ゆめ
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⚠️ 成人済み、夫婦設定、死ネタ
最愛の妻が亡くなってから5年が経った。5年も生きてしまったことに嫌気がさすこともあるが、なによりも、ひとつの呪いが俺を縛っていた。今でも時折夢に見る、色のない病室、横たわる彼女は真っ白なシーツに溶けてしまいそうで、無意識に呼吸が浅くなる。
「まさはるくん…」
「ん、なんじゃ?」
小さな呼び声に、身を乗り出して応える。彼女が必死に絞り出すどんな音も、ただひとつだって聴き逃したくなかった。
「わたしが死んでも、まさはるくん、死んじゃだめだよ」
「なん、急に」
"それ"が近いことを感じさせる言葉に、はっきり言って動揺した。"それ"の後のことなんて考える余裕などは無かったが、彼女のいない世界を生きる自信は毛頭無かった。
「なんとなく、まさはるくん、死んじゃいそうだなあって…」
「棺桶に俺も一緒に入れてくれんの?」
「だめだよ、自殺したら、地獄に行っちゃうでしょ。そしたら、会えなくなっちゃうから、」
天国も地獄も信じとらんくせに、めちゃくちゃなこと言うとる。おまんは天国確定なんか。そう笑い飛ばせるような雰囲気ではないことが、ただただ悲しかった。
「地獄だろうがどこだろうが、俺は夢子に必ず逢いに行くき、心配せんでええ…」
「まさはるくんの、じんせいだからね あたらしい人と、しあわせに、なってほしいの…」
「いらん」
怒りで握る手に力が入る。新しい人となんて、嫌なくせに。このばか女。悲しそうな表情でそんなことを言う彼女の頬をぎゅうとつまんだ。
「おまん以外の女なんか、いらん」
「ふふ、うれし」
近頃あまり見られなかった彼女の笑顔につい涙腺が緩んだ。涙の伝った俺の頬に彼女の指が触れる、その体温まではっきりと思い出せることに、一人安堵する。
仕事帰りの、毎日病室へと通った記憶。彼女がそう願うのであれば、俺の命に自由は無かった。
仕事に復帰してから2年目。周りの"独り身になったのだから遊ぼう"という雰囲気もようやく落ち着き、ほっと一息ついていたのは束の間。俺の平穏な時間はあっという間に終わりを告げ、何も知らない新入社員につきまとわれる憂鬱な日々が始まっていた。
何度断ろうとも昼に夜にと食事に誘われる日々に心底疲弊する。少し休憩をとろうと喫煙室へ向かう途中、嫌でも聞き慣れてしまった声に足止めをくらった。わざとらしい上目遣い、桃色に染まる頬、甘ったるい猫撫で声で並べ立てられる俺を褒める言葉、ひとつひとつ全てがたまらなくうざったい。
「…あの、好きなんです。…って、知ってますよね。私と付き合ってくれませんか?」
目の前の女を殴り飛ばさなかった自分を褒めてやりたかった。食事の誘いは全て断った。期待を持たせるような態度も取らなかったはずだ。この女が一体どんな自信を持ってそんなことを自分に伝えてきたのか、俺にはまったく理解ができなかった。
「妻帯者に手ェ出すような下品な女は好かんのう」
「え、でも亡くなったんじゃ…」
あからさまな拒絶を受けてもなお、ふてぶてしく食い下がってくることももちろんだが、妻の存在を否定されたことが耐え難く不快であった。たとえ肉体が消えようとも妻の存在は俺の中で永遠に消えない。浅はかな女の目の前に左手を翳す。結婚指輪の上に重ねた、薄いブルーのダイヤ。
「夢子は今もここにおる」
「指輪、?」
どういうつもりでやっているのかは知らないが、きょとんとした顔で首を傾げる新入社員に苛立ちが募った。
「奥さんの骨からつくったダイヤじゃ。今でも俺らは一緒に生きとる」
「あ、そ、そうなんですね…」
ようやく事の全てを理解したらしい女は、引きつった笑みを浮かべそう言うと小走りで去っていった。徐々に小さくなる背中をぼんやり眺めながら、深く長いため息をついた。これでようやく静かに過ごせるだろうか。
「…夢子ちゃん、俺もう充分がんばったと思うんじゃけど…」
薬指のダイヤをそっとなぞり、ゆっくりと目を閉じる。まさはるくん、死んじゃだめだよ――脳内に反響する弱々しい声は、5年経った今も色褪せることなく、悲しみに崩れ落ちそうな俺をそっと支える。
その時、ふいにポケットで携帯が震え、意識が現実へと引き戻された。ディスプレイには、丸井からのメッセージが表示されている。
"今日ジャッカルと飲むんだけどお前も来いよ"
妻を失って間もない頃、まめに食事に連れ出したり部屋の様子を見に来たりなど、熱心に俺の世話を焼いてくれたのは元テニス部の面々であった。テニスに明け暮れたあの頃、後に中学時代に得たものの大きさを噛み締めることになるとは思いも寄らなかった。喪失感は消えることなく俺の胸に住み着き、一人で眠る冷たい布団に怯える夜もあるが、今日は穏やかに眠れそうだ。丸井からのメッセージに了解、と打ちながら自然と安堵のため息が漏れていた。
こんな日はよく、最愛の君の夢を見る。
最愛の妻が亡くなってから5年が経った。5年も生きてしまったことに嫌気がさすこともあるが、なによりも、ひとつの呪いが俺を縛っていた。今でも時折夢に見る、色のない病室、横たわる彼女は真っ白なシーツに溶けてしまいそうで、無意識に呼吸が浅くなる。
「まさはるくん…」
「ん、なんじゃ?」
小さな呼び声に、身を乗り出して応える。彼女が必死に絞り出すどんな音も、ただひとつだって聴き逃したくなかった。
「わたしが死んでも、まさはるくん、死んじゃだめだよ」
「なん、急に」
"それ"が近いことを感じさせる言葉に、はっきり言って動揺した。"それ"の後のことなんて考える余裕などは無かったが、彼女のいない世界を生きる自信は毛頭無かった。
「なんとなく、まさはるくん、死んじゃいそうだなあって…」
「棺桶に俺も一緒に入れてくれんの?」
「だめだよ、自殺したら、地獄に行っちゃうでしょ。そしたら、会えなくなっちゃうから、」
天国も地獄も信じとらんくせに、めちゃくちゃなこと言うとる。おまんは天国確定なんか。そう笑い飛ばせるような雰囲気ではないことが、ただただ悲しかった。
「地獄だろうがどこだろうが、俺は夢子に必ず逢いに行くき、心配せんでええ…」
「まさはるくんの、じんせいだからね あたらしい人と、しあわせに、なってほしいの…」
「いらん」
怒りで握る手に力が入る。新しい人となんて、嫌なくせに。このばか女。悲しそうな表情でそんなことを言う彼女の頬をぎゅうとつまんだ。
「おまん以外の女なんか、いらん」
「ふふ、うれし」
近頃あまり見られなかった彼女の笑顔につい涙腺が緩んだ。涙の伝った俺の頬に彼女の指が触れる、その体温まではっきりと思い出せることに、一人安堵する。
仕事帰りの、毎日病室へと通った記憶。彼女がそう願うのであれば、俺の命に自由は無かった。
仕事に復帰してから2年目。周りの"独り身になったのだから遊ぼう"という雰囲気もようやく落ち着き、ほっと一息ついていたのは束の間。俺の平穏な時間はあっという間に終わりを告げ、何も知らない新入社員につきまとわれる憂鬱な日々が始まっていた。
何度断ろうとも昼に夜にと食事に誘われる日々に心底疲弊する。少し休憩をとろうと喫煙室へ向かう途中、嫌でも聞き慣れてしまった声に足止めをくらった。わざとらしい上目遣い、桃色に染まる頬、甘ったるい猫撫で声で並べ立てられる俺を褒める言葉、ひとつひとつ全てがたまらなくうざったい。
「…あの、好きなんです。…って、知ってますよね。私と付き合ってくれませんか?」
目の前の女を殴り飛ばさなかった自分を褒めてやりたかった。食事の誘いは全て断った。期待を持たせるような態度も取らなかったはずだ。この女が一体どんな自信を持ってそんなことを自分に伝えてきたのか、俺にはまったく理解ができなかった。
「妻帯者に手ェ出すような下品な女は好かんのう」
「え、でも亡くなったんじゃ…」
あからさまな拒絶を受けてもなお、ふてぶてしく食い下がってくることももちろんだが、妻の存在を否定されたことが耐え難く不快であった。たとえ肉体が消えようとも妻の存在は俺の中で永遠に消えない。浅はかな女の目の前に左手を翳す。結婚指輪の上に重ねた、薄いブルーのダイヤ。
「夢子は今もここにおる」
「指輪、?」
どういうつもりでやっているのかは知らないが、きょとんとした顔で首を傾げる新入社員に苛立ちが募った。
「奥さんの骨からつくったダイヤじゃ。今でも俺らは一緒に生きとる」
「あ、そ、そうなんですね…」
ようやく事の全てを理解したらしい女は、引きつった笑みを浮かべそう言うと小走りで去っていった。徐々に小さくなる背中をぼんやり眺めながら、深く長いため息をついた。これでようやく静かに過ごせるだろうか。
「…夢子ちゃん、俺もう充分がんばったと思うんじゃけど…」
薬指のダイヤをそっとなぞり、ゆっくりと目を閉じる。まさはるくん、死んじゃだめだよ――脳内に反響する弱々しい声は、5年経った今も色褪せることなく、悲しみに崩れ落ちそうな俺をそっと支える。
その時、ふいにポケットで携帯が震え、意識が現実へと引き戻された。ディスプレイには、丸井からのメッセージが表示されている。
"今日ジャッカルと飲むんだけどお前も来いよ"
妻を失って間もない頃、まめに食事に連れ出したり部屋の様子を見に来たりなど、熱心に俺の世話を焼いてくれたのは元テニス部の面々であった。テニスに明け暮れたあの頃、後に中学時代に得たものの大きさを噛み締めることになるとは思いも寄らなかった。喪失感は消えることなく俺の胸に住み着き、一人で眠る冷たい布団に怯える夜もあるが、今日は穏やかに眠れそうだ。丸井からのメッセージに了解、と打ちながら自然と安堵のため息が漏れていた。
こんな日はよく、最愛の君の夢を見る。