始まりは唇から 鹿猫
ジェームズは力なく答えた。
「セブルス、僕はジェームズ・ポッターだ。ずっと君を抱いていたのも僕だ…」
スネイプはしばらく目を見開き、そしてゆっくりと目を閉じ、また目を開けるとジェームズを見た。
「なぜ、昼と夜…馬鹿な真似をしていたんだ?」
静かな声だった。ずっと感じていた。区別して演じることはなかったんじゃないかと。もう、ジェームズをとっくに受け入れていたのだから…。
見上げられた漆黒の瞳に、ジェームズは震えるように溜息をついた。
「そうだね…ごめん。あの時、僕は君にも自分にも嘘をついた。自分の醜態を隠したいばっかりに」
ジェームズは体の痛みよりも強く、胸の中が痛むのを感じた。そしてスネイプの目を見つめ、ためらいなく言った。
「セブルス…君が好きだ」
スネイプは目を逸らせた。しかしその目は穏やかに揺らいでいた。
スネイプは人から愛されたことがなかった。こんな風に告白されたこともなかった。
何と言えばよいのか分からなかった。
「セブ…?」
ジェームズが不安そうに見ていた。
言葉を紡げず、ジェームズの目を見て頷くことしかできなかった。
ジェームズはそれだけで充分だとばかりに優しく微笑んだ。そして痛む体をやせ我慢しながら動かし、顔を近づけた。
スネイプはゆっくりと瞼を閉じた。
「シリウスはダメ!」
リーマスが医務室の扉の前で言った。
「何で?」
シリウスはムッとしながら言った。
「セブルスがいるから」
当然のようにシリウスを見上げる。シリウスはそれだけで複雑な表情になった。その隙にリーマスはドアを開けて、滑り込むように医務室へ入ってしまった。
「あら、リーマスおはよう。どうしたの?」
ポンフリーが洗面器を片手に話しかけた。
「おはようございます、マダムポンフリー。今日はお見舞いです」
リーマスは愛想良く答えた。
日ごろリーマスの世話をしているせいか、ポンフリーはリーマスに甘かった。もちろん、リーマスの品行方正さを評価してのことだったが。
一番奥のベッドに横たわるスネイプに朝の挨拶をした。スネイプは素っ気なく返し、また目を閉じてしまった。
リーマスはそれだけで満足そうに微笑み、ジェームズのベッド脇に腰掛けた。
「リーマス」
ジェームズは起き上がった。
「大丈夫?」
リーマスは心配そうに言った。ジェームズは晴れやかな顔でもちろんだと答えた。そしてスネイプを見るとリーマスに言った。
「リーマス、紹介するよ。セブルス・スネイプ、僕の恋人だ」
スネイプがこちらを向いて目を見開き絶句した。
リーマスはくすくす笑った。
「初めまして、ジェームズの恋人、セブルス♪」
スネイプは顔を赤らめ、ジェームズを睨みつけた。
ジェームズはウインクをして投げキッスまで寄越して見せた。スネイプは世界が終わったような顔をして、シーツを頭まで被ってしまった。
逆十字のステンドグラスの前を横切り、巨大な時計のぜんまいをダンブルドアはしばらく見つめていた。
「ミネルバ」
ダンブルドアは歩いてきたマクゴナガルに顔を向けた。
「ダンブルドア校長、あの二人はもう回復しました。明日、校長室へ連れて行きます」
マクゴナガルが言った。
「うむ…」
ダンブルドアは頷くと、おもむろに空を見上げた。
黒々とした雨雲が近づいていた。