箒星に乗って
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ある日のクラッシャー軍団の宇宙船、食堂にて。電気もつけず、原始的に蝋燭をひとつ灯して、団員は机を囲んで物静かに語り合っていた。
その内容は──怪談話。
故郷では聞き馴染みのない怖い話に、私はノリノリで参加して聞き耳を立てている。まずは一番乗り、ダイーズが喋り手の番だ。
「──その女は、何を思ったか……もしかしたら、惹かれたのかもな。開かないはずのロッカーに震える手を伸ばしていき、触れるとガチャリ……なんと開いたんだ。ゆっくり、ゆっくり、ギギギと嫌な音を立ててその扉は開いていく。真っ暗闇の中、その中に見えてきたのは……」
「ぐえ、またそれかよ、オチ知ってんだよな」
小声でラカセイが文句を言う。『雰囲気壊すなよ』と彼の隣に座るレズンが頭をしばいた。そんな2人に、私は口元に人差し指を当ててしーっと注意する。
「ちょっと黙ってよ、いいとこなのに! ……で、中には何が……?」
ひとつ、咳払い。そうしてダイーズは口を開く。
「喋るなよ、絶対喋るなよ、って言われてた〝アレ〟が、まるで彼女が開けることを知っていたかのように佇んで──」
蝋燭の明かりの中から、まるでダイーズの顔だけが浮かんで見える。背筋を気味の悪い震えが走り、思わず腹の底から声が出ていった。
「いやーーーーーっっっ!?!?!?」
船内に私の悲鳴が響く。身を乗り出して聞いていたアモンドは、あまりの声量とタイミングのいい悲鳴に思わず飛び上がり、隣で椅子からズレ落ちていた。空気が揺らぎ、中心にある蝋燭の火が一瞬だけ消えそうになる。
「び、ビビらせるんじゃねえでっせい!」
「悪い悪い、ちょっと盛りすぎたかもな?」
話を終えたダイーズがアモンドを立たせながら、満足気に笑っている。私の反応も相まって、面白そうにこちらに視線を向けていた。
「盛りすぎたとかじゃないって、こっわ……」
右往左往と目を泳がせ、思わず周りに自分たち以外の気配がないかを探ってしまう。先程から背後がゾワゾワとして、何かの視線を感じてるような気さえもする。
ここまでの反応は予想外だったのか、ラカセイが肘で私を突っついてくる。
「おいロゼ、お前マジに怖いのかよ?」
「怖いっていうか……うん、怖いんだけど!? どうすんのあたし、今日寝れる自信ないんだけど!」
あまりの慌てた様子に尋ねてきたレズンは吹き出し、ラカセイも床を叩いて笑い転げていた。
「おいおい、惑星一ぶん殴り強い女ロゼが、たかが幽霊にビビってんのかよ。かわいーなオイ!」
「つかロゼ、ひとりで風呂行けるのかよ? 付き合ってやろうか? ヒュ〜〜〜!」
呆れるほどに言いたい放題だ。馬鹿にするような発言をする2人にカチンと来るが、否定できるほどの気丈さはもう私には残っていない。拳を握りしめるが、心の中ではお風呂に行ける気もせず、その申し出に何回だって頷きたい気持ちである。鏡に私以外の誰かが──なんて考えたところで、ぶるりと全身が粟立った。
「うるさいうるさい! こっちは本気なんだってば! ねえ、ねえ誰か、誰かあたしと一緒に寝ない? お願い、ちょっとトイレ一緒に行こ……」
弱音をぽろぽろと零す。もちろんそれに応えてくれる素直で優しい団員はここにいない。爆笑して私の反応を面白がる一方で、まともな返事など返ってきやしない。
怪談話がここまで恐ろしいものだとは思わなかった。幽霊などという存在など、知らないままでよかったのだ。トイレやお風呂を済ませていなかった自分を深く恨む。
苛立ちと恐怖心で頭がおかしくなりそうだ。ならば言葉数も少ない、反発もしないカカオにでも頼もうかと目線を上げると、カカオはそそくさと顔を逸らしてしまう。こいつ、と思っている瞬間、私は閃いた。
「……ターレスーーー!!!」
その瞬間、部屋の空気が止まった。愉快に響いていた笑い声もぴたりと聞こえなくなる。怪談話には参加せず、静かに隅で酒を嗜んでいたターレスは、突然の名指しにぽかんとした顔でこちらを見て目を細めていた。
彼に言っても、他の団員と同じように馬鹿にされることは目に見えている。だが私とて、これは藁にでも縋るような思いでお願いするわけだ。冷静で大人な思考を持つ彼なら、幾分彼らよりは聞き耳を立ててくれるだろうと、これは賭けである。
「……何で俺なんだ、他の奴に頼め」
肩を竦めて呆れた声でターレスは一蹴する。レズンたちやアモンドも、そりゃそうだといった表情を浮かべている。だが私もここでは引き下がれない。
彼の背後に映る星の煌めきにさえドキッと反応してしまう私を、無視するとは言わせたくない。
「だって、筆頭なら……強いし? 幽霊とか、ぶっ飛ばしてくれそうだし? 団長だし? あたし部下だし? ほら……」
説得したい一心で、私はそれらしい理由をつらつらと並べる。自分で喋りながら、段々と火が吹きそうな思いになった。耳まで熱くなってくる感覚がして、次第に小さくなる私の声はあまりにも情けない。
静かになった食堂で、ターレスは鼻で笑ったような気配を残しながら、くるりと背を向けた。
「トイレだけだぞ。ったく、くだらねえなァ」
変わらず呆れた声だったが、それでも私にとってはとてつもなく嬉しい言葉だった。先に歩き出してしまう彼の背後へ走ってついていく。
「えマジで!? ほんとに!?」
「うるさい」
「さすがターレス様! 優しい! かっこいい! 面倒見がいい! くぅ〜痺れるね!」
「分かったから黙って着いてこい」
そうして去っていく2人を、食堂に残された団員たちは呆然として見送っていた。
「……ターレス様も面倒見がよくなられたものだな」
「まあ、ほっといてもうるさいだけでっせい」
「ンダ……」
* * *
後ろからちょこちょことついてくるロゼの足音を聞きながら、俺はため息をついた。何故俺がこんな面倒なことに付き合わなければならないのだろうか。折角の晩酌は彼女の騒ぎにより中断させられ、不完全燃焼である。あの場で断ってもよかったのだが、ずっと騒がれるのも癪なため、仕方なく彼女の要望に応じることにした。
ちら、と後ろを振り向けば、あたふたしながらも距離を詰めてくる彼女がいる。ただそれが、不覚にも嫌な気がしない自分がいて、どこかもどかしさを覚えた。
その夜、俺の付き添いを経て何とか用を済ませたロゼは、無言で背後にぴったりとくっついて歩いていた。
あの後の彼女は実に我儘で、トイレだけでなく風呂の見張りまでねだってきたのだ。流石に浴室内に入って背後を守れと言われた時は、あまりの欲求に俺は言葉を失った。当然その願いは断った。が、ロゼは俺を何だと思っているのだろうか。少なくとも〝異性〟としては見られていないだろう。俺は、恐らく親に近い存在として扱われている、と感じた。
全く苛立つ話である。俺はその場で思わず鏡を叩き割るように命じた。
「おい、もう済んだろ。そろそろ部屋に戻れ」
いつまでも着いてくるロゼの方は見ず、俺は彼女の部屋の方角を手で示す。返事はすぐには来ず、しばらくすると呆れる言葉が返ってきた。
「……やだ」
「んだと?」
「戻っても絶対寝れないし! だって怖いじゃん、筆頭も聞いてたでしょ!」
今にも泣き出しそうな声で裾を引っ張るロゼに、俺は思わず顔が引きつる。普段は天真爛漫な彼女とは真反対の表情を初めて目にすると、いくら冷静沈着さを保つ俺でも戸惑ってしまう。何より、次に言われる彼女の要望が、何となく俺には分かってしまった。
「まさかとは思うが、お前……」
「ねえ、一緒に寝よう? ……ね?」
そんなありえない彼女の発言を聞いて出たため息の深さに、自分自身でも驚いたように眉を顰める。思わず手で顔を覆い隠した。
(自分で何言ってるのか分かってるのか、こいつ)
風呂の見張りまでは百歩譲って聞いてやれても、流石に寝かしつけは論外だ。異性と寝床を共にする恐ろしさを知らない彼女の大胆さには、説得する余地もなく参ってしまう。俺に残された選択肢は、どうにか言論で説得させるという手段だけだった。
「いいから寝ろ、無理にでも目を閉じてりゃ寝れる。そういうのはおとぎ話とでも思え」
「無理、絶対無理! だってあたしの部屋って一番奥の静かなとこでしょ!? 怖いし真っ暗だし!」
「部屋の場所の問題かよ?」
半ば呆れながらも、潤んだ瞳で真っ直ぐと見上げてくるロゼに、俺は一瞬目を逸らした。
「……ガキか、お前は」
「ガキじゃないし! サイヤ人だし!!」
「ならたかが幽霊ぐらいで騒ぐなよ」
「だって見たことないもん、あたしの星にそんなのいなかったし……」
小さくなった声に、ふと俺は思考する。彼女の故郷、常に雨が降っていたあの星は、湿った土と水音ばかりの静かな世界。自然だけが溢れていて、ルールというしがらみすらもないような世界。確かに、ああいう〝文化〟はなさそうだった。
つまり、ロゼは冗談など一切なく、本気で幽霊を信じて怖がっているのだ。自分以外は強いから平気だと、自分は弱いから適わないかもと、いつどこに潜んでいるか分からない抽象的なものがたまらなく恐ろしいのだ。
全く本当に、子供らしいと言ったらありやしない。サイヤ人ともあろうものが、しかも大の大人が、幽霊如きにこのザマとは。ひとつ俺は息をつき、数秒の沈黙を経て彼女に告げる。
「絶対寝られないのか」
「当たり前じゃん何回も言ってるじゃん」
「おま、……生意気言うなら断るぞ」
「えぇっ!? うそうそうそうそ!!! お願いしますターレス様!」
「……分かった分かった。俺の部屋に来い」
そう告げた俺の一言に、先ほどまで潤んでいた弱々しい瞳は何処かへと引っ込んでしまう。まるでペテン師かと、思わず別人になったかと思うほど、俺は困惑した。キラキラとした眼差しを俺に向け、満面の笑みでロゼは歓喜する。
「やったー! 筆頭ありがとーっ!」
胸に飛び込んできそうな勢いの彼女をひらりと躱し、俺はやや早足で歩き出す。
「一晩だけだ、ガキじゃないなら黙ってついて来い」
「っへへ、了解!」
打って変わってご機嫌な彼女を他所に、俺は憂鬱な気分になっていた。そして俺は、自分の心に何度か言い訳を重ねる。
これは妥協ではない。このまま放置していると、夜中に騒いでうるさいからだ、と。これは彼女を甘やかしているわけではないのだ、と。
自室に到着してから、俺は諸々の寝支度を済ませる。既に脱衣所でそれらを済ませていたロゼは俺のベッドの上、隅っこに膝を抱え、ちょこんと座って待っている。
「ほんとに……一緒に寝ていいの?」
もぞもぞと縮こまり、急に遠慮がちに彼女はこちらを見る。恐怖心が少し薄れてきた今、ようやく異性と共に寝るということの重大性を意識したのだろうか。だとしても、それはあまりに今更すぎる上、取り返しがつかない。
(相手が俺じゃなきゃ喰われてるぞ)
膝を抱えた彼女は、前後にゆらゆらと揺れている。
「床で寝ろって言ったらどうする」
「泣く」
「……はあ」
俺はいつものように上着だけを脱ぎ捨て、ロゼとは反対側のベッドへと潜り込む。それに合わせて、隣に彼女が潜り込んでくる。何も言わず目を閉じ、寝る体勢に入った俺の横で、彼女は小声で囁いた。
「なんか、安心するね。ターレスの隣」
恐怖心はもう消え去ったのだろう、落ち着いた少し明るい声で彼女は笑ってそう言う。布団の擦れる音と共に背中に少しの温もりが伝わってきて、彼女が擦り寄ってきたのが分かった。
「そうかよ。……さっさとねんねしな」
「……うん。おやすみ……」
そうして徐々にロゼの寝息が落ち着いていくのを感じながら、俺はほんの少しだけ目を開けて、隣を盗み見る。
無防備な寝顔だった。さっきまでの騒ぎっぷりが嘘みたいに、今は静かだ。寄りっぱなしだった眉間はすっかり普段通りに戻っており、穏やかな顔つきになっている。幽霊への警戒心などまるで最初から持ち合わせていないような、それ程彼女は安心しきっている。
頬にかかって口に含みそうな髪を、指先でそっと退けてやる。
「……世話のかかる女だ」
そう呟く俺だったが、無自覚のうちに口元にはほんの微かな笑みが浮かんでいた。
* * *
翌朝。
朝食の用意を終えたアモンドとダイーズが、珍しく目覚めの遅い団長を起こしに部屋へとやってきた。
「ターレス様、そろそろ朝に……えっ!?」
「どうしたアモンド、そんな……ん、ターレス様のベッドに何か……えェっっっ!?!?!?」
驚きの光景に開いた口の塞がらないアモンドを不審に思ったダイーズが、つられて部屋の中を覗く。そこにはなんと、ターレスとロゼが仲良くひとつのベッドですやすやと眠っていたのだ。
朝っぱらから騒然とするターレスの部屋の前。ロゼは半分寝ぼけて『うーん、まだ……』と彼にしがみついている。ターレスは彼らの騒ぎにより目を覚まし、眉間を寄せながら不機嫌そうにゆっくりと起き上がった。
「チッ……うるさいぞお前ら、騒ぐな」
「無茶でっせいターレス様!!!!!」
「な、な、な、何してんですかーーー!!!!!」
──こうして、クラッシャー軍団にまた一つ〝ネタ〟が増えた朝になるのだった。
その内容は──怪談話。
故郷では聞き馴染みのない怖い話に、私はノリノリで参加して聞き耳を立てている。まずは一番乗り、ダイーズが喋り手の番だ。
「──その女は、何を思ったか……もしかしたら、惹かれたのかもな。開かないはずのロッカーに震える手を伸ばしていき、触れるとガチャリ……なんと開いたんだ。ゆっくり、ゆっくり、ギギギと嫌な音を立ててその扉は開いていく。真っ暗闇の中、その中に見えてきたのは……」
「ぐえ、またそれかよ、オチ知ってんだよな」
小声でラカセイが文句を言う。『雰囲気壊すなよ』と彼の隣に座るレズンが頭をしばいた。そんな2人に、私は口元に人差し指を当ててしーっと注意する。
「ちょっと黙ってよ、いいとこなのに! ……で、中には何が……?」
ひとつ、咳払い。そうしてダイーズは口を開く。
「喋るなよ、絶対喋るなよ、って言われてた〝アレ〟が、まるで彼女が開けることを知っていたかのように佇んで──」
蝋燭の明かりの中から、まるでダイーズの顔だけが浮かんで見える。背筋を気味の悪い震えが走り、思わず腹の底から声が出ていった。
「いやーーーーーっっっ!?!?!?」
船内に私の悲鳴が響く。身を乗り出して聞いていたアモンドは、あまりの声量とタイミングのいい悲鳴に思わず飛び上がり、隣で椅子からズレ落ちていた。空気が揺らぎ、中心にある蝋燭の火が一瞬だけ消えそうになる。
「び、ビビらせるんじゃねえでっせい!」
「悪い悪い、ちょっと盛りすぎたかもな?」
話を終えたダイーズがアモンドを立たせながら、満足気に笑っている。私の反応も相まって、面白そうにこちらに視線を向けていた。
「盛りすぎたとかじゃないって、こっわ……」
右往左往と目を泳がせ、思わず周りに自分たち以外の気配がないかを探ってしまう。先程から背後がゾワゾワとして、何かの視線を感じてるような気さえもする。
ここまでの反応は予想外だったのか、ラカセイが肘で私を突っついてくる。
「おいロゼ、お前マジに怖いのかよ?」
「怖いっていうか……うん、怖いんだけど!? どうすんのあたし、今日寝れる自信ないんだけど!」
あまりの慌てた様子に尋ねてきたレズンは吹き出し、ラカセイも床を叩いて笑い転げていた。
「おいおい、惑星一ぶん殴り強い女ロゼが、たかが幽霊にビビってんのかよ。かわいーなオイ!」
「つかロゼ、ひとりで風呂行けるのかよ? 付き合ってやろうか? ヒュ〜〜〜!」
呆れるほどに言いたい放題だ。馬鹿にするような発言をする2人にカチンと来るが、否定できるほどの気丈さはもう私には残っていない。拳を握りしめるが、心の中ではお風呂に行ける気もせず、その申し出に何回だって頷きたい気持ちである。鏡に私以外の誰かが──なんて考えたところで、ぶるりと全身が粟立った。
「うるさいうるさい! こっちは本気なんだってば! ねえ、ねえ誰か、誰かあたしと一緒に寝ない? お願い、ちょっとトイレ一緒に行こ……」
弱音をぽろぽろと零す。もちろんそれに応えてくれる素直で優しい団員はここにいない。爆笑して私の反応を面白がる一方で、まともな返事など返ってきやしない。
怪談話がここまで恐ろしいものだとは思わなかった。幽霊などという存在など、知らないままでよかったのだ。トイレやお風呂を済ませていなかった自分を深く恨む。
苛立ちと恐怖心で頭がおかしくなりそうだ。ならば言葉数も少ない、反発もしないカカオにでも頼もうかと目線を上げると、カカオはそそくさと顔を逸らしてしまう。こいつ、と思っている瞬間、私は閃いた。
「……ターレスーーー!!!」
その瞬間、部屋の空気が止まった。愉快に響いていた笑い声もぴたりと聞こえなくなる。怪談話には参加せず、静かに隅で酒を嗜んでいたターレスは、突然の名指しにぽかんとした顔でこちらを見て目を細めていた。
彼に言っても、他の団員と同じように馬鹿にされることは目に見えている。だが私とて、これは藁にでも縋るような思いでお願いするわけだ。冷静で大人な思考を持つ彼なら、幾分彼らよりは聞き耳を立ててくれるだろうと、これは賭けである。
「……何で俺なんだ、他の奴に頼め」
肩を竦めて呆れた声でターレスは一蹴する。レズンたちやアモンドも、そりゃそうだといった表情を浮かべている。だが私もここでは引き下がれない。
彼の背後に映る星の煌めきにさえドキッと反応してしまう私を、無視するとは言わせたくない。
「だって、筆頭なら……強いし? 幽霊とか、ぶっ飛ばしてくれそうだし? 団長だし? あたし部下だし? ほら……」
説得したい一心で、私はそれらしい理由をつらつらと並べる。自分で喋りながら、段々と火が吹きそうな思いになった。耳まで熱くなってくる感覚がして、次第に小さくなる私の声はあまりにも情けない。
静かになった食堂で、ターレスは鼻で笑ったような気配を残しながら、くるりと背を向けた。
「トイレだけだぞ。ったく、くだらねえなァ」
変わらず呆れた声だったが、それでも私にとってはとてつもなく嬉しい言葉だった。先に歩き出してしまう彼の背後へ走ってついていく。
「えマジで!? ほんとに!?」
「うるさい」
「さすがターレス様! 優しい! かっこいい! 面倒見がいい! くぅ〜痺れるね!」
「分かったから黙って着いてこい」
そうして去っていく2人を、食堂に残された団員たちは呆然として見送っていた。
「……ターレス様も面倒見がよくなられたものだな」
「まあ、ほっといてもうるさいだけでっせい」
「ンダ……」
* * *
後ろからちょこちょことついてくるロゼの足音を聞きながら、俺はため息をついた。何故俺がこんな面倒なことに付き合わなければならないのだろうか。折角の晩酌は彼女の騒ぎにより中断させられ、不完全燃焼である。あの場で断ってもよかったのだが、ずっと騒がれるのも癪なため、仕方なく彼女の要望に応じることにした。
ちら、と後ろを振り向けば、あたふたしながらも距離を詰めてくる彼女がいる。ただそれが、不覚にも嫌な気がしない自分がいて、どこかもどかしさを覚えた。
その夜、俺の付き添いを経て何とか用を済ませたロゼは、無言で背後にぴったりとくっついて歩いていた。
あの後の彼女は実に我儘で、トイレだけでなく風呂の見張りまでねだってきたのだ。流石に浴室内に入って背後を守れと言われた時は、あまりの欲求に俺は言葉を失った。当然その願いは断った。が、ロゼは俺を何だと思っているのだろうか。少なくとも〝異性〟としては見られていないだろう。俺は、恐らく親に近い存在として扱われている、と感じた。
全く苛立つ話である。俺はその場で思わず鏡を叩き割るように命じた。
「おい、もう済んだろ。そろそろ部屋に戻れ」
いつまでも着いてくるロゼの方は見ず、俺は彼女の部屋の方角を手で示す。返事はすぐには来ず、しばらくすると呆れる言葉が返ってきた。
「……やだ」
「んだと?」
「戻っても絶対寝れないし! だって怖いじゃん、筆頭も聞いてたでしょ!」
今にも泣き出しそうな声で裾を引っ張るロゼに、俺は思わず顔が引きつる。普段は天真爛漫な彼女とは真反対の表情を初めて目にすると、いくら冷静沈着さを保つ俺でも戸惑ってしまう。何より、次に言われる彼女の要望が、何となく俺には分かってしまった。
「まさかとは思うが、お前……」
「ねえ、一緒に寝よう? ……ね?」
そんなありえない彼女の発言を聞いて出たため息の深さに、自分自身でも驚いたように眉を顰める。思わず手で顔を覆い隠した。
(自分で何言ってるのか分かってるのか、こいつ)
風呂の見張りまでは百歩譲って聞いてやれても、流石に寝かしつけは論外だ。異性と寝床を共にする恐ろしさを知らない彼女の大胆さには、説得する余地もなく参ってしまう。俺に残された選択肢は、どうにか言論で説得させるという手段だけだった。
「いいから寝ろ、無理にでも目を閉じてりゃ寝れる。そういうのはおとぎ話とでも思え」
「無理、絶対無理! だってあたしの部屋って一番奥の静かなとこでしょ!? 怖いし真っ暗だし!」
「部屋の場所の問題かよ?」
半ば呆れながらも、潤んだ瞳で真っ直ぐと見上げてくるロゼに、俺は一瞬目を逸らした。
「……ガキか、お前は」
「ガキじゃないし! サイヤ人だし!!」
「ならたかが幽霊ぐらいで騒ぐなよ」
「だって見たことないもん、あたしの星にそんなのいなかったし……」
小さくなった声に、ふと俺は思考する。彼女の故郷、常に雨が降っていたあの星は、湿った土と水音ばかりの静かな世界。自然だけが溢れていて、ルールというしがらみすらもないような世界。確かに、ああいう〝文化〟はなさそうだった。
つまり、ロゼは冗談など一切なく、本気で幽霊を信じて怖がっているのだ。自分以外は強いから平気だと、自分は弱いから適わないかもと、いつどこに潜んでいるか分からない抽象的なものがたまらなく恐ろしいのだ。
全く本当に、子供らしいと言ったらありやしない。サイヤ人ともあろうものが、しかも大の大人が、幽霊如きにこのザマとは。ひとつ俺は息をつき、数秒の沈黙を経て彼女に告げる。
「絶対寝られないのか」
「当たり前じゃん何回も言ってるじゃん」
「おま、……生意気言うなら断るぞ」
「えぇっ!? うそうそうそうそ!!! お願いしますターレス様!」
「……分かった分かった。俺の部屋に来い」
そう告げた俺の一言に、先ほどまで潤んでいた弱々しい瞳は何処かへと引っ込んでしまう。まるでペテン師かと、思わず別人になったかと思うほど、俺は困惑した。キラキラとした眼差しを俺に向け、満面の笑みでロゼは歓喜する。
「やったー! 筆頭ありがとーっ!」
胸に飛び込んできそうな勢いの彼女をひらりと躱し、俺はやや早足で歩き出す。
「一晩だけだ、ガキじゃないなら黙ってついて来い」
「っへへ、了解!」
打って変わってご機嫌な彼女を他所に、俺は憂鬱な気分になっていた。そして俺は、自分の心に何度か言い訳を重ねる。
これは妥協ではない。このまま放置していると、夜中に騒いでうるさいからだ、と。これは彼女を甘やかしているわけではないのだ、と。
自室に到着してから、俺は諸々の寝支度を済ませる。既に脱衣所でそれらを済ませていたロゼは俺のベッドの上、隅っこに膝を抱え、ちょこんと座って待っている。
「ほんとに……一緒に寝ていいの?」
もぞもぞと縮こまり、急に遠慮がちに彼女はこちらを見る。恐怖心が少し薄れてきた今、ようやく異性と共に寝るということの重大性を意識したのだろうか。だとしても、それはあまりに今更すぎる上、取り返しがつかない。
(相手が俺じゃなきゃ喰われてるぞ)
膝を抱えた彼女は、前後にゆらゆらと揺れている。
「床で寝ろって言ったらどうする」
「泣く」
「……はあ」
俺はいつものように上着だけを脱ぎ捨て、ロゼとは反対側のベッドへと潜り込む。それに合わせて、隣に彼女が潜り込んでくる。何も言わず目を閉じ、寝る体勢に入った俺の横で、彼女は小声で囁いた。
「なんか、安心するね。ターレスの隣」
恐怖心はもう消え去ったのだろう、落ち着いた少し明るい声で彼女は笑ってそう言う。布団の擦れる音と共に背中に少しの温もりが伝わってきて、彼女が擦り寄ってきたのが分かった。
「そうかよ。……さっさとねんねしな」
「……うん。おやすみ……」
そうして徐々にロゼの寝息が落ち着いていくのを感じながら、俺はほんの少しだけ目を開けて、隣を盗み見る。
無防備な寝顔だった。さっきまでの騒ぎっぷりが嘘みたいに、今は静かだ。寄りっぱなしだった眉間はすっかり普段通りに戻っており、穏やかな顔つきになっている。幽霊への警戒心などまるで最初から持ち合わせていないような、それ程彼女は安心しきっている。
頬にかかって口に含みそうな髪を、指先でそっと退けてやる。
「……世話のかかる女だ」
そう呟く俺だったが、無自覚のうちに口元にはほんの微かな笑みが浮かんでいた。
* * *
翌朝。
朝食の用意を終えたアモンドとダイーズが、珍しく目覚めの遅い団長を起こしに部屋へとやってきた。
「ターレス様、そろそろ朝に……えっ!?」
「どうしたアモンド、そんな……ん、ターレス様のベッドに何か……えェっっっ!?!?!?」
驚きの光景に開いた口の塞がらないアモンドを不審に思ったダイーズが、つられて部屋の中を覗く。そこにはなんと、ターレスとロゼが仲良くひとつのベッドですやすやと眠っていたのだ。
朝っぱらから騒然とするターレスの部屋の前。ロゼは半分寝ぼけて『うーん、まだ……』と彼にしがみついている。ターレスは彼らの騒ぎにより目を覚まし、眉間を寄せながら不機嫌そうにゆっくりと起き上がった。
「チッ……うるさいぞお前ら、騒ぐな」
「無茶でっせいターレス様!!!!!」
「な、な、な、何してんですかーーー!!!!!」
──こうして、クラッシャー軍団にまた一つ〝ネタ〟が増えた朝になるのだった。