。
……何故、戻るなどという選択肢が出てきてしまうのだろう。自分にはやるべき事があるからこうして城を出てきているのに。
イシズが向かっているのは、森を抜けて暫く進んだ先の町である。その町にどうやら七つ目の千年アイテムがある、という話を耳にして真偽を確かめに来たのだった。
四角錐を逆さまに象った黄金を持っている人物がいる。--イシズがそんな噂話を聞いたのは一ヶ月程前の事だ。その時はその黄金の話を、千年アイテムとは何の関わりのないものとして捉えていた。
イシズに限った事ではないが、千年アイテムとは代々城の主に受け継がれ守ってきた六つの貴金属という認識を持っており、きっと《ユウギ》や他の従者達がその噂話を聞いたとしても目の色を変える事はなかっただろう。金で出来た価値のあるものを占領したいと思った事など微塵もないのだから。
しかしある日、イシズの元へと封書が届けられる。差し出したのは町の人間で、例の噂の元となっている人物のようだった。封を開けると小綺麗な男性の文字がイシズの目に映る。
「……」
「随分と熱心に読んでいるな。弟からの手紙か?」
城の者から受け取ったそれに目を通している時、《ユウギ》に声を掛けられた事があった。
弟ではなく、町に住む方から届けられたものだと告げると、ほんの少し驚いたような顔をしてから笑った。
「慕われてるな」
「何をおっしゃっているんです。あなた程ではありませんよ」
そんな他愛もないやりとりをした日を思い出す。
その時手にしていた手紙には、『自分が所持しているこの貴金属は先日発掘したものだが、これは所謂千年アイテムではないだろうか。だとするならば、これも他のアイテム同様に城で守られるべきなのではと思う。』というような事が書かれていて、それから何度かイシズはその人物と手紙のやりとりをし、そして今日、その人に会う為に城を出たのだ。
「……」
見上げた空は相変わらず暗くて。まるで世界が暗闇に取り込まれてしまうかのようで、イシズはたまらなく不安になる。
《ユウギ》や他の者には、自分が手紙のやりとりをしている事やその内容を話していない。煩わせる必要もないと思っての事だったのだが、今、自分が引き返してしまったら、一体何の為に城を出て来たのか分からない。相手だって待っているというのに。
……けれど、それでも私は……!
イシズの脳裏に《ユウギ》や城に住む者達の顔が過ぎる。そのどれもが自分にとってかけがえのないもので、何一つとして失いたくない。
「……っ!」
イシズは不安に駆られるまま、城に引き返す為に地面を蹴った。
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