秘密 -Darkness-(長編・未完)

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"何かあったら呼べばいい。……すぐに行く"


呼べばいい、なんて言ってくれたけどさ。
……ボク、君の名前知らないのにね。


自分の居場所として宛がわれたであろう部屋のクローゼットの上で、数枚の布にくるまりながら、ユウギは昼間の出来事を思い返してくすりと笑った。
もう既に月が空高く昇っているのを目の前の窓から見つめ、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

城の主があの部屋から出た後に、ユウギも彼を追って部屋を後にした。……が、今の今まで自分と会話をしていた筈の彼の姿がどこにも見えない。
一瞬の内にこの長い廊下を渡ったとも思えず、どこかの部屋に入った様子もない。
ユウギは、そこで妙に納得してしまったのだった。


きっと彼が……言い伝えに出てくる怪物なんだ。
足音一つ立てずに移動出来るのも、あの神出鬼没さも、彼が"人間"ではないから……って事なんだよね。
昔からこの地域で語り継がれてきた話……。森の中にある城に足を踏み入れてしまったら、そこの怪物に食べられてしまうんだ、って村の人が話しているのを聞いた事があったな。
誰でも一度は、家の人に聞かせて貰える話でもあるみたいだけど……。


もぞもぞと体勢を変え、天井を見つめる。真上にぽっかりと空いた穴の奥の暗さに、自然と眠気を誘われて目を閉じた。

かの言い伝えを、ユウギは暫くの間知らなかった。この地に住む者ならば言い聞かされて育つのが当然であったが、ユウギの祖父だけはその言い伝えを口にする事が無かった為、ユウギがこの話を知ったのは、たった数年前に同じ村の人間が話しているのを偶然耳にしたからだ。
その時は、そんな怪物が居るのだと知らずに城に近付いた事がなくて良かったと、安堵するとともに少しの恐怖を抱いた。しかし、そんな御伽話のようなものに心の底から恐怖する程、ユウギは幼くない。
昔から恐怖を摺り込まれていた村人とは違い、怪物という城の主の存在を知った今ですら、ユウギはこの場所と主に少しの嫌悪も抱かなかった。

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静かな寝息が聞こえる中、月の光によって青白く照らされた腕が天井から下へと伸び、ユウギの頬にひたりとその指先を添える。
「………」
腕が伸びてきた場所は、ユウギの真上にある手の平大の穴だ。長い年月が経つにつれて空いた穴に手を掛けてみたのはほんの気まぐれで、そのまま伸ばしてみた所、ちょうどユウギの頬へと届いてしまった。
親指でユウギの頬をふに、と軽く撫でる。何故そんな事をしてしまったのかは自分でも分からないが、起きる気配がないユウギの様子を少し見てみたいという思いに駆られ、天井をすり抜けてその寝顔を上から見下ろす。

「……」

自分がユウギの姿となった時から、今まで悩まされていた吐き気には襲われる事がなくなった。だが頭痛がするのは相変わらずで、夜の静寂に自分の意識が取り残されるとより痛みを感じる。
思い出したようにズキズキと痛むのは、夜のせいではなくユウギが眠っているからではないだろうか。ユウギが起きている間は、相手の行動や向けられる笑顔に気を取られて痛みを忘れてしまえるのだ。


……あぁ、今は頭が痛いな。
だが……


こうして触れていると、痛みが少し和らぐような気がする。
眠るユウギにつられるように城の主の意識も奥深くへと沈み、ゆっくりと闇の中へ消えた。

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それから数日が過ぎたが、ユウギと主が行動を共にする事はなかった。
ユウギが話しかければ主も返事はするが、特に必要性を感じる事が無い為に姿を現す事もない。
しかしユウギが眠りに落ちた時は、度々上から手を伸ばしてその頬に触れていた。
「……」
今もただ単に何をするわけでもなくユウギの頬に触れていると、閉じられていた瞳がぱっちりと開いたのだった。
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