ジグザグライン。

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ぽけー、とした表情で遊戯は校内を歩いていた。


やっぱり彼がもう一人の武藤《遊戯》くんなんだなぁ。噂で聞いていたよりも、もっとずっと目を奪われる人だった。
『好きな人が居る』っていうのは、きっとホントの事だと思う。その真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうな程、相手に自分の想いを目で伝えていたから。
…なら、そんな君の心を捕らえて離さない、好きな人って誰だろう?


遊戯の知る武藤《遊戯》という人物は、噂でしか聞く事のない完璧な人物だ。
だからそんな人物が誰かに恋をしている、という状況が遊戯には想像出来ない。そこまで完璧な人間が居る事すら今までの自分には半信半疑であったし、ましてそんな人が心奪われる程の存在があるなんて。


……ドキドキする。


今や遊戯の思考は、もう一人の武藤《遊戯》とまだ見ぬその想い人で一杯になる。これがただの好奇心なのかどうか、そんな事すら分からないまま歩いていると、いつの間にか最初の目的であった自動販売機の前に辿り着いていた。
「…あっ、そういえばボク飲み物買いに来てたんだった」
はっとして本来の目的を果たそうと、欲しいパックジュースの番号を押す。しかし先程見た、武藤《遊戯》の存在が未だに気になるのか目の前の事に集中出来ていなかったようで、ガコンッと音を鳴らして出てきた物は遊戯の望む物とは違っていた。
「…げ。コーヒー買っちゃった」
どうやら番号を押し間違えたらしく、遊戯の手には普段なら買う事のないコーヒーが握られていた。かと言って今更買い直すのも馬鹿馬鹿しく、好んで飲まないというだけで飲めない物を買った訳でもない。今日はこのまま教室へ戻ろうと思った所で、硬貨を投入する誰かの腕が視界に入ってきた。
「本当は何を買うつもりだったんだ?」
「え? いちごの…」
あまりにも突然に、だがあまりにも当然のように掛けられた問いに、遊戯は友人のバクラに声を掛けられたのかと思った。
しかし凛と通る心地のいいその声は思い描いていた友人のものではなく、遊戯は目を丸くする。
「ほら」
ガコンッ、と出てきたパックジュースを遊戯に差し出す人物は、先程から目の奥に焼き付いて離れない武藤《遊戯》その人だった。
「えっ…。…え?」
「交換しようぜ。買うの間違えたんだろ? …あんた、いつ見ても飽きないぜ」
状況が飲み込めていない遊戯の手元と自分の物と入れ替えて、《遊戯》はさも可笑しげに笑った。
そのまま戻ろうとした彼の姿に、遊戯は慌てて声を掛ける。
「ま、待って! 君のそれ…」
「オレは元々これを買いに来た。だからちょうどいいだろ?」
「…ありがとう、武藤くん」
「! …あんた、オレの名前知ってるのか?」
「えっとね。覚えた! 隣のクラスの武藤《遊戯》くん」
「…そうか」
そう言って微笑った《遊戯》の顔はとても嬉しそうで、その優しく細められた目に遊戯は打たれたように動けなくなった。
今度こそ教室へ戻ろうと背を向けた《遊戯》に、途中まで一緒に行こうと遊戯が思い切って声を掛けるまで、あとほんの少し。

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