The Lovers エブマル


後ろ手にドアを閉めたマルシベールは、エイブリーと向かい合った。

エイブリーは窓の前にしつらえた机の前に、腕を組んで立っている。

その背後の窓から、月に照らされて箒に乗った二人の影が横切った。

マルシベールはセブルスが今夜は帰らないことを知った。

窓の枠から視線を移動させ、黒く広いエイブリーの肩を眺め、腕を眺め、そして机の上できらりと光るインク壺を見つけた。
それは自分が割ったはずのエイブリーのインクだった。


-…何も変わっていない…

マルシベールの気持ちは暗く沈んだ。

粉々に割れたはずのインク壺も、シミ一つない床も机も壁も、そして目の前の人間も…。

マルシベールはもう一度インク壺を見つめた。
エイブリーの目を見る力はなかった。

沈黙が静かな部屋を重く暗くした。

いつまでもインク壺を見つめ続けるマルシベールをエイブリーは無表情のまま見ている。


「謝るな…」

エイブリーの低く静かな声がした。

マルシベールの下ろされた手がぴくりと動いた。

「…なんで…?そんなこと言われたら、オレ…何も言えないじゃん…」

不満げに、そして寂しそうに呟く声に、エイブリーは僅かにうつむいた。

何と言ってやればよいのかわからなかった。きちんと伝えたい…。自分の心を…。
しかし、そんな考えに反して、表情は動かず、何一つ反映されていなかった。

マルシベールは拳を強く握り締めた。

「…いつだって…そうだ…オレばっかり…」

怒りと悔しさが喉を焼くように言葉になり、震える声になった。

エイブリーの切れ長の目が藍色を湛えたままその姿を映した。

「いつも…いつもオレがあんたを好きなんだ!!そりゃ…愛されたくて好きになってるワケじゃねえし、好きな気持ちに酔うことだってできやしない!いつも…オレばっかり…いっつも振り回されてばかりだ…」

ポタポタとマルシベールの足元に涙が落ちた。
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