アイリス 鹿猫
「何ですか!?これ!」
ジェームズは自分が頼んだものに驚き、慌ててウェイトレスに愛想笑いをしてから、アーサーを見た。
「海藻サラダだよ」
アーサーが肩をすくめた。
「モリーの勧めでね」
ジェームズは思わずアーサーの赤毛の生え際をまともに見てしまった。
「予防にはならなそうだ、ただ味はいいよ」
アーサーは笑った。
皿に山になった緑や紺や紫の海藻を見つめつつ、ジェームズは黙々とサラダをやっつけ始めた。
アーサーはコーヒーを追加注文し、また窓の外を見た。
「来週、神秘部の人間をそっちに送るよ」
出し抜けにアーサーが言った。
ジェームズはナフキンで口を押さえ、顔を上げた。
「法執行部では駄目だった。そんな法律はないからね。ただ、神秘部で話が通れば何とかなるかもしれない」
「神秘部…?」
「そう…ああ、ありがとう」
アーサーは運ばれてきたコーヒーを脇にずらすと、声を落とした。
「魔法省には神秘部という部署がある。何をしているのかは謎だが、そこでの決定事項はなぜかよく通るんだ。どんなことでも」
「どんな人たちですか…?」
ジェームズは皿をずらすと、同じく小声で聞いた。
「わからない。掴み所のない連中だ。それでいて邪険にできないほどの決定権を持っている」
アーサーはコーヒーに手を付けずにジェームズの目を見つめた。
ジェームズはテーブルの上で手を組み合わせ、考え込んだ。
「それからもう一つ…」
目の前で組み合わされた手を見つめ、同じように手を組むとアーサーは言った。
「“破れぬ誓い”をあらかじめ実行しておくといい。命をかけてもいいのなら…」
アーサーの探るような目を見つめ、ジェームズは無言でその先を待った。
「まさか彼らもそれを破らせ、命まで奪うことはないだろう」
「実は僕もそれを考えていました」
ジェームズは静かに言った。
「ただ、そんな力任せでうまくいくんでしょうか…?」
ジェームズの言葉にアーサーは眼鏡を外し、胸ポケットにしまった。
「わからない…相手は社会だ。学生の時のようにはいかないだろう…」
眼鏡を外したアーサーは、昔の監督生の眼差しを残していた。
ジェームズは急に親しみを感じた。