深くなる宙を
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初めてあの分厚い屋根の奥を突き抜けた時、あの噂は本当だったのだと思うよりも先に、まばゆく広がる真っ青な世界に息が止まった。
惑星レインは年がら年中雨ばかりで他の気候はなく、まさに水の惑星だった。おとぎ話なんて一切興味はなかったが、何度も子供たちが『あの雨が落ちてくる屋根の奥は炎よりも明るい』と騒ぎ立てるのを聞いては呆れていた。
まさかあの頃の私が、あれは屋根でなく雲だとか、この真っ青な世界は空だとか、そうやって立派な名前がついているなんて想像さえもしなかっただろう。全てが自然で構築された惑星レインの文明は実に原始的で、よもやこの惑星が丸いとか、ましてや平面説なんてものすら誕生しない星だった。無論、生まれたばかりも同然な私はそんな場所で育ったため知識なんてさらさらなく、狩りの日々を送っていた。
「くく、口の中に虫が入るぜ?」
透明な板、窓と言われる壁にべたりと頬をひっつけ、遠く離れゆく故郷をぼんやりと眺めていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。ぽかんと口を開けたままの私は振り返りざま、その口の中にずぼりと指を突っ込まれた。
「んむ……ふぁい」
肩を揺らして笑う彼に眉間を寄せ、くわえた指をぺっぺと吐き出す。
この意地悪なヤツはターレスというらしい。ほんの少し前、唐突に上の屋根を見たこともない変なモノで突っ切ってきて、その中から彼らは出てきた。ごく稀に大きな岩が降ってくることがあったが、そんなレベルではない。民家の5、6倍はあろうソレはとても静かに降り立ったのである。
驚くことに彼は、レインの人々とは全く異なる私と似た容姿をしており、尻尾も生えていて、つんつんとした髪型が特徴的だった。この「星」を獲物にするだとか訳の分からないことばかり言っていて、ともかく敵に違いないことだけは理解した。が、私の尻尾を見るやいなや『俺についてくる気はないか?』だの『全宇宙の頂点からの景色を見せてやろう』だの(宇宙って何?)、急に私だけをターゲットに何かへと誘い出したのだ。
正直ほとんど何を言っているのか理解できなかった。知らない言葉をたくさん話すし、そしてどうやら他にも仲間がいるらしく、人種も異なるそれぞれの者たちが私を睨みつけるように監視していた。
明らかに敵には違いないが、敵意は感じないという矛盾する感覚。返す言葉も思いつかず口をつぐんでいると、ぐいと目の前に真っ赤な実が差し出される。
「これは神精樹の実だ、これを食うと凄まじい力を得られる……だが。この土地全てを栄養にし、いずれは全てを枯らしてしまうのだ」
トゲトゲとした実にあまり美味しそうとは思えずにいると、彼の言葉にぎょっとさせられる。何故、そんなことを説明してくるのか? 考えるまでもなく、ここをその実の餌食にするためだということは想像に易かった。レインという鳥籠で育った私に外界の知識はなかれど、鈍感な間抜けではない。これはある種の脅しだと悟った。
「はは……ヤバいね、ソレ? あたし女だけどさ、あんまり手荒なマネはしたくないよ」
ぐじゅり。構えを取ると濡れた地面が足に沿って泥に沈む。仲間になれという言葉も、この土地を好き勝手させることも言葉ではなく姿勢で拒絶する。女な上に大柄ではない体格だが、この中で一番強いのは自分だという自信が私にはある。最終手段として、いつでも蹴散らす準備は出来ている。
(誰も見たことのないあの屋根の上から現れた、私と似た容姿をしている男に、訳の分からない脅しをされ仲間になれだと? 夢みたいに支離滅裂じゃん)
彼の体格は大柄、というよりは素晴らしい肉体美だ。隆々とした筋肉からは力強さを感じざるを得ない。それでも私は空を飛び、気弾を飛ばし、相手の骨を折れるような強さを持っている。立ち向かうには十分な実力があると自負できた。
一瞬彼が不思議そうに、不憫に私を見つめる。しかし、しばらくすると肩が跳ねるほど大きな声で笑い出した。
「はっはっは! 気骨がある小娘だ、かったりい環境で育ったようだがその気概は認めてやろう。サイヤ人の本能は健在らしい」
今度は私が不思議がる番となった。彼の言葉を飲み込めずにいると、ニヤリと彼は私に向かって微笑み、体の半分は覆う濡れて重くなったマントを取っ払った。
「いいぜ、かかってこい。お前の実力を見せてみろ!」
* * *
随分と小さくなった故郷は、まるで磨きのかかった翡翠のように見える。まんまるな惑星レインは、水の中に落としたものが奥深くに沈んでいくように、徐々に見えなくなってきた。
あの後、私は結果を言うのも恥じるほどの惨敗を経験した。
あろうことか、ターレスは私の攻撃を全て腕一本で躱してみせたのだ。必死に気弾を繰り出しても、彼は奥の読めないニヒルな笑みを浮かべながら気弾を弾き返し、そんな表情に反して私とお揃いの尻尾はやけに逆立っていた。
巨大な気弾を飛ばし、ようやく一発目を当ててやれたかと呼吸を挟む間に、もうターレスは視界のどこにもいなかった。
「ちっ、情けねえなあ」
気づいたときには私の背後に立っていた。その低い声にはっとして振り返る間もなく、弱点である私の尻尾は引っこ抜く勢いで掴まれ、あえなく一発KOとなった。
思い出すだけでも屈辱的で、腹の底からムカッとする。その感情とは矛盾するように、彼の秘めたる実力に憧憬したのも事実だ。ああも自分の力が歯も立たないなんて経験は今までになかった。私が1番強いと思っていた。まさに井の中の蛙、大海を知らず。
抵抗も虚しく、私たちは養分となるしかないのか。私が惨敗する姿を見ていたレインの人々は、待ち受ける唐突かつ一方的な支配にそう絶望したに違いない。弱点をつかれ腰の抜けた私の前に、ターレスが仁王立ちして私を見下す。嗚呼、今から私は木端微塵に始末されるのだろうか。
「おい。お前のその髪は染めたのか」
程々に覚悟を決めていた私は、意図の読めない突然の問いかけに眉を顰めた。ゆっくりと顔を上げると、鼻先が触れ合いそうなまでにターレスがこちらへと顔を寄せており、危機的な状況にも関わらず思わぬ距離感に一瞬心臓が跳ねた。ぽたぽたと雨水の滴る私の髪に触れ、じっとり観察されているようだ。
「う、まれつき、だけど」
渋々答えながら読めない行動に不貞腐れていると、ターレスは耳元についた不思議なものを操作して喋りだした。
「ああ──お前、名前はなんだ?」
「……え、私に聞いてる?」
「いいからさっさと答えろ」
「名前はって、普通こういうのは先に、」
「ターレスだ」
「…………ロゼ」
「レズン、至急調査だ。分かり次第すぐに報告しろ」
ピッ、という音と共に彼の目元の物は点滅が収まる。呆然としていると、へたりこんでいた私の腕をぐっと引きターレスに立たされた。何処かに連れていかれるのかと思案していると、突き出されたのはまばゆく圧縮された彼の気弾だった。
「さあ、選ばせてやろう。これは同胞の俺からのささやかなプレゼントだ。今ここで死ぬか、俺についてくるか?」
ギラギラと煌めく気弾は、どれほどの力が潜んでいるのだろうか。これに触れれば私の体なんて、脆く吹き飛ぶのだろう。死を恐れるよりも前に、その圧倒的な強さに固唾を呑んだ。
ターレスは私のことなんて赤子の手を捻るように容易く殺せる。それでもなお、彼は私に仲間になれというのだ。無意識のうちにぽつりと私は話し出していた。
「さっき、うちゅう……の景色を、って。あの屋根の上から来てたけどさ、あたし……見たことない。あの屋根の近くは風も雨も強すぎて……。貴方について行ったら、それが見れるのかな。あの上って、どんな場所なのかな」
はい殺してください、なんて返事をする者は存在しないだろう。もしかすれば死にたくないことが理由で、彼の誘いに乗る者もいるかもしれない。だが私はどちらでもなかった。死に急いではいないが、明確に彼についていきたいとも感じてはいない。
だがもし、仮に彼についていけば、私は今後何を目にすることになるのだろうか。
「箱入りムスメのお前にひとつ教えてやろう。俺はいずれ全宇宙を跪かせ支配する男だ」
目の前の気弾はますます膨張する。彼の野望はこんなものではないのだろうと感じた。私の知らない、宇宙という場所の、それも全てを掌握するなんてあまりに壮大な夢物語に違いない。
普段なら馬鹿げていると笑ってやるのに、彼のギラついた眼差しからは、何故か本当にやって退けそうな未来が反射して見えた。私がここにいては、一生見ることの叶わないものをだ。
「サイヤ人なら、サイヤ人らしい生き方をしてみろ」
恍惚としてターレスを見つめる私に、彼はそう言った。
ほどなくして惑星レインは星屑に紛れて見えなくなった。星を制圧しないことを条件に、私が彼らの仲間になることを選んで守られたレインは、滅びることなく美しい姿で佇んでいる。満足するまで見送りを終えた私に、ターレスが口を開く。
「今しがた、部下に調べさせたお前のデータを発掘した。まさかサイヤ人の生き残りを俺が見逃すはずもないからな」
何のことだと首を傾げて彼を見上げる。そうして彼は丁寧に、私も知らない私の生い立ちを説明してみせた。
まず私は、ターレスが何度も言っているサイヤ人という人種のようだ。戦闘民族として戦うことを生業とし、尻尾が生えているのが特徴らしい。レインの人々と全く容姿が異なるのも、誰よりも強かったのも納得だ。しかし、どうやら私はかなり弱く生まれてきたがために不要とされ、適当な星に飛ばされたのだという。彼が髪色について聞いてきたのは、普通であればサイヤ人は黒髪だからだ。弱い上に突然変異として生まれてきたが故、差別的な扱いを受け、辺鄙も辺鄙な遥か遠い場所に送られたという。そして恐らくアルビノと言われる、近年発見された先天性の病気に近いのではないか、と。
「はあ、そんなこともあったんだ。なんか色々ありすぎて夢見てるみたい、頭に入ってこないや」
キラキラ、宝石のように輝く風景を横目に呑気に答える。そんな私が気に食わなかったのか、ターレスが不服さを顕に舌打ちをする。何も彼が怒ることはなかっただろうに、何か損ねるようなことを言っただろうか。相変わらず彼の考えは読めない。
そんな自分の生い立ちよりも、なんと宇宙という場所の広大で美しいことか。
「広いね、宇宙って。こんな場所を知らなかったなんて、人生大損だよ」
楽観主義の私にとって〝今〟こそが最も重要だ。過去の自分にどんな経緯があろうと、私は今こうして未知の世界に足を踏み入れ、彼らが謳う『自由』を掴もうと手を伸ばしている最中である。ましてや覚えてないことなど、知ったことではない。
なんと言っても、ターレスはこんな広い宇宙の頂点を目指しているという。まったく本当に馬鹿げているが、なんと夢のあることだろうか。直接彼と拳を交え、身をもって彼の強さを知った私は、もっと彼の実力を見たいと思うと同時に肩を並べたいと強く思った。
けらけらと笑う私に、ターレスがどう思ったかは知る由もない。『頂点からの景色かぁ、楽しみだな〜』なんて呟く私に返ってきたのは大きなため息で、先程のようにまた尻尾を握られた。
「ふぎゃ!?」
「お前の頭はお花畑か? そんなザマじゃあ先が思いやられるぜ」
地べたに頬擦りをする私を見て、見世物を見るかのようにターレスは笑った。新たに身につけた、パリッと乾いた真っ白なマントを翻し彼は踵を返す。そうして奥へと戻っていく彼の後ろ姿を見ながら、私は絶対にあの背中を追い越してやると深く決意したのだった。
先程まで煌めいて見えていた宇宙は、もう私の注目から外れていた。
惑星レインは年がら年中雨ばかりで他の気候はなく、まさに水の惑星だった。おとぎ話なんて一切興味はなかったが、何度も子供たちが『あの雨が落ちてくる屋根の奥は炎よりも明るい』と騒ぎ立てるのを聞いては呆れていた。
まさかあの頃の私が、あれは屋根でなく雲だとか、この真っ青な世界は空だとか、そうやって立派な名前がついているなんて想像さえもしなかっただろう。全てが自然で構築された惑星レインの文明は実に原始的で、よもやこの惑星が丸いとか、ましてや平面説なんてものすら誕生しない星だった。無論、生まれたばかりも同然な私はそんな場所で育ったため知識なんてさらさらなく、狩りの日々を送っていた。
「くく、口の中に虫が入るぜ?」
透明な板、窓と言われる壁にべたりと頬をひっつけ、遠く離れゆく故郷をぼんやりと眺めていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。ぽかんと口を開けたままの私は振り返りざま、その口の中にずぼりと指を突っ込まれた。
「んむ……ふぁい」
肩を揺らして笑う彼に眉間を寄せ、くわえた指をぺっぺと吐き出す。
この意地悪なヤツはターレスというらしい。ほんの少し前、唐突に上の屋根を見たこともない変なモノで突っ切ってきて、その中から彼らは出てきた。ごく稀に大きな岩が降ってくることがあったが、そんなレベルではない。民家の5、6倍はあろうソレはとても静かに降り立ったのである。
驚くことに彼は、レインの人々とは全く異なる私と似た容姿をしており、尻尾も生えていて、つんつんとした髪型が特徴的だった。この「星」を獲物にするだとか訳の分からないことばかり言っていて、ともかく敵に違いないことだけは理解した。が、私の尻尾を見るやいなや『俺についてくる気はないか?』だの『全宇宙の頂点からの景色を見せてやろう』だの(宇宙って何?)、急に私だけをターゲットに何かへと誘い出したのだ。
正直ほとんど何を言っているのか理解できなかった。知らない言葉をたくさん話すし、そしてどうやら他にも仲間がいるらしく、人種も異なるそれぞれの者たちが私を睨みつけるように監視していた。
明らかに敵には違いないが、敵意は感じないという矛盾する感覚。返す言葉も思いつかず口をつぐんでいると、ぐいと目の前に真っ赤な実が差し出される。
「これは神精樹の実だ、これを食うと凄まじい力を得られる……だが。この土地全てを栄養にし、いずれは全てを枯らしてしまうのだ」
トゲトゲとした実にあまり美味しそうとは思えずにいると、彼の言葉にぎょっとさせられる。何故、そんなことを説明してくるのか? 考えるまでもなく、ここをその実の餌食にするためだということは想像に易かった。レインという鳥籠で育った私に外界の知識はなかれど、鈍感な間抜けではない。これはある種の脅しだと悟った。
「はは……ヤバいね、ソレ? あたし女だけどさ、あんまり手荒なマネはしたくないよ」
ぐじゅり。構えを取ると濡れた地面が足に沿って泥に沈む。仲間になれという言葉も、この土地を好き勝手させることも言葉ではなく姿勢で拒絶する。女な上に大柄ではない体格だが、この中で一番強いのは自分だという自信が私にはある。最終手段として、いつでも蹴散らす準備は出来ている。
(誰も見たことのないあの屋根の上から現れた、私と似た容姿をしている男に、訳の分からない脅しをされ仲間になれだと? 夢みたいに支離滅裂じゃん)
彼の体格は大柄、というよりは素晴らしい肉体美だ。隆々とした筋肉からは力強さを感じざるを得ない。それでも私は空を飛び、気弾を飛ばし、相手の骨を折れるような強さを持っている。立ち向かうには十分な実力があると自負できた。
一瞬彼が不思議そうに、不憫に私を見つめる。しかし、しばらくすると肩が跳ねるほど大きな声で笑い出した。
「はっはっは! 気骨がある小娘だ、かったりい環境で育ったようだがその気概は認めてやろう。サイヤ人の本能は健在らしい」
今度は私が不思議がる番となった。彼の言葉を飲み込めずにいると、ニヤリと彼は私に向かって微笑み、体の半分は覆う濡れて重くなったマントを取っ払った。
「いいぜ、かかってこい。お前の実力を見せてみろ!」
* * *
随分と小さくなった故郷は、まるで磨きのかかった翡翠のように見える。まんまるな惑星レインは、水の中に落としたものが奥深くに沈んでいくように、徐々に見えなくなってきた。
あの後、私は結果を言うのも恥じるほどの惨敗を経験した。
あろうことか、ターレスは私の攻撃を全て腕一本で躱してみせたのだ。必死に気弾を繰り出しても、彼は奥の読めないニヒルな笑みを浮かべながら気弾を弾き返し、そんな表情に反して私とお揃いの尻尾はやけに逆立っていた。
巨大な気弾を飛ばし、ようやく一発目を当ててやれたかと呼吸を挟む間に、もうターレスは視界のどこにもいなかった。
「ちっ、情けねえなあ」
気づいたときには私の背後に立っていた。その低い声にはっとして振り返る間もなく、弱点である私の尻尾は引っこ抜く勢いで掴まれ、あえなく一発KOとなった。
思い出すだけでも屈辱的で、腹の底からムカッとする。その感情とは矛盾するように、彼の秘めたる実力に憧憬したのも事実だ。ああも自分の力が歯も立たないなんて経験は今までになかった。私が1番強いと思っていた。まさに井の中の蛙、大海を知らず。
抵抗も虚しく、私たちは養分となるしかないのか。私が惨敗する姿を見ていたレインの人々は、待ち受ける唐突かつ一方的な支配にそう絶望したに違いない。弱点をつかれ腰の抜けた私の前に、ターレスが仁王立ちして私を見下す。嗚呼、今から私は木端微塵に始末されるのだろうか。
「おい。お前のその髪は染めたのか」
程々に覚悟を決めていた私は、意図の読めない突然の問いかけに眉を顰めた。ゆっくりと顔を上げると、鼻先が触れ合いそうなまでにターレスがこちらへと顔を寄せており、危機的な状況にも関わらず思わぬ距離感に一瞬心臓が跳ねた。ぽたぽたと雨水の滴る私の髪に触れ、じっとり観察されているようだ。
「う、まれつき、だけど」
渋々答えながら読めない行動に不貞腐れていると、ターレスは耳元についた不思議なものを操作して喋りだした。
「ああ──お前、名前はなんだ?」
「……え、私に聞いてる?」
「いいからさっさと答えろ」
「名前はって、普通こういうのは先に、」
「ターレスだ」
「…………ロゼ」
「レズン、至急調査だ。分かり次第すぐに報告しろ」
ピッ、という音と共に彼の目元の物は点滅が収まる。呆然としていると、へたりこんでいた私の腕をぐっと引きターレスに立たされた。何処かに連れていかれるのかと思案していると、突き出されたのはまばゆく圧縮された彼の気弾だった。
「さあ、選ばせてやろう。これは同胞の俺からのささやかなプレゼントだ。今ここで死ぬか、俺についてくるか?」
ギラギラと煌めく気弾は、どれほどの力が潜んでいるのだろうか。これに触れれば私の体なんて、脆く吹き飛ぶのだろう。死を恐れるよりも前に、その圧倒的な強さに固唾を呑んだ。
ターレスは私のことなんて赤子の手を捻るように容易く殺せる。それでもなお、彼は私に仲間になれというのだ。無意識のうちにぽつりと私は話し出していた。
「さっき、うちゅう……の景色を、って。あの屋根の上から来てたけどさ、あたし……見たことない。あの屋根の近くは風も雨も強すぎて……。貴方について行ったら、それが見れるのかな。あの上って、どんな場所なのかな」
はい殺してください、なんて返事をする者は存在しないだろう。もしかすれば死にたくないことが理由で、彼の誘いに乗る者もいるかもしれない。だが私はどちらでもなかった。死に急いではいないが、明確に彼についていきたいとも感じてはいない。
だがもし、仮に彼についていけば、私は今後何を目にすることになるのだろうか。
「箱入りムスメのお前にひとつ教えてやろう。俺はいずれ全宇宙を跪かせ支配する男だ」
目の前の気弾はますます膨張する。彼の野望はこんなものではないのだろうと感じた。私の知らない、宇宙という場所の、それも全てを掌握するなんてあまりに壮大な夢物語に違いない。
普段なら馬鹿げていると笑ってやるのに、彼のギラついた眼差しからは、何故か本当にやって退けそうな未来が反射して見えた。私がここにいては、一生見ることの叶わないものをだ。
「サイヤ人なら、サイヤ人らしい生き方をしてみろ」
恍惚としてターレスを見つめる私に、彼はそう言った。
ほどなくして惑星レインは星屑に紛れて見えなくなった。星を制圧しないことを条件に、私が彼らの仲間になることを選んで守られたレインは、滅びることなく美しい姿で佇んでいる。満足するまで見送りを終えた私に、ターレスが口を開く。
「今しがた、部下に調べさせたお前のデータを発掘した。まさかサイヤ人の生き残りを俺が見逃すはずもないからな」
何のことだと首を傾げて彼を見上げる。そうして彼は丁寧に、私も知らない私の生い立ちを説明してみせた。
まず私は、ターレスが何度も言っているサイヤ人という人種のようだ。戦闘民族として戦うことを生業とし、尻尾が生えているのが特徴らしい。レインの人々と全く容姿が異なるのも、誰よりも強かったのも納得だ。しかし、どうやら私はかなり弱く生まれてきたがために不要とされ、適当な星に飛ばされたのだという。彼が髪色について聞いてきたのは、普通であればサイヤ人は黒髪だからだ。弱い上に突然変異として生まれてきたが故、差別的な扱いを受け、辺鄙も辺鄙な遥か遠い場所に送られたという。そして恐らくアルビノと言われる、近年発見された先天性の病気に近いのではないか、と。
「はあ、そんなこともあったんだ。なんか色々ありすぎて夢見てるみたい、頭に入ってこないや」
キラキラ、宝石のように輝く風景を横目に呑気に答える。そんな私が気に食わなかったのか、ターレスが不服さを顕に舌打ちをする。何も彼が怒ることはなかっただろうに、何か損ねるようなことを言っただろうか。相変わらず彼の考えは読めない。
そんな自分の生い立ちよりも、なんと宇宙という場所の広大で美しいことか。
「広いね、宇宙って。こんな場所を知らなかったなんて、人生大損だよ」
楽観主義の私にとって〝今〟こそが最も重要だ。過去の自分にどんな経緯があろうと、私は今こうして未知の世界に足を踏み入れ、彼らが謳う『自由』を掴もうと手を伸ばしている最中である。ましてや覚えてないことなど、知ったことではない。
なんと言っても、ターレスはこんな広い宇宙の頂点を目指しているという。まったく本当に馬鹿げているが、なんと夢のあることだろうか。直接彼と拳を交え、身をもって彼の強さを知った私は、もっと彼の実力を見たいと思うと同時に肩を並べたいと強く思った。
けらけらと笑う私に、ターレスがどう思ったかは知る由もない。『頂点からの景色かぁ、楽しみだな〜』なんて呟く私に返ってきたのは大きなため息で、先程のようにまた尻尾を握られた。
「ふぎゃ!?」
「お前の頭はお花畑か? そんなザマじゃあ先が思いやられるぜ」
地べたに頬擦りをする私を見て、見世物を見るかのようにターレスは笑った。新たに身につけた、パリッと乾いた真っ白なマントを翻し彼は踵を返す。そうして奥へと戻っていく彼の後ろ姿を見ながら、私は絶対にあの背中を追い越してやると深く決意したのだった。
先程まで煌めいて見えていた宇宙は、もう私の注目から外れていた。
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