アイリス 鹿猫
「できるかぎりの手は尽くします」
ジェームズは口元に笑みを作った。
「君は相変わらずだ…真っすぐで、物怖じせず、自信家で、わがままで…手のかかる生徒のままだ」
「それ、誉めてるんですか?」
「さあね」
アーサーは微笑んだあと、真顔になった。
「とにかく私も全力でサポートする」
アーサーの眼差しに、ジェームズはその言葉を噛み締めるようにうつむき、再び顔を上げた。
「…どうして…」
ジェームズの言葉に、アーサーは目を細めた。
「君たちを見ているとね…。ジェームズ…。人は一生に一度、自分の利益・不利益を考えず純粋に恋をする。そして大人になると、どうにもならないことがあることを知り、“選択”をするんだ。君たちを見ていると、まるで、叶わなかった自分の夢が目の前で現実になっていくのを見ているようで、私はそれを支えたくなるんだ。つまり、私の自己満足だよ…」
「アーサー先輩」
ジェームズは眉をひそめた。
「…後悔…してるんですか…」
「いや…」
アーサーは真面目な面持ちで首を振った。
「自分の選択に後悔はない。後悔してはならない…。それはモリーを傷つけることになる。…私は今、幸せだよ」
隣のテーブルから婦人達の笑い声が聞こえた。
アーサーは微笑み、眼鏡をかけると、支払い票に手を置いた。
ジェームズがすばやくその手を押さえ、支払い票を掠め取ろうとしたが、敵わなかった。
「式に来てください」
「ああ、モリーも一緒にいいかな?」
「もちろんです」
ジェームズは立ち上がり、カフェを出ていくアーサーを見送った。
雨は黒い石畳を流れてゆく。
ショーウィンドウの明かりが石畳に映り、ジェームズはそのテラテラと光る石畳を見つめながら歩いた。
冴えない顔で深いため息をつく。
自宅へ近づくと、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
首を傾げつつ、傘をたたみ、ドアを開けた。
「ジェームズ!見て見て!」
リーマスがキッチンから飛び出してきた。セブルスも顔を出す。
ジェームズはとっさに笑顔を作った。
「リーマスが料理に挑戦しているんだ」
セブルスがジェームズから受け取ったローブを腕に掛けながら言った。