夏空蜃気楼
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「あーっ! 武藤くん!! 鍵がないと思ったら、君の方が先に来てるしぃ!!」
ガラッと勢いよく扉を開け、遊戯は涼しげな顔で自分を見上げてきた相手を恨めしそうに睨んだ。
明日から夏休みに突入する為、遊戯が抱える荷物の中には普段の比ではない重さの課題の束が、たっぷりと詰まっている。それは目の前の《遊戯》も同じであったが、たった今四階まで駆け上がってきた遊戯と、暫く前にここに辿り着き、床に座り込んでいた《遊戯》とでは疲労の度合いが違っていた。
「よ、武藤。遅かったな」
「ここの鍵無くしちゃったんじゃないかって、ちょっと探してたのー! それに、休み時間に擦れ違った時、今日のHR長くなりそうだから遅くなるかもって言ったじゃないか」
「あぁ、聞いたぜ? だからその時に、武藤の制服から落ちそうになってたコレを借りておいたんだ」
「き…君、手癖悪い!」
ウインクを決めながら細い指で鍵を弄ぶ彼は、一週間程前に出来た友人だ。最初は何となくぎこちなかった二人の会話や距離も、今ではすっかり打ち解けて自然に接している。
「お前が来るまで廊下で待ってろって? ずいぶんと酷い事を言うんだな。こんな所に一人で居たんじゃ、また二年か三年に絡まれて面倒な事になっちまうだろ」
本気で言っている訳ではない事は、可笑しそうに細められた目を見れば分かる。遊戯は呆れたように溜め息を吐くが、こちらも本気で怒っている訳ではないので、扉を後ろ手で閉めながら続けた。
「そんなのボクだって同じだもん。それに君だって結構ヒドイからね? 言ってくれたら普通に渡したのにさ~」
「言おうとはしたさ。ただ、今にも落ちそうだった鍵を直そうとしたらそのまま手に取っちまって、お前に声を掛けようとしたら"休み時間終わるから"って教室に戻ってったんだろ」
「……そうだったの?」
「あぁ」
遊戯と《遊戯》が言葉を交わすのは、放課後になってこの第二音楽準備室に居る時が主だ。
クラスが異なる二人が会うのは教室を移動する際にたまたま顔を合わせるくらいのもので、それもごく稀にだった。それでも会えば一言二言挨拶くらいは交わす。
お互いが相手以外に親しくしている人物など今まで居なかった為、二人が話をしている所を見たクラスメイト達は少なからず驚く。遊戯も《遊戯》も学校内での雰囲気がほんの少し変わったが、《遊戯》はそれが特に顕著で、見に纏う空気が柔らかくなったという印象を見る者に与えた。そんな事も影響するのか、この一週間で先程《遊戯》が言った"上級生に絡まれる"という事態は二人共に減ってきている。
「あぁ、もう! 暑ーい!! ボクもそっちに行くー!」
持っていた鞄や荷物を置き、遊戯は《遊戯》の隣に腰を下ろした。
「どこに居たって、そんなに変わらないだろ」
「えー。この床と壁がひんやりしてて気持ちいいんじゃん。君だってそうだからこっちに居るんだろー」
真夏の学校の四階は暑かった。特にここは教室でもなければ部室でもなく、冷房などは設置されていない。この一週間、お互いが何となく一緒に居たいからと準備室に来るのだが、程好い床の冷たさに二人で並んで眠ってしまった事も何度かあった。
「今日は寝るなよ。少しでもいいから宿題片付けちまおうぜ」
「えぇ~!? やだよ、そんなの! まだ夏休みじゃないのにー」
「明日からなんだから、今日始めたっていいだろ。それに、少しでも早くやっておいた方が後で楽だぜ」
「え~」
「…武藤って、休みが終わる直前に徹夜で宿題やるタイプだろ」
「う…」
「で、結局間に合わない」
「そ、そんな事ないよっ!」
「本当か?」
「………時と場合による」
情けない顔で呟いた遊戯に、堪えきれない、といった様子でとうとう《遊戯》が吹き出した。
「ちょっと! そんなに笑う事ないじゃないかー!! …もう決めた! 今回は絶対に、夏休み中に宿題全部終わらせる!」
「へぇー? 見物だな」
「言ったな! 見てろよー。次に会った時、宿題がどの位進んだか君に報告してやるから」
「次に報告してどうするんだ。会うのは休み明けになるだろ?」
「え、どうして? 休み中も会って遊べばいいじゃん」
キョトンとした顔で見詰められて、《遊戯》は固まってしまった。今までの経験上、休み中に友人と過ごした事など無かった為に自然と今回も一人で居ると思い込んでいたが、言われてみればそうだ。遊戯の言う通り、休み中も会えばいい。
「…あれ、違った? 別に会いたくなんてない…?」
「いや、違う! 違うんだ」
慌てたように否定すると、遊戯が小さく笑った。きっと《遊戯》の考えていた事が分かったのだろう。
「そうだ、武藤。明後日の夜の7時頃、少しだけでも外に出られないか」
「え? その位の時間なら大丈夫だと思うけど…。どうして?」
「花火大会があるだろ。…一緒に見に行こうぜ」
「わっ、行く! 絶対行く!!」
「あーっ! 武藤くん!! 鍵がないと思ったら、君の方が先に来てるしぃ!!」
ガラッと勢いよく扉を開け、遊戯は涼しげな顔で自分を見上げてきた相手を恨めしそうに睨んだ。
明日から夏休みに突入する為、遊戯が抱える荷物の中には普段の比ではない重さの課題の束が、たっぷりと詰まっている。それは目の前の《遊戯》も同じであったが、たった今四階まで駆け上がってきた遊戯と、暫く前にここに辿り着き、床に座り込んでいた《遊戯》とでは疲労の度合いが違っていた。
「よ、武藤。遅かったな」
「ここの鍵無くしちゃったんじゃないかって、ちょっと探してたのー! それに、休み時間に擦れ違った時、今日のHR長くなりそうだから遅くなるかもって言ったじゃないか」
「あぁ、聞いたぜ? だからその時に、武藤の制服から落ちそうになってたコレを借りておいたんだ」
「き…君、手癖悪い!」
ウインクを決めながら細い指で鍵を弄ぶ彼は、一週間程前に出来た友人だ。最初は何となくぎこちなかった二人の会話や距離も、今ではすっかり打ち解けて自然に接している。
「お前が来るまで廊下で待ってろって? ずいぶんと酷い事を言うんだな。こんな所に一人で居たんじゃ、また二年か三年に絡まれて面倒な事になっちまうだろ」
本気で言っている訳ではない事は、可笑しそうに細められた目を見れば分かる。遊戯は呆れたように溜め息を吐くが、こちらも本気で怒っている訳ではないので、扉を後ろ手で閉めながら続けた。
「そんなのボクだって同じだもん。それに君だって結構ヒドイからね? 言ってくれたら普通に渡したのにさ~」
「言おうとはしたさ。ただ、今にも落ちそうだった鍵を直そうとしたらそのまま手に取っちまって、お前に声を掛けようとしたら"休み時間終わるから"って教室に戻ってったんだろ」
「……そうだったの?」
「あぁ」
遊戯と《遊戯》が言葉を交わすのは、放課後になってこの第二音楽準備室に居る時が主だ。
クラスが異なる二人が会うのは教室を移動する際にたまたま顔を合わせるくらいのもので、それもごく稀にだった。それでも会えば一言二言挨拶くらいは交わす。
お互いが相手以外に親しくしている人物など今まで居なかった為、二人が話をしている所を見たクラスメイト達は少なからず驚く。遊戯も《遊戯》も学校内での雰囲気がほんの少し変わったが、《遊戯》はそれが特に顕著で、見に纏う空気が柔らかくなったという印象を見る者に与えた。そんな事も影響するのか、この一週間で先程《遊戯》が言った"上級生に絡まれる"という事態は二人共に減ってきている。
「あぁ、もう! 暑ーい!! ボクもそっちに行くー!」
持っていた鞄や荷物を置き、遊戯は《遊戯》の隣に腰を下ろした。
「どこに居たって、そんなに変わらないだろ」
「えー。この床と壁がひんやりしてて気持ちいいんじゃん。君だってそうだからこっちに居るんだろー」
真夏の学校の四階は暑かった。特にここは教室でもなければ部室でもなく、冷房などは設置されていない。この一週間、お互いが何となく一緒に居たいからと準備室に来るのだが、程好い床の冷たさに二人で並んで眠ってしまった事も何度かあった。
「今日は寝るなよ。少しでもいいから宿題片付けちまおうぜ」
「えぇ~!? やだよ、そんなの! まだ夏休みじゃないのにー」
「明日からなんだから、今日始めたっていいだろ。それに、少しでも早くやっておいた方が後で楽だぜ」
「え~」
「…武藤って、休みが終わる直前に徹夜で宿題やるタイプだろ」
「う…」
「で、結局間に合わない」
「そ、そんな事ないよっ!」
「本当か?」
「………時と場合による」
情けない顔で呟いた遊戯に、堪えきれない、といった様子でとうとう《遊戯》が吹き出した。
「ちょっと! そんなに笑う事ないじゃないかー!! …もう決めた! 今回は絶対に、夏休み中に宿題全部終わらせる!」
「へぇー? 見物だな」
「言ったな! 見てろよー。次に会った時、宿題がどの位進んだか君に報告してやるから」
「次に報告してどうするんだ。会うのは休み明けになるだろ?」
「え、どうして? 休み中も会って遊べばいいじゃん」
キョトンとした顔で見詰められて、《遊戯》は固まってしまった。今までの経験上、休み中に友人と過ごした事など無かった為に自然と今回も一人で居ると思い込んでいたが、言われてみればそうだ。遊戯の言う通り、休み中も会えばいい。
「…あれ、違った? 別に会いたくなんてない…?」
「いや、違う! 違うんだ」
慌てたように否定すると、遊戯が小さく笑った。きっと《遊戯》の考えていた事が分かったのだろう。
「そうだ、武藤。明後日の夜の7時頃、少しだけでも外に出られないか」
「え? その位の時間なら大丈夫だと思うけど…。どうして?」
「花火大会があるだろ。…一緒に見に行こうぜ」
「わっ、行く! 絶対行く!!」