ゆめ
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⚠️成人、同棲設定
休日、夕方。私は仁王くんの作ってくれたお夕飯を死んだ目でモソモソと食べていた。新卒で入った会社はどうやら俗に言うブラック企業だったようで、正直なところ私は毎日くたびれていた。早朝に起きては始業時間よりだいぶ早く出社し、昨日の業務時間内に済ませられなかった仕事を、焦りながら消化していく。業務が始まると当然新たな仕事が発生し、上司の恫喝を浴びつつも仕事に追われるまま1日を過ごし、気付けば終電間近。終わらなかった仕事を家に持ち帰り、眠気で気絶するまではなんとか粘る、そんな毎日であった。最初の頃こそ化粧を施し物足りない顔を埋めていたりなどもしたけれど、今は睡眠、もしくは仕事のため1分1秒が惜しい。誰の目に留まるでもない、ましてや仕事の評価に関わるでもない己の外見の醜美に囚われることなど時間の無駄以外の何物でもないと思うようになっていた。だけど元々自分の外見にコンプレックスを強く感じていた私である。無駄な時間とは思いながらも化粧すらできない日々は私の精神を確実に削っていった。そんな日々ももう一年と半年が過ぎた。己に能力が無い事など、誰よりも自分が一番わかっていた。だけど無駄なプライドの高さ故、自分で踏み出した社会への一歩を今更引くことができなかったのだ。仁王くんに精神的に甘やかされている自覚があった私は、金銭面まで甘えることはできないと強がっていたし、しっかりと自立した1人の人間として仁王くんの隣に立っていたかった。だけど現実は、強がりの果てにくたびれしなびて仁王くんにしなだれ掛かるだらしない人間に成り果てていた、一体どうして。そして今日も休日にも関わらず上司から謎のブチ切れ着信、資料作成に追われるという最悪の1日だった。疲れ果てた私は家の事は何もできず、いつも99%の家事を仁王くんがやってくれている。申し訳ないと泣くと「ありがとうって笑ってくれん?」と苦笑いで頬を撫でてくれる彼は聖母マリアの生まれ変わりなのかもしれない。仁王くんと出会えてよかった、来世もまた私と出会ってくれないだろうか。
―速報です。
本日、世界は終わりを迎えるとのことです。
なんとなくつけっぱなしだったテレビから、冗談みたいな速報が入った。いつの間にバラエティ番組に変わっていたのかと思ったけれど、そこに映っているのは白を基調としたシンプルで洗練されたスタジオ、ニュースキャスターは華やかなながら落ち着いた髪型と服装で、少し眉間に力の入った硬い表情をしている。正真正銘、紛れもなくニュース番組のようであった。突拍子もない内容を、疲れ果てた脳みそはゆっくり噛み砕こうとしていたけれど、向かいに座った仁王くんの反応に一時、思考が停止した。
「…ああ、」
速報の内容にホッとするよりも先に、仁王くんの「そういえばそうだったな」というような調子の反応に心底驚いた。私の視線がテレビに向いたのは一瞬のことで、それはすぐに仁王くんの方へと移った。言ってしもうた、そんなセリフが似合うだろうか。口許を覆い気まずそうに視線を逸らした仁王くんは数秒の後、チラリとこちらに視線を寄越した。
「…仁王くん、知ってたの?」
何か諦めがついたのか、ため息をひとつ落とし頬杖をついた仁王くんは、優しく微笑んだ。
「夢子、しんどそうやったから」
それはまさしく聖母の浮かべる慈愛の笑みであった。しんどそうだったから、私が。たった1人の人間の、小さな世界の悲劇のために78億の世界を終わらせると言っているのだろうか。脳みそのキャパシティを軽々超えられ、眩暈でも起こしそうな感覚を覚えた。
「そんなことで…」
「"そんなこと"? 俺の世界は夢子とそれ以外でできとる。俺にとってこの世界はおまんを幸せにするためだけに存在しとるんよ」
優しい表情でとち狂ったことを話す。出会った時から人間離れした美しさだなとは思っていたけれど、彼はやっぱり天使とかそういった類いの存在で、この世界は彼のおもちゃ箱か何かなのだろうか。
「なんでわたしなの?わたしなんて仕事ひとつ満足にできないし、おうちのことだって何もできてないし、もう楽しい話もできなくなっちゃった…」
言葉にすれば己の無価値さがよりハッキリと浮き彫りにされるようで、込み上げた涙はその勢いのままテーブルをポツポツと濡らした。いつからかわからない、いっそ最初からだったかもしれない。私は仁王くんの隣にいていいような人間じゃない。
言葉を重ねるほど、優しい天使の瞳に悲しみが翳った。「あ、泣いちゃう」そう感じて、思わず仁王くんの頬に手を伸ばした。仁王くんは頬に触れた私の手にそっとその手を重ねると、いっそう深く、優しく微笑んだ。
「どれだけくたびれて擦り切れとっても、夢子の魂は美しいままじゃ」
涙がより一層勢いを増して、私はもう顔を上げていることができなかった。なにもできない私を、だめな所ばかり見てきたはずの君は、魂ごと愛してくれると言うのか。うつむきしゃくり上げる私の頭を、大きな手ががふわりと撫でた。
「また会おう」
落ち着いた優しい声音は、この約束が確かなものだと教えてくれるようで、安心する。
「…っ、これから、どうなるの?」
「少し眠るだけじゃ、起きたらまた始まる。おいしいごはんをたくさん食べて、あったかい布団で眠って、たくさんの人に愛されて健やかに育ちんしゃい。俺たちはきっとまた出会う。俺が必ず迎えに行くきに」
ふと、不思議な記憶が脳内を駆け巡って顔を上げた。たくさんの世界の記憶。何ひとつ覚えてはいないけれど、それは確かに私の生きた記憶だった。そして、終わりにはいつも、君が隣にいてくれたような気がする。
あれは、きっと最初の「終わり」の日。私と彼の間をフェンスが隔てていた。背中を撫でる風は冷たく、早くこちらへ、と急かされているような感覚になる。彼は悲痛な声で私の命を繋ぎ止める祈りを叫んでいたと思う。私はもうとにかく疲れ切っていて、ただひたすらにこの世界の終わりを願っていたので、彼の必死の叫びも脳みその表面を滑るように耳から耳へ突き抜けていった。だけど、迫り来る喪失の苦痛に歪む彼の美しいかんばせは、私のくたばって倒れ伏した感情をほんの僅か揺らした。泣かないでほしい。君を悲しませることは苦しかった。こんなちっぽけで無価値な命を、君だけは見失わないで手放さずにいてくれたのに。最後に、ひとつだけ、言葉を遺すなら。
「来世でもまた仁王くんに会えたらいいのに」
その呟きが彼へ届いたかどうかは定かでは無いが、終わりを選んだ私は浅ましくも仁王くんとの再会を願った。きっとあの日から、わたしが仁王くんを呪っていた。
あれから何十、何百の世界を巡っただろうか。
親からの暴力に怯え震える私の頭をそっと撫でてくれたのも、集団生活の中で孤独に放り出され冷え切った私をそっと包んでくれたのも、繰り返される罵詈雑言に潰れそうな私にやわらかい言葉をかけてくれたのも、全部仁王くんだった。私は馬鹿みたいに何度も何度も同じような不幸を繰り返していて、そしてその度に仁王くんに救われていた。
「…こうやって、わたしは何度も仁王くんを忘れちゃったの?」
「夢子の気にすることじゃなか」
「いつもごめんね」
仁王くんは穏やかな笑顔で緩く首を振った。ひとつ動作ごとにキラキラと光の粒が零れるような錯覚。
「いつも出会ってくれてありがとうな」
美しい。この言葉は彼を形容するために作られたのではと思わせられる。容姿に限ったことではない、その慈愛の心はこの世界で一等輝いていた。ありがとうだなんてこちらの台詞だ。いつも私を見つけてくれて、愛してくれて、助けてくれて…
「…ありがと、」
少し驚いた顔をしてから心底嬉しそうに笑った仁王くんの顔を、来世もきっと覚えていたいなと思った。次こそは、彼のこと、この出来事のことをちゃんと覚えていたい。なにもかも忘れて待っているだけじゃ嫌だ。
君のループする世界を終わらせたい。そう強く祈りながら、暖かく強い光に目を閉じた。
休日、夕方。私は仁王くんの作ってくれたお夕飯を死んだ目でモソモソと食べていた。新卒で入った会社はどうやら俗に言うブラック企業だったようで、正直なところ私は毎日くたびれていた。早朝に起きては始業時間よりだいぶ早く出社し、昨日の業務時間内に済ませられなかった仕事を、焦りながら消化していく。業務が始まると当然新たな仕事が発生し、上司の恫喝を浴びつつも仕事に追われるまま1日を過ごし、気付けば終電間近。終わらなかった仕事を家に持ち帰り、眠気で気絶するまではなんとか粘る、そんな毎日であった。最初の頃こそ化粧を施し物足りない顔を埋めていたりなどもしたけれど、今は睡眠、もしくは仕事のため1分1秒が惜しい。誰の目に留まるでもない、ましてや仕事の評価に関わるでもない己の外見の醜美に囚われることなど時間の無駄以外の何物でもないと思うようになっていた。だけど元々自分の外見にコンプレックスを強く感じていた私である。無駄な時間とは思いながらも化粧すらできない日々は私の精神を確実に削っていった。そんな日々ももう一年と半年が過ぎた。己に能力が無い事など、誰よりも自分が一番わかっていた。だけど無駄なプライドの高さ故、自分で踏み出した社会への一歩を今更引くことができなかったのだ。仁王くんに精神的に甘やかされている自覚があった私は、金銭面まで甘えることはできないと強がっていたし、しっかりと自立した1人の人間として仁王くんの隣に立っていたかった。だけど現実は、強がりの果てにくたびれしなびて仁王くんにしなだれ掛かるだらしない人間に成り果てていた、一体どうして。そして今日も休日にも関わらず上司から謎のブチ切れ着信、資料作成に追われるという最悪の1日だった。疲れ果てた私は家の事は何もできず、いつも99%の家事を仁王くんがやってくれている。申し訳ないと泣くと「ありがとうって笑ってくれん?」と苦笑いで頬を撫でてくれる彼は聖母マリアの生まれ変わりなのかもしれない。仁王くんと出会えてよかった、来世もまた私と出会ってくれないだろうか。
―速報です。
本日、世界は終わりを迎えるとのことです。
なんとなくつけっぱなしだったテレビから、冗談みたいな速報が入った。いつの間にバラエティ番組に変わっていたのかと思ったけれど、そこに映っているのは白を基調としたシンプルで洗練されたスタジオ、ニュースキャスターは華やかなながら落ち着いた髪型と服装で、少し眉間に力の入った硬い表情をしている。正真正銘、紛れもなくニュース番組のようであった。突拍子もない内容を、疲れ果てた脳みそはゆっくり噛み砕こうとしていたけれど、向かいに座った仁王くんの反応に一時、思考が停止した。
「…ああ、」
速報の内容にホッとするよりも先に、仁王くんの「そういえばそうだったな」というような調子の反応に心底驚いた。私の視線がテレビに向いたのは一瞬のことで、それはすぐに仁王くんの方へと移った。言ってしもうた、そんなセリフが似合うだろうか。口許を覆い気まずそうに視線を逸らした仁王くんは数秒の後、チラリとこちらに視線を寄越した。
「…仁王くん、知ってたの?」
何か諦めがついたのか、ため息をひとつ落とし頬杖をついた仁王くんは、優しく微笑んだ。
「夢子、しんどそうやったから」
それはまさしく聖母の浮かべる慈愛の笑みであった。しんどそうだったから、私が。たった1人の人間の、小さな世界の悲劇のために78億の世界を終わらせると言っているのだろうか。脳みそのキャパシティを軽々超えられ、眩暈でも起こしそうな感覚を覚えた。
「そんなことで…」
「"そんなこと"? 俺の世界は夢子とそれ以外でできとる。俺にとってこの世界はおまんを幸せにするためだけに存在しとるんよ」
優しい表情でとち狂ったことを話す。出会った時から人間離れした美しさだなとは思っていたけれど、彼はやっぱり天使とかそういった類いの存在で、この世界は彼のおもちゃ箱か何かなのだろうか。
「なんでわたしなの?わたしなんて仕事ひとつ満足にできないし、おうちのことだって何もできてないし、もう楽しい話もできなくなっちゃった…」
言葉にすれば己の無価値さがよりハッキリと浮き彫りにされるようで、込み上げた涙はその勢いのままテーブルをポツポツと濡らした。いつからかわからない、いっそ最初からだったかもしれない。私は仁王くんの隣にいていいような人間じゃない。
言葉を重ねるほど、優しい天使の瞳に悲しみが翳った。「あ、泣いちゃう」そう感じて、思わず仁王くんの頬に手を伸ばした。仁王くんは頬に触れた私の手にそっとその手を重ねると、いっそう深く、優しく微笑んだ。
「どれだけくたびれて擦り切れとっても、夢子の魂は美しいままじゃ」
涙がより一層勢いを増して、私はもう顔を上げていることができなかった。なにもできない私を、だめな所ばかり見てきたはずの君は、魂ごと愛してくれると言うのか。うつむきしゃくり上げる私の頭を、大きな手ががふわりと撫でた。
「また会おう」
落ち着いた優しい声音は、この約束が確かなものだと教えてくれるようで、安心する。
「…っ、これから、どうなるの?」
「少し眠るだけじゃ、起きたらまた始まる。おいしいごはんをたくさん食べて、あったかい布団で眠って、たくさんの人に愛されて健やかに育ちんしゃい。俺たちはきっとまた出会う。俺が必ず迎えに行くきに」
ふと、不思議な記憶が脳内を駆け巡って顔を上げた。たくさんの世界の記憶。何ひとつ覚えてはいないけれど、それは確かに私の生きた記憶だった。そして、終わりにはいつも、君が隣にいてくれたような気がする。
あれは、きっと最初の「終わり」の日。私と彼の間をフェンスが隔てていた。背中を撫でる風は冷たく、早くこちらへ、と急かされているような感覚になる。彼は悲痛な声で私の命を繋ぎ止める祈りを叫んでいたと思う。私はもうとにかく疲れ切っていて、ただひたすらにこの世界の終わりを願っていたので、彼の必死の叫びも脳みその表面を滑るように耳から耳へ突き抜けていった。だけど、迫り来る喪失の苦痛に歪む彼の美しいかんばせは、私のくたばって倒れ伏した感情をほんの僅か揺らした。泣かないでほしい。君を悲しませることは苦しかった。こんなちっぽけで無価値な命を、君だけは見失わないで手放さずにいてくれたのに。最後に、ひとつだけ、言葉を遺すなら。
「来世でもまた仁王くんに会えたらいいのに」
その呟きが彼へ届いたかどうかは定かでは無いが、終わりを選んだ私は浅ましくも仁王くんとの再会を願った。きっとあの日から、わたしが仁王くんを呪っていた。
あれから何十、何百の世界を巡っただろうか。
親からの暴力に怯え震える私の頭をそっと撫でてくれたのも、集団生活の中で孤独に放り出され冷え切った私をそっと包んでくれたのも、繰り返される罵詈雑言に潰れそうな私にやわらかい言葉をかけてくれたのも、全部仁王くんだった。私は馬鹿みたいに何度も何度も同じような不幸を繰り返していて、そしてその度に仁王くんに救われていた。
「…こうやって、わたしは何度も仁王くんを忘れちゃったの?」
「夢子の気にすることじゃなか」
「いつもごめんね」
仁王くんは穏やかな笑顔で緩く首を振った。ひとつ動作ごとにキラキラと光の粒が零れるような錯覚。
「いつも出会ってくれてありがとうな」
美しい。この言葉は彼を形容するために作られたのではと思わせられる。容姿に限ったことではない、その慈愛の心はこの世界で一等輝いていた。ありがとうだなんてこちらの台詞だ。いつも私を見つけてくれて、愛してくれて、助けてくれて…
「…ありがと、」
少し驚いた顔をしてから心底嬉しそうに笑った仁王くんの顔を、来世もきっと覚えていたいなと思った。次こそは、彼のこと、この出来事のことをちゃんと覚えていたい。なにもかも忘れて待っているだけじゃ嫌だ。
君のループする世界を終わらせたい。そう強く祈りながら、暖かく強い光に目を閉じた。
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