傍観者の気まぐれ


「何の話してたの?」
屋上へとやってきた遊戯が、《遊戯》と自分の間にぺたりと座る。目を輝かせてニコニコと聞いてくる遊戯に本当の事を言う訳にもいかず、『秘密ー』だなどと茶化してみた。
「えー! ボクには内緒なのー!?」
ほんの少し不満げに、遊戯が声を上げる。そして《遊戯》の耳元へ顔を近付けて、『後で教えてね』とそっと囁いていた。
「…っ」
想定外の出来事に固まる《遊戯》を見て、思わずニヤけてしまう。冷静な人間が内心焦っている姿は、本人には悪いが正直楽しい。
「なぁ、遊戯。ちゃんと購買でメシ買って来たのか? 早くしねぇと食う時間無くなっちまうぜー」
もう暫く慌てる友人を見ていたかったのだが、昼休みの時間も限られている。助け船を出してやると遊戯はハッとしたように息を飲み、《遊戯》は安堵の溜め息を短く吐いた。
「そうだ! 早く食べちゃわないとね…って、もしかして武藤くん、お昼ご飯食べないでボクの事待っててくれたの?」
「律儀だよなぁー。オレなんかもう食い終っちまうぜ?」
「えぇぇぇぇ! ゴメンね、待たせちゃって!!」
「いや、オレが勝手に待っていただけだから気にしないでくれ」
「おっ、遊戯のそのパン、購買で一番人気のやつじゃん。よく買えたなぁ」
「うん! 買えたのはいいんだけど、戻ってくる時に人が混んできて時間かかっちゃった。明日からはママがお弁当作ってくれるから、もう待たせる事無いと思うよ。武藤くんも、もしもまたこんな事があったら先に食べちゃってていいからね」
「あぁ」

その後は、他愛のない話をしながら昼食を楽しんだ。ちょうど二人の遊戯が食べ終えた頃、《遊戯》が何度か空を見上げた。
「城之内くん、武藤。そろそろ、中に入った方がいい」
何かあるのかと自分も空に目線を上げるようとして、しかし急に吹いた生暖かい風と、ポツリと頬に落ちた冷たい感触に目を伏せた。
それはポツポツと屋上のコンクリートに黒い斑点を作り、みるみる内に白い部分を染め上げて行く。
「わわっ」
「やっべ!」
「チッ、遅かったか…!」
慌てて校舎内へと戻ろうとする自分の目の端で、《遊戯》が制服の上着を勢いよく脱いだのが見えた。そしてその真新しい制服を遊戯が雨に濡れないように頭から被せ、その手を引いて扉まで一直線に走る。
バタンッと思い切り扉を閉めた時には、外からは土砂降りの雨の音が聞こえてきた。
「あっぶねー。っつっても、ちょっと濡れちまったな」
「だな。武藤、大丈夫か?」
「ぼっ…、ボクは君のおかげで大丈夫だけど、武藤くんが濡れちゃったじゃん! えっ、ちょっと…大丈夫!?」
目を白黒させる遊戯に対し、《遊戯》は涼しい表情だ。
「あぁ。お前が無事ならそれでいい」
「なっ、どうしてそういう事になるの!? 制服も濡れちゃったし、何で…!!」
「何で…と言われてもな。体が勝手に動いた。それだけだ」
「……っ」
それより、と何か言いたげな遊戯を遮り、《遊戯》は城之内へと声を掛ける。
「もう少し早くに気付いてあたらよかったんだが…君まで濡れてしまったな。ちょっと拭く物を取ってくる。二人とも、ここで待っていてくれ」
「って、君が一番濡れてるよ! ボクが…」
「城之内くん、武藤頼むぜ」
「おぅよ」
「えっ、待っ…」
そのまま《遊戯》の姿が見えなくなると、遊戯は深く溜め息を吐き、ぽつりと呟いた。
「もう一人のボクって、全然変わらないなぁ…」
「もう一人の?」
…その名には聞いた覚えがあった。遊戯が来る前に聞いた、《遊戯》の特別な名だ。
「あ…えっと。ボクね、童実野町に来たの久し振りなんだ。小学二年生の時に引っ越して、今年から戻ってきたんだけど、武藤くんとは昔、友達だったんだよ」
「同じ名前だから、もう一人のボクか?」
「そう! 童実野町に帰ってきたら、もう一人のボクに会えるかなぁって思ってたけど、まさかまた友達になれるなんて思ってなかった」
嬉しそうに言いながらも《遊戯》が見えなくなった先を見つめて、『でも、仲が良かった頃の事なんて覚えてないんだろうなぁ…』と遊戯は漏らした。
「でも、お前は覚えてたんだろ?」
先程、《遊戯》にした問いと同じものを遊戯に投げ掛けてみる。
「うん! 忘れた事なんて無かった。昔からあぁなんだよ。誰よりも強くて優しくてカッコいい、ボクのヒーロー!」
照れたように笑う遊戯が、最近よく笑うあいつと重なった。
「もし、な。あいつがお前の事を忘れちまってたとしてもよ、元々ダチだったんだろ? なら今からでも、昔みてーな仲になれるさ」
「そうなかぁ?」
どうにかしてこの二人の距離をもっと縮めたいと思った時には、自分の口から一つの提案が零れ落ちていた。
「なぁ、今日は学校帰りにお前ん家行こうぜ! オレと、もちろん《遊戯》も」
「…! うん。ありがとう、城之内くん!」


さてと、こんな事言ったけど。今日オレ、バイトなんで。後は二人で頑張って仲良くなれよな。
…もし友人以上の仲になったとしても、オレはずっとお前らの事見守ってやるよ。


自分以外の人間の幸せが、こんなにも嬉しいと思う。
城之内はこんな感情を抱けるようになった友人と出会えたという事実に、笑みを浮かべた。

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