夏空蜃気楼
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一緒に見に行こう、と約束した花火大会当日、待ち合わせをした開催場所付近で遊戯と《遊戯》は落ち合った。
「武藤くん! 良かった。会えたね」
周囲は子供から大人まで沢山の人でごった返している。浴衣に身を包んだ人達の楽しげで騒がしい雰囲気に圧倒されてしまいそうだった。
「私服で居るヤツの方が少ないくらいだからな。逆に見つけやすかったぜ」
「そっか! あ、そういえば私服見るの初めてだ。何か…変なカンジ」
照れたように遊戯が笑った。格好が変だという事ではなく、学校以外の場所で私服姿で誰かと一緒に居るという事自体が少し気恥ずかしい。
「ね、どの辺りだとキレイに花火見えるかなぁ。ここでもいいけど、やっぱり人多いよね」
何となく落ち着かない気持ちを紛らわせる為に話題を変えたが、それも本当の事だ。その場に立っているだけでも擦れ違う人と肩がぶつかり、なかなか身動きも取れないような混雑ぶりに《遊戯》の方へ困ったように目を向ければ、彼に左手を取られた。
「せっかくここまで来たのに悪いが、別の場所に移動してもいいか? まだ花火が上がるまで時間があるし。…お前さえ良ければ」
イヤだ、なんて言える訳がない。思うはずもない。こっくりと頷けば君は嬉しそうに笑い、ボクの手を引いたまま歩き出した。
繋がれたままの手を見つめて、初めて話した日とはまるで逆だな、と思った。あの日は確か、ボクが君の手を引いて歩いたんだっけ。…あの時は、こんな日が来るなんて思ってなかった。こんなに君と仲良くなれるなんて思ってなかったよ。
キラキラする。そう思った。ボクの手を引いて前を歩く君だけを見ていると他の景色は全て流れてしまって、点き始めた街灯の光りや、それに照らされて反射する、女の人が着けているアクセサリーの煌めきがボク達とは逆方向に進んで行く。
こんなに大勢の人が居る中で、ボクら二人だけがまるで別の世界に居るみたいだ。
出会って間もないボクらの世界がこんなにも眩しいのなら、これから見る景色はどんなにキレイなんだろう?
「武藤くん! どこ行くの?」
二人で居る事が楽しくて、楽しすぎて少し怖くなったから、目の前の君に声を掛けた。
「ん? オレ達二人の、秘密基地」
振り向いた君は、ボクが抱いていたちっぽけな怖さなんて吹き飛ばしてしまう位の楽しげな表情でそう答えた。
---
「…学校!?」
「そうだぜ。言ったろ? 秘密基地だって」
「そうだけど、でもホントにここだったなんて…。夏休みだし、そもそも夜だから学校内には入れないよ?」
暫く歩いて着いた先は、二人の通う中学校だった。繋いでいた手はいつの間にか解かれていたが、《遊戯》は変わらずに、悪戯を仕掛ける前の子供のような表情を遊戯へと向ける。
「こっち」
《遊戯》は準備室がある棟の方へと遊戯を連れて行き、その棟の一階にある教室の窓をカラカラと開けてみせた。
「えぇぇ!? な、何で開くの?」
「こんな事になるんじゃないかと思って、ここの窓だけ鍵を開けておいたんだ」
「いつ? どうやって?」
「昼間。普通に」
「答えになってないよー!」
「いいから。行くか? それとも止めるか?」
「…行く!」
「そうこなくっちゃな。…あぁ、それと今更だが、準備室の鍵持ってきてるか?」
「うん。持ってるよ! でもボクが持ってきてなかったら、君どうしてたの?」
「どうにでもなるさ。お前と一緒なら」
「ははっ! 何それ」
窓から夜の学校に忍び込んで、武藤と二人で階段を上った。"ドキドキするね。バレたりしないかな?"と声を掛けてくる相手を見ると案外楽しそうで、こいつと一緒なら何でも出来そうだと根拠もなく思う。
柄にもなく気が高揚するのはオレも楽しいからなんだとも思うが、一体何がこんなに楽しいんだろうか?
見慣れた校舎内に漂う夜の雰囲気だろうか。友人と花火を見に来たというこの状況だろうか。それとも…?
「武藤くん、開いたよ!」
先に準備室に着いて鍵を開けた武藤が、オレを振り返って呼んだ。短い期間だが、通いつめた場所だというのに足を踏み入れれば心が躍る。
武藤もそれは同じなようで、パタパタと窓まで駆け寄り思い切り開けるとそれを見計らったように夜空に花火が打ち上げられた。
「わ…ぁっ…!」
真正面に咲いた大輪の花は、色を変え、形を変え、次々と咲いては夜の闇へと吸い込まれて行く。
「やっぱり…凄くキレイだ…」
そう言った武藤の目もキラキラと輝いていて、オレはそれを覗き込みたいような…でも、すぐに目を逸らしてしまいたいような気持ちにも駆られる。
窓の縁に手を掛けた武藤のすぐ傍、その手に触れるか触れないかの距離に自分も手を置いて、結局オレは花火へと顔を戻す。
この胸に広がる何とも言い表せない気持ちと、さっき掴みかけた疑問の答えも蜃気楼のように曖昧で、すぐには捕まえられそうにない。
だからオレは、打ち上げられる花火を見ながらただ一言、今理解できる事実だけをそっと呟いた。
「あぁ。キレイだな…」
終
一緒に見に行こう、と約束した花火大会当日、待ち合わせをした開催場所付近で遊戯と《遊戯》は落ち合った。
「武藤くん! 良かった。会えたね」
周囲は子供から大人まで沢山の人でごった返している。浴衣に身を包んだ人達の楽しげで騒がしい雰囲気に圧倒されてしまいそうだった。
「私服で居るヤツの方が少ないくらいだからな。逆に見つけやすかったぜ」
「そっか! あ、そういえば私服見るの初めてだ。何か…変なカンジ」
照れたように遊戯が笑った。格好が変だという事ではなく、学校以外の場所で私服姿で誰かと一緒に居るという事自体が少し気恥ずかしい。
「ね、どの辺りだとキレイに花火見えるかなぁ。ここでもいいけど、やっぱり人多いよね」
何となく落ち着かない気持ちを紛らわせる為に話題を変えたが、それも本当の事だ。その場に立っているだけでも擦れ違う人と肩がぶつかり、なかなか身動きも取れないような混雑ぶりに《遊戯》の方へ困ったように目を向ければ、彼に左手を取られた。
「せっかくここまで来たのに悪いが、別の場所に移動してもいいか? まだ花火が上がるまで時間があるし。…お前さえ良ければ」
イヤだ、なんて言える訳がない。思うはずもない。こっくりと頷けば君は嬉しそうに笑い、ボクの手を引いたまま歩き出した。
繋がれたままの手を見つめて、初めて話した日とはまるで逆だな、と思った。あの日は確か、ボクが君の手を引いて歩いたんだっけ。…あの時は、こんな日が来るなんて思ってなかった。こんなに君と仲良くなれるなんて思ってなかったよ。
キラキラする。そう思った。ボクの手を引いて前を歩く君だけを見ていると他の景色は全て流れてしまって、点き始めた街灯の光りや、それに照らされて反射する、女の人が着けているアクセサリーの煌めきがボク達とは逆方向に進んで行く。
こんなに大勢の人が居る中で、ボクら二人だけがまるで別の世界に居るみたいだ。
出会って間もないボクらの世界がこんなにも眩しいのなら、これから見る景色はどんなにキレイなんだろう?
「武藤くん! どこ行くの?」
二人で居る事が楽しくて、楽しすぎて少し怖くなったから、目の前の君に声を掛けた。
「ん? オレ達二人の、秘密基地」
振り向いた君は、ボクが抱いていたちっぽけな怖さなんて吹き飛ばしてしまう位の楽しげな表情でそう答えた。
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「…学校!?」
「そうだぜ。言ったろ? 秘密基地だって」
「そうだけど、でもホントにここだったなんて…。夏休みだし、そもそも夜だから学校内には入れないよ?」
暫く歩いて着いた先は、二人の通う中学校だった。繋いでいた手はいつの間にか解かれていたが、《遊戯》は変わらずに、悪戯を仕掛ける前の子供のような表情を遊戯へと向ける。
「こっち」
《遊戯》は準備室がある棟の方へと遊戯を連れて行き、その棟の一階にある教室の窓をカラカラと開けてみせた。
「えぇぇ!? な、何で開くの?」
「こんな事になるんじゃないかと思って、ここの窓だけ鍵を開けておいたんだ」
「いつ? どうやって?」
「昼間。普通に」
「答えになってないよー!」
「いいから。行くか? それとも止めるか?」
「…行く!」
「そうこなくっちゃな。…あぁ、それと今更だが、準備室の鍵持ってきてるか?」
「うん。持ってるよ! でもボクが持ってきてなかったら、君どうしてたの?」
「どうにでもなるさ。お前と一緒なら」
「ははっ! 何それ」
窓から夜の学校に忍び込んで、武藤と二人で階段を上った。"ドキドキするね。バレたりしないかな?"と声を掛けてくる相手を見ると案外楽しそうで、こいつと一緒なら何でも出来そうだと根拠もなく思う。
柄にもなく気が高揚するのはオレも楽しいからなんだとも思うが、一体何がこんなに楽しいんだろうか?
見慣れた校舎内に漂う夜の雰囲気だろうか。友人と花火を見に来たというこの状況だろうか。それとも…?
「武藤くん、開いたよ!」
先に準備室に着いて鍵を開けた武藤が、オレを振り返って呼んだ。短い期間だが、通いつめた場所だというのに足を踏み入れれば心が躍る。
武藤もそれは同じなようで、パタパタと窓まで駆け寄り思い切り開けるとそれを見計らったように夜空に花火が打ち上げられた。
「わ…ぁっ…!」
真正面に咲いた大輪の花は、色を変え、形を変え、次々と咲いては夜の闇へと吸い込まれて行く。
「やっぱり…凄くキレイだ…」
そう言った武藤の目もキラキラと輝いていて、オレはそれを覗き込みたいような…でも、すぐに目を逸らしてしまいたいような気持ちにも駆られる。
窓の縁に手を掛けた武藤のすぐ傍、その手に触れるか触れないかの距離に自分も手を置いて、結局オレは花火へと顔を戻す。
この胸に広がる何とも言い表せない気持ちと、さっき掴みかけた疑問の答えも蜃気楼のように曖昧で、すぐには捕まえられそうにない。
だからオレは、打ち上げられる花火を見ながらただ一言、今理解できる事実だけをそっと呟いた。
「あぁ。キレイだな…」
終
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