始まりは唇から 鹿猫
「やるじゃないかスニベリーの奴」
ジェームズは口端を上げながら、頬を手の平で拭った。ヌメリとする。
「ジェームズ!」
ピーターが驚いて言った。
ジェームズの頬には大きな切り傷が付いていた。
とたんにジェームズの顔色が変わった。
「医務室へ行ってくる!」
そう言うなり走り出した。
「珍しいな、あいつが慌てるなんて。けっこうルックスを気にしてたんだな」
シリウスが面白そうに言った。
息を切らし、ジェームズは医務室のドアを叩いた。
ー…今夜会う約束をしたんだ。もし、この傷がそのままだったら、気付かれてしまう。セブルスが愛しているのは僕じゃない。僕に化けた誰かなんだ。
ジェームズは必死でポンフリーにすがりついた。ポンフリーは首を傾げながら薬品棚へ歩いて行った。
ー…最初はいたずらしようと思っていたんだ。スリザリン寮へ忍び込んでスネイプの足をタコに変える。朝起きたらタコになってるって寸法さ。でも…眠る顔を見たとき、僕は自分の卑劣さに気が付いた。寝込みを襲うなんてあまりにも卑怯だ。
何も知らずに眠る君の顔を見つめていた時、僕は鳥肌が立った。喜びで。
誰も知らないスネイプの顔。誰も知らない寝顔。その空間、彼は全て僕のものだった。僕はそのことに酔いしれた。薄く開いた唇に触れてみたい。きっと夜気の中で冷たいのだろうか。
気が付いたら僕はスネイプに口付けをしていた。
たぶん、あの時やられたんだ。
そして嘘は始まった。
警戒心の強い君が起きないはずはない。
見開いた目が合う。
「ポッター…?」僕は心の中で恥ずかしいくらい焦った。そして不思議なほど冷静な声で言ったんだ。
「NO…」と。その時から僕は二人になった。