春の庭 鳥→針

パキリと静かにガラスを踏み割り、男は埃をかぶった廊下を歩き、暗い階段を降りると庭へ出た。

眩しすぎる春の光が目を射る。
ダンブルドアは目を細めた。

庭の木が数本倒れている。人工的に植えられた細い木は、人の手が管理しなければ生きられないのだろう。草の湿り気で根元が腐りボロボロになっている。そして横たわる幹に苔が生え、草が伸び、花に覆われている。
小鳥の声以外何も聞こえない静けさに息を漏らし、遺跡のように古びたストーンテーブルに近付き、大理石の椅子に腰を下ろした。


羊皮紙の上に木漏れ日が踊る。傾いた細木の枝がそれを作っていた。
何度か羽ペンを持つ手を止め、ダンブルドアは庭を眺めた。

春を謳歌する草花の美しさに緊張が解け、口元がほころぶ。

ふと愛しさが溢れた。

小さな花に、陽の光に、戯れながら飛ぶ蝶に、そして世界に。


世界を愛していると。
愛されなくてもいい、愛していると。

しかし、目を細め、自嘲気に微笑んだ。

愛されなくてもいい…か。愛される資格などないのだ。
過去にしてきたことを見てみよ。

独りが好きだった。
独りなら誰も傷付かない。


木漏れ日が楽しげに踊る。

会いたい人は生きている。遠いところでたった一人で生きている。
自分も一人だ。

しかし、独りだということに浸れるのは、今現在、想う人がいるからだ。

自分が生きている限り秘密は暴かれないだろう。

自分よりずっとずっと若い…。子供なのに時折目を閉じたくなるような強い眼差しの緑の瞳。
せめて彼だけは生きて欲しい。
死ななければならない運命だとしても、万に一つの光を作り出してやりたい。
虚構だらけの世界で、未だ大切な者たちを失い続けるこの世界で。

ダンブルドアは新緑を見上げた。


綺麗な瞳だった…。




春は嫌いだと誰かが言った。
全てが輝き、その中に入れず、取り残されるからだと。

ふっ、と口元に笑みが浮かんだ。

自分もそうだ。しかし叫ぶ力もなくなった。


羊皮紙をたたみ、懐へ入れる。



荒れ果てた春の庭に、幽霊のような背の高い男の姿が消えた。





end
2/2ページ