箒星に乗って
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湿った空気が肌にまとわりつくような艦内。ソファに足を放り投げた私は、些か憂鬱な気分でいた。腕を軽く振り、自分の左肩から肘にかけて、じんわりと広がる重たい感覚を確かめていた。違和感を覚える程度の鈍い痛みが、ゆっくりと芯まで染みこんでくる。
「なんか痛いんだよな、これ」
薄く眉をひそめ、しばらく気になっていた疑問を口にする。退屈で何もしてない時ほど、こういう些細なことがやたらと気になるものだ。大袈裟だろうかと胸の隅に小さく住む罪悪感を退け、しかし念の為に包帯を巻こうかと考えながら、コンテナの上に腰かける。片手で肘を押さえ、軽く力を入れてみると、ビリ、と骨の奥が軋んだ気がした。
「でも筋肉痛、っぽいけどなー……」
それに、今さら誰かに言うほどでもない。毎日のように戦闘を繰り広げるクラッシャー軍団での怪我なんて、毎日3食食べるほど当たり前のことだ。昨日の制圧の際、下級戦士のくせにちょっと派手に動きすぎたのかもしれない。戦闘を回想して、そういえばあの時少し捻ったかもしれないな、あの時に傷めたのかもしれない、なんて呑気に思い返す。
その時、扉の外から規則的な金属音が聞こえた。
「ダダ」
音のする方へ首を向けると、扉の奥からカカオがこちらを見ていた。無機質なくせに、どこか愛嬌のある仕草で、腕を小さく振っている。
「カカオじゃん。どうしたの?」
「ダッダッンダー、ダ」
常人では即座に理解できない音列だったが、長く一緒にいれば自然と意味は分かってくる。痛む左手をつつきながら聞いていると、カカオが指差したのは艦の奥へと続く廊下だった。その仕草で、大方の要件に察しがつく。
「え、筆頭が? 今ぁ?」
思わず呻くような声が漏れる。正直気だるさが湧いて出てきて、今から向かうのは気分ではなかった。せっかく包帯でも巻こうかと思ってたところだったのに、まるで宿題をやれと言われてやる気の失せる子供の気持ちだ。否、まさか私が鍛錬を怠けているのを気づいて注意しようとしているのだろうか。
「んー、わかったわかった。仕方ないな」
重い腰を上げて、カカオの肩をぽんと叩いて通り過ぎる。いくら面倒とはいえ、団長であるターレスの命令は絶対だ。特にもし、叱られるとなった場合は怒りのボルテージが上がり切る前に向かわなければならない。どうにか憂鬱さと怠慢を押し殺し、用を早く済ませるために早歩きで向かう。
ターレスがいるのは、艦の中央制御室──という名の、彼専用の静かな空間だ。戦闘後は特によくその場所にこもって、神精樹のデータを確認したり、誰にも聞こえない独り言をつぶやいたりしているらしい。あくまでも他の団員の噂で、真実は誰にも分からない。わざわざ一人でいるターレスに、邪魔者扱いされる覚悟で話しかけられる団員はここにいないのだ。
ドアの前に立っても、中からは何の音もしない。制御室の近くにあるエンジン音や、コンピュータの起動音が静かに響いているだけだ。けれど開けば、必ずそこにいる。それが、ターレスという男だった。
「筆頭来たよ、なにか用ー?」
ゆるく声をかけながら入っていくと案の定、暗い部屋の奥の窓際に立つ背中がひとつ。星屑の光に薄く照らされている彼は、宇宙の景色ををじっと見ていた。
「来たか」
短い声だけが返ってくる。彼は振り返りもしない。身につけた真っ白なマントすら、揺れもしない。
「なになに、作戦会議とか?」
要件を手早く済ませたい私は、とぼけた声でその背中に歩み寄る。次の瞬間だった。
スッ、とターレスの左手がこちらに伸びてきた。私がそれを認知するよりも早く、彼の掌が正確に私の左腕を掴む。
「いっっ──!?!?!?!?」
走るような鋭い痛みが、肘から肩にまで突き抜ける。私は目を見開き、思わず一歩下がろうとしたが、手の力は一向に緩まない。ピンポイントで掴まれた患部は、もがこうと動かすほど痛みが増していく。
そんな私を見て癪に障ったのか、頭上から舌打ちが聞こえる。呆れたように見下ろす視線は、まるで検査装置のように冷静で正確だ。肌をなぞるように伝う彼の指は、なお患部を的確に刺激する。
「いたたたた、いたいって! なに、なにすんのさ!」
「さっきの制圧でやっただろ」
精一杯の抵抗で叫んだ声に返ってきたターレスの言葉に、私は一瞬ぽかんとした。そんな私の間抜けな顔を見た彼は手を解き、腕を組んで肩をすくめる。処理しきれない脳内から出てきた言葉は、ただ素直な疑問だった。
「……なんでわかんの?」
「見てりゃ分かる。ちなみに折れてるぞ、ヒビだがな」
「マジで!? 筋肉痛かと思ってたんだけど」
自分も戦闘をしながらだというのに、なんという観察眼だろうか。戦闘を通じてアドレナリンが出まくっていた私には、制圧後しばらくして今しがた認識した痛みだというのに。触れられてじんじんと痛みが響く左腕を見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。
「バカめ。さっさとメディカルマシン入っとけ」
その声音は相変わらず冷たい。しかし、私の背中を押したターレスの大きな手からは仄かに優しい温もりを感じた。私はしばらく黙った後、気の抜けた返事をして部屋の出口へと向かう。
「ふぁーい。っていうかさ、そういうのスカウターで言ってくればよくない? わざわざ呼び出さなくてもさ」
「うるせえな、いいから行け」
私の言葉にくるりと背を向けたターレスに、私は1度、2度、瞬きをする。そして理解する。きっとあの人は、自分の目で「見たかった」だけなのだろう。スカウターの数値や通信越しの声ではわからない、私の顔、仕草、状況、痛がり方──全部、自分の目で確認しないと気が済まない人。それでいて、素直に言葉をぶつけてこない人。
表情こそ見えないが、居心地の悪そうなその背中に、じゃあ行ってくるよと言葉を投げかけた。
「……そーゆーとこ、不器用だよね、筆頭」
制御室から出てから、ふっと息をつくと口元が自然にゆるんだ。メディカルマシンのある方向へと向ける足は少し軽やかだった。彼に掴まれた左腕はまだ痛む。しかし、心のどこかに灯ったぬくもりが、その痛みを少しだけ忘れさせてくれるような気がした。
「なんか痛いんだよな、これ」
薄く眉をひそめ、しばらく気になっていた疑問を口にする。退屈で何もしてない時ほど、こういう些細なことがやたらと気になるものだ。大袈裟だろうかと胸の隅に小さく住む罪悪感を退け、しかし念の為に包帯を巻こうかと考えながら、コンテナの上に腰かける。片手で肘を押さえ、軽く力を入れてみると、ビリ、と骨の奥が軋んだ気がした。
「でも筋肉痛、っぽいけどなー……」
それに、今さら誰かに言うほどでもない。毎日のように戦闘を繰り広げるクラッシャー軍団での怪我なんて、毎日3食食べるほど当たり前のことだ。昨日の制圧の際、下級戦士のくせにちょっと派手に動きすぎたのかもしれない。戦闘を回想して、そういえばあの時少し捻ったかもしれないな、あの時に傷めたのかもしれない、なんて呑気に思い返す。
その時、扉の外から規則的な金属音が聞こえた。
「ダダ」
音のする方へ首を向けると、扉の奥からカカオがこちらを見ていた。無機質なくせに、どこか愛嬌のある仕草で、腕を小さく振っている。
「カカオじゃん。どうしたの?」
「ダッダッンダー、ダ」
常人では即座に理解できない音列だったが、長く一緒にいれば自然と意味は分かってくる。痛む左手をつつきながら聞いていると、カカオが指差したのは艦の奥へと続く廊下だった。その仕草で、大方の要件に察しがつく。
「え、筆頭が? 今ぁ?」
思わず呻くような声が漏れる。正直気だるさが湧いて出てきて、今から向かうのは気分ではなかった。せっかく包帯でも巻こうかと思ってたところだったのに、まるで宿題をやれと言われてやる気の失せる子供の気持ちだ。否、まさか私が鍛錬を怠けているのを気づいて注意しようとしているのだろうか。
「んー、わかったわかった。仕方ないな」
重い腰を上げて、カカオの肩をぽんと叩いて通り過ぎる。いくら面倒とはいえ、団長であるターレスの命令は絶対だ。特にもし、叱られるとなった場合は怒りのボルテージが上がり切る前に向かわなければならない。どうにか憂鬱さと怠慢を押し殺し、用を早く済ませるために早歩きで向かう。
ターレスがいるのは、艦の中央制御室──という名の、彼専用の静かな空間だ。戦闘後は特によくその場所にこもって、神精樹のデータを確認したり、誰にも聞こえない独り言をつぶやいたりしているらしい。あくまでも他の団員の噂で、真実は誰にも分からない。わざわざ一人でいるターレスに、邪魔者扱いされる覚悟で話しかけられる団員はここにいないのだ。
ドアの前に立っても、中からは何の音もしない。制御室の近くにあるエンジン音や、コンピュータの起動音が静かに響いているだけだ。けれど開けば、必ずそこにいる。それが、ターレスという男だった。
「筆頭来たよ、なにか用ー?」
ゆるく声をかけながら入っていくと案の定、暗い部屋の奥の窓際に立つ背中がひとつ。星屑の光に薄く照らされている彼は、宇宙の景色ををじっと見ていた。
「来たか」
短い声だけが返ってくる。彼は振り返りもしない。身につけた真っ白なマントすら、揺れもしない。
「なになに、作戦会議とか?」
要件を手早く済ませたい私は、とぼけた声でその背中に歩み寄る。次の瞬間だった。
スッ、とターレスの左手がこちらに伸びてきた。私がそれを認知するよりも早く、彼の掌が正確に私の左腕を掴む。
「いっっ──!?!?!?!?」
走るような鋭い痛みが、肘から肩にまで突き抜ける。私は目を見開き、思わず一歩下がろうとしたが、手の力は一向に緩まない。ピンポイントで掴まれた患部は、もがこうと動かすほど痛みが増していく。
そんな私を見て癪に障ったのか、頭上から舌打ちが聞こえる。呆れたように見下ろす視線は、まるで検査装置のように冷静で正確だ。肌をなぞるように伝う彼の指は、なお患部を的確に刺激する。
「いたたたた、いたいって! なに、なにすんのさ!」
「さっきの制圧でやっただろ」
精一杯の抵抗で叫んだ声に返ってきたターレスの言葉に、私は一瞬ぽかんとした。そんな私の間抜けな顔を見た彼は手を解き、腕を組んで肩をすくめる。処理しきれない脳内から出てきた言葉は、ただ素直な疑問だった。
「……なんでわかんの?」
「見てりゃ分かる。ちなみに折れてるぞ、ヒビだがな」
「マジで!? 筋肉痛かと思ってたんだけど」
自分も戦闘をしながらだというのに、なんという観察眼だろうか。戦闘を通じてアドレナリンが出まくっていた私には、制圧後しばらくして今しがた認識した痛みだというのに。触れられてじんじんと痛みが響く左腕を見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。
「バカめ。さっさとメディカルマシン入っとけ」
その声音は相変わらず冷たい。しかし、私の背中を押したターレスの大きな手からは仄かに優しい温もりを感じた。私はしばらく黙った後、気の抜けた返事をして部屋の出口へと向かう。
「ふぁーい。っていうかさ、そういうのスカウターで言ってくればよくない? わざわざ呼び出さなくてもさ」
「うるせえな、いいから行け」
私の言葉にくるりと背を向けたターレスに、私は1度、2度、瞬きをする。そして理解する。きっとあの人は、自分の目で「見たかった」だけなのだろう。スカウターの数値や通信越しの声ではわからない、私の顔、仕草、状況、痛がり方──全部、自分の目で確認しないと気が済まない人。それでいて、素直に言葉をぶつけてこない人。
表情こそ見えないが、居心地の悪そうなその背中に、じゃあ行ってくるよと言葉を投げかけた。
「……そーゆーとこ、不器用だよね、筆頭」
制御室から出てから、ふっと息をつくと口元が自然にゆるんだ。メディカルマシンのある方向へと向ける足は少し軽やかだった。彼に掴まれた左腕はまだ痛む。しかし、心のどこかに灯ったぬくもりが、その痛みを少しだけ忘れさせてくれるような気がした。