月色の蹄 鹿猫
大きな枝分かれをした角、優美な首、滑らかな背。
鹿はゆっくりとセブルスに近付いた。
セブルスの漆黒の瞳が見開かれ、震える手がためらいがちに伸ばされる。
かつて愛し、愛された者のもう一つの姿。
銀色に光る牡鹿はセブルスの白い手にゆっくりと頭を垂れた。
手が触れる瞬間、かすかな熱を伝えて牡鹿は消えた。
目頭が熱くなり、視界が揺らいだ。
「…パパは牡鹿に変身したそうですね」
ハリーの声に我に返り、手を握り締めた。
セブルスは大きく息を吐いた。
「…そうだ」
「マ…先生のパトローナスも牡鹿なんですか?」
「好きに呼びなさい」
セブルスは丸テーブルに紅茶を置き、ハリーと向かい合うように腰を下ろした。
ハリーは嬉しそうに微笑んだ。
「私のパトローナスは雌鹿だ」
紅茶を静かに傾け、一口飲んでからセブルスは言った。
「雌鹿…?」
ハリーは首をかしげた。
「最初はあいつと同じ牡鹿だった」
「ええ…」
セブルスの言葉に相槌を打ちながら、ハリーはセブルスの思いを汲み取ろうと熱心に見つめた。
セブルスはその視線を感じ、立ち上がった。
それは、見つめられることから逃れる過敏な神経からではなく、自分の心を開いてゆくときに見せる戸惑いの現れであることをハリーは知っていた。
ハリーは紅茶を置き、セブルスの顔を見上げて、その先を待った。
セブルスは書棚を眺めながら腕を組んだ。