秘密 -Darkness-(長編・未完)


城の主…-《ユウギ》-を抱き締めていた腕の力を緩めると、未だ少し困惑したような紅い瞳が遊戯を見つめる。
ぴったりと身を寄せ合ったまま感じる互いの息遣いや鼓動は本物で、例え自分の身体が偽物なのだとしても、目の前にいるユウギの存在は確かなのだと思えた。

伝わる鼓動が《ユウギ》を焦燥感から解放していく。
そっと横になって向かい合った先には、ユウギと、彼をほんのりと照らす欠けた月が見えた。

「もう一人のボク……」

……こんなにも世界は、鮮やかだっただろうか。
夜の闇に包まれた今でさえ、そう思う。
自分を特別な名で呼ぶ相手の紫の瞳が幻想的で、《ユウギ》はそれに誘われるように昔の記憶をぽつり、ぽつりと語り始めた。

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もう何百年も昔、まだこの城が陽の光で煌めく木々に囲まれ、誰からも美しいと称されていた頃の事。
《ユウギ》は多くの従者達と共に暮らしていた。

今では荒れ放題の城内とは違い、隅々まで手入れの施されたこの広すぎる敷地を、そうと感じる間もなく賑やかに過ごしてきた。くだらない事に笑い、些細な事で叱られ、小さな事に心を動かされていた日々。

「……そう、今でもまだ覚えているんだ。彼等と過ごしたあの日々を……。今のように色鮮やかだった、あの時を……」

紅い瞳が、自分の目を通り越して遠くを見つめている。ユウギは《ユウギ》の言葉を静かに聞きながら、ああ……そうか。とほんの少し目を伏せた。
自分の名前すら分からない、という彼が忘れてしまったのは、きっと自分の事だけなのだ。遥か昔の事だというその過去の、一緒に過ごした相手の顔や名前、思い出達は今でも鮮明に彼の中にある。その記憶の中から《ユウギ》の事だけが抜け落ちてしまったのは、相手を大事に想う気持ちの一欠片でも、自分に対して抱けなかったからではないだろうか、と。
余りにも自分の事を、蔑ろにしていたからではないのだろうか。
出会って間もないユウギにでさえ察する事が出来る程、《ユウギ》は自身に対して無頓着だった。

「……あれはオレが……」
淡々と話していた《ユウギ》の声が、ほんの少し揺らぐ。


《ユウギ》が先代の跡を継ぎ、若くして城の主となったばかりの頃。
聡明で誰からも愛されていた先代の面影を色濃く受け継ぐ《ユウギ》も、この地を繁栄させていくのだと誰もが信じ、疑わずにいた。
それ程までに《ユウギ》は、誰の目から見ても充分過ぎる程に主としての役割を果たし、所有する千年アイテムを守っていたのだ。

今では無造作に置かれている千年アイテムだが、当時はきちんと保管されていて、《ユウギ》と一部の者しか触れられないようになっている。
時折、"千年アイテムを手にした者は、強大な力をも手にする事が出来る"という根拠の無い噂話を鵜呑みにし、城に忍び込もうとする人間も居たが、《ユウギ》とその従者達の前では腕力が強いだけの短絡的な輩など話にならず、追い返されるのが常であった。

そんな慌ただしくも平和な時が、ほんの数ヶ月程経ったある日。
昼間だというのに辺りを薄暗く包む嫌な暗雲が、《ユウギ》の目の前まで迫って来ていた。
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