秘密 -Darkness-(長編・未完)
「……!」
「……えっと……」
「……」
「……おはよう?」
「……違うだろ」
「そうだろうけど……」
やましい気持ちは微塵も無い。だが、寝ている相手を上から覗き込み、その頬に手を添えている時に目を開けられてしまっては言い訳のしようもない。こんな状況の気まずさに一瞬怯んだが、ユウギが嫌がるような素振りを見せずに話し掛けてきた為、その場に留まってしまった。
「起こしたか?」
「ん、えっと……少し前から起きてた」
「………」
「えっ、あ……ゴメン! 何か怒ってる!?」
「……いや」
ユウギのしっかりとした滑舌に、本当に前から起きていたのだろうという事が窺えた。起きぬけのユウギはいつも、舌っ足らずな話し方で城の主に「おはよう」と声を掛けている。
「オレがこんな事してるの、気付いてたのか」
「んー、3日くらい前から……かな。君の指、ひんやりしてて気持ちいいから、たまーに気付くようになったんだよ。寝たフリしてた訳じゃないんだけど起きる程でもないし、君も起こそうとしてないみたいだし、結局またすぐ寝ちゃうんだけどね」
真っ直ぐに見上げると、城の主の仮面に嵌められた赤い目と視線がかち合った。きっとその赤い石の奥から、彼もユウギを真っ直ぐに見下ろしている。
「最初は真上の穴から君の手だけが伸びてきてて、次の日は君自身が天井からすり抜けてきて……。目なんて開けなくても何となく分かったよ。ほんの少しずつ縮まってく距離と、この静かで心地好い時間がボクにとっての秘密だった」
「秘密?」
「そう。誰にも教えたくない、ボクの中に閉じ込めておきたい、ボクだけの秘密」
「……今日、お前が目を開けたのは?」
「君が、辛そうだったからかな」
すっ、とユウギは手を上げて、主の頬へと寄せた。いつも彼がユウギの頬にそっと触れるように。
「君がボクにこうするのは、助けを求めてるんじゃないのかなって……思ったから」
ギリ、と主の口元が硬く引き結ばれる。やっぱりそうだったんだ。彼は辛かったんだと理解すると、ユウギは彼の頬に添わせた指をずらし、冷たい仮面の縁をなぞった。
「……これ、外れないの?」
今はただ無性に、彼の素顔が見たかった。仮面ごしではなく、彼と目を合わせたいと思った。
「……お前はオレが怖くないのか」
「うん」
「オレが人間では無い事は、分かっているんだろう?」
「うん」
「それでも……」
「それでもボクは、君と向き合いたい。君の事が知りたいって思うよ」
ユウギの言葉に、真っ直ぐ本音をぶつけてくる瞳に、主の胸の奥が苦しくなる。こんな感覚は初めてで……と思った所で、違うなと気付いた。本当はユウギに出会って彼の優しさに触れた時から、ずっと胸の奥が苦しかったんだ。
未だ仮面に掛かるユウギの手に、主は自分のそれを重ねた。そしてそのままゆっくりと、仮面を外していく。
「……」
ユウギが息を飲んだのであろう空気が、部屋を伝わる。ユウギと似た容姿を持つ彼の仮面の奥から現れた瞳は、仮面に嵌めらていた石よりも赤く、魅了される程に美しかった。
「……きれい……」
自分の紫の瞳とは違い、吸い込まれそうな程の紅と鋭い眼光。しかしその目は辛そうに歪められていて、主はユウギと距離を取るかのように、ほんの少しだけ身を引く。
ユウギが息を飲んだのにはもう一つ理由があった。あらわになった彼の額の中央に目の形をした模様が浮かび上がり、目映い程に光りを放っていたのだ。
「この通り、オレは普通の人間じゃない。人間ですらない。ただお前の姿を借りただけの、自分の名さえも忘れてしまった怪物だ」
違うよ。と、そう言おうとしたユウギの言葉を遮り、城の主は続ける。
「これでもお前はオレが怖くないのか? 友達になりたいなんて生温い戯れ事を吐いて、オレの傍に居てくれるのか」
……泣きそうな顔だ、とユウギは思った。やっと見せてくれた彼の本音を受け止めるように、ユウギは彼の首に腕を回して引き寄せる。こうして抱き締める事で、自分の気持ちも余すことなく伝わればいいと思いながら。
「怖くないし、戯れ事じゃない。それにボク、言ったハズだよ。君の事が知りたいんだって」
「……知りたいも何も、オレには名前すら……」
「なら、ボクが勝手に付けてあげるよ」
「何を言って……」
「ボクの姿を借りているというのなら、君は《ユウギ》。ボクと同じ《ユウギ》だよ。……だって君は、"もう一人のボク"なんでしょう?」
《ユウギ》と呼ばれた城の主が、腕の中でピクリと身じろいだ。
「ねぇ、出来れば君の事を教えてよ。今までの事、今思ってる事、聞かせてくれたら嬉しいなって……そう思うよ」