アイリス 鹿猫
トビアスの書斎から音楽が流れていた。
セブルスがノックをすると、その曲が消えた。
ドアを開け、部屋に足を踏み入れたが、トビアスは背を向けたままだった。セブルスもまた立ち尽くしていた。
思えば二人きりで話をしたことなど記憶に乏しい。
トビアスがため息をついた。
「セブルス…一つ聞きたい」
低く厳しい声がした。
セブルスは身構えた。
「セブルス、お前は女か?」
父が言わんとしていることがセブルスには分かった。
「いえ、一人の人間です。マグルも、魔法族も、男も女も関係ない…一人の人間です」
「…そうか。あいつは貴族だってな」
どうやらトビアスは純血を貴族のことだと思っているらしい。
セブルスは説明しても埒が明かないと思い、そのまま受け流した。
「これを持っていけ」
乱暴に小さな箱が投げられた。それはセブルスの胸に当たり、落ちた。
セブルスは小箱をおもむろに拾うと、そっと開けた。
宝石でできたアイリスの花が入っていた。
ブローチのようだった。
セブルスは無言のままトビアスを見た。
「俺はマグルだ…」
トビアスがぽつりと呟いた。
初めて聞いたその弱々しい声に、セブルスははっとした。
誰よりも自分がマグルであることに負い目を感じていたのはトビアスだった。
「僕は…」
セブルスはトビアスの背中を見つめた。
「僕はあなたの息子であることを誇りに思います…」
トビアスは短く頷くと、手振りで退室を促した。
セブルスは一礼すると、部屋を出た。
ジェームズはセブルスの部屋でおとなしく待っていた。
セブルスの顔を見るなり、安心したように微笑みかける。
「ご挨拶…?」
「…ああ…」
「僕も明日の朝、ご両親にご挨拶をするよ…」
セブルスはトビアスから受け取った小箱を手にしたまま、座っているジェームズを抱き締めた。
ジェームズが戸惑いながら腕の中で二言三言モゴモゴ言ったが、セブルスはかまわず抱き締め続けた。