幸せの黒い犬 犬狼
「ジェームズ、まだダメか?」
シリウスがイライラしながら聞いた。
ジェームズはぶつぶつと本に目を走らせながら「まだ危険だ」と言った。
シリウスが机を思い切り蹴った。
ピーターがびくりと飛び上がった。
ジェームズは大きく息を吐いて本を閉じると、シリウスを見た。
「シリウス、僕はリーマスに僕たちが気付いていることを告白してもいいと思う。遅いくらいだと思うよ。最近のリーマスはひどい。分かっているよ。ご飯もろくに食べないし、思い詰めているし…」
「今日も倒れた」
シリウスがギリギリと唸るように言った。
ジェームズは眼鏡を外して、目の辺りから額までを手でごしごしこすった。
「ポンフリーが薬ですぐに栄養と体力をつけてくれている」
眼鏡をかけ直しながらジェームズは言った。シリウスが何か言いかけるのをさえぎるように、右手でシリウスの胸元を押さえた。
「でも、シリウス。今すぐ動物に変身するのは危険だ。確かに僕たちはたくさん情報を仕入れた。勉強もしたし、それなりのシミュレーションもやった。でもそれはあくまで机上の空論だ。下手に実践してみろ。失敗して聖マンゴ送りになって、先生方にバレたら僕たちは退学だ。リーマスのそばにいる以前の問題になってしまう」
ジェームズはシリウスの目をしっかりと見つめたまま言った。
シリウスが目を細め、そのまま糸が切れたように椅子に体を落とした。
リーマスは医務室の窓から秋空をぼんやり眺めていた。
「もう、走れますよ」
ポンフリーが優しく言った。
リーマスは無言で目を逸らせた。
「リーマス」
ポンフリーが厳しい顔になった。
「あなたが生きることをやめようとしているのは分かっています。けれども、あなたのために尽力して下さったダンブルドア校長の気持ちを傷付けてはいけません。あなたは生きなければいけません」
ポンフリーはそれだけ言うと、温かな手でリーマスの肩を叩いて薬品棚へ歩いて行った。
リーマスは一筋涙を流した。
いつか、ジェームズたちに正体を知られて、恐がられて、離れられて…。そしてシリウスも離れていくんだ…。何より、もしかしたら彼らを傷付けてしまうかもしれない…。
リーマスの目に悲しい光が宿った。
生きるなら、独りだ。