17.5.晴雨
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「はい⋯はい、分かりました
では引き続き調査を⋯!!」
『どうした、風見』
とある平日の昼間
公園の入口で降谷さんと電話をしていると
雲行きが怪しくなり
ポツポツと雨が降り出したと思ったら
一気に雨脚が強くなって
慌てて公園内にある東屋に避難した
「いえ、雨が降り出してきたので⋯
公園にある東屋に避難しただけです」
『⋯そうか、傘は持ってないんだろう?』
「⋯はい、今日は天気予報で晴れと言ってましたから⋯」
『ならその公園で少し休むといい
通り雨だろうし、君の持っているUSBを濡らす訳にはいかないからな』
「で、ですが急いで本庁に戻らないと⋯」
『風見、お前最近まともに休めてないだろう?
今日の昼食はとったのか?』
「それは⋯その⋯」
『はぁ⋯やはりな⋯いいか、前にも言ったが
僕達は常に最悪のケースを想定し、いつ何時にでも対応できるように万全の状態を保たなければならない
今日はそこで少し休んだ後、きちんと昼食をとり本庁にもどるんだ
いいな?』
「は、はい!分かりました⋯」
通話が切れ、知らず、ため息をつく
確かに降谷さんの言うことはもっともだ
⋯だか、そんな風にこなせる程⋯
自分は器用ではない
「⋯降谷さんのようになれたなら、いいんだがな···」
思わずそう呟くと
「っひゃ!!あぶなっ!!
危うくお弁当がビシャビシャになる所だっ⋯た⋯」
女の人がお腹に大きな袋を抱えて走りながら東屋に入ってきた
20代⋯いや、高校生だろうか?
顔は幼そうだが化粧をしている為、少し大人びた印象をうけた
⋯それにしてもこの女性⋯どこかで見たことあるような⋯
その女性は人がいる事に気づいたのか
自分と目が合った後、少し頬を染めて苦笑いをした
「す、すみません、人が居るとは思わなくて⋯
って!!風見さんじゃないですか!!」
「!?な、何故私の名前を⋯!?」
「あの、以前この公園の前で助けてもらった者です
その時お茶を貰って⋯」
そう言われてまじまじと女性を見て
以前本庁に戻る際に公園の前で気分が悪そうにしていた女の人がいて
何故か放っておく事ができずに声をかけた事を思い出した
「⋯あぁ!!あの時の⋯」
それにしても⋯あの時とは随分印象が違うな⋯
あの時は今にでも消えてしまいそうな雰囲気だったのに
目の前の彼女はニコニコしていて活気に溢れている
「あの時はありがとうございましたっ」
「いえ、もう体調は大丈夫ですか?」
「はいっこの通りですっ」
「それは良かった⋯」
彼女の屈託のない笑顔を見て思わず頬を緩めると
彼女は手に持っていた荷物をベンチに置いて、隣に座った
それにつられるように少し距離をおいて自分も座る
「あ、そう言えば人に聞いておいて
私の名前言ってませんでしたよね⋯
改めまして私は八月一日桜です」
「八月一日さん、ですか」
「はいっよろしくお願いしますねっ
ところで⋯風見さんもここで雨宿りですか?」
「ええ、いきなり降ってきたものですから⋯」
「ですよね〜⋯私もこれから友達と会う約束だったんですけど⋯」
2人で空を見上げるが、そこには黒い雲が広がっており
雨が屋根に当たる強い音が響き渡る
「⋯これ、止みますかね⋯?」
「通り雨みたいですけどね⋯」
まったく⋯こんな所で足止めをしている場合ではないのに⋯
本庁で待ち受けている大量の報告書を思い出して思わず重いため息をつく
するとそれを聞いていたのか八月一日さんが質問してきた
「⋯風見さんは雨、嫌いですか?」
「え?
まぁそうですね⋯八月一日さんはどうなんですか?」
「そうですね⋯私は好きですよ?」
「え?」
予想外の言葉に隣を見ると
彼女は上を向いて空を見上げていた
「そりゃあ雨の日は⋯
洗濯物は外に干せないし、髪はうねるし
足元びちゃびちゃになるし、お庭のお手入れできないし
傘もってたら荷物がかさばるし⋯」
「⋯⋯」
あれ、八月一日さん本当は雨嫌いなのでは⋯
「でも⋯いい事もありますから」
「⋯いい事⋯?
それって⋯」
その時、
グウゥゥゥゥ⋯
「!!」
自分のお腹が鳴り、反射的に腹部を抑えてしまう
盛大な音を鳴らしてしまった為
恥ずかしさから頬が少し熱くなるのを感じ、隣を見ると
彼女はキョトンとしてこちらを見ていて⋯
「⋯⋯風見さん⋯お腹空いてるんですか?」
「いや、その⋯⋯実は朝から何も食べてなくて⋯」
苦笑いしながらそう言えば、彼女は何か考えるような仕草をした後
隣に置いていた荷物をガサガサとあさり、中から大きめな花柄の風呂敷に包まれた何かを取り出して
少し距離を置いて座った為、そこにできた空白の場所にそれを置いた
「あの⋯良かったらこれどうぞ?」
風呂敷を解いてそこから出てきたのは
透明な箱に入った3重の弁当箱
彼女がその蓋を取れば彩のいいおかずの数々が現れた
正直に言えば昨日の夜からまともな食事をとれていなかった自分にとっては
そのお弁当がキラキラ輝いているように見え⋯
ゴクリと唾を飲む
「こ、これは⋯」
「実はこれ友達と食べる為に作ったんですけど⋯
風見さんお腹空いているようですから⋯どうぞっ」
「え!?いや⋯その友達に悪いですし⋯」
それに何より、見ず知らずの人の手料理を食べるなど⋯
口ではそう言いながらも漂ってくるいい匂いには逆らえず、お腹の音は鳴る
すると彼女は少し黙った後、ぽんと手を叩いて
割り箸を割った後、卵焼きを1つとり自分に向けた
「へ」
「味の心配なら大丈夫ですよっ
私これでも米花町にあるポアロって喫茶店で働いてるんです」
「⋯ポアロ⋯!!」
米花町のポアロと言えば降谷さんが潜入している場所⋯
そこで働いていると言うのなら⋯害のある人ではない⋯か?
それにこの卵焼き⋯
見た感じはふわふわで⋯焦げもない黄色の鮮やかさ⋯出し巻き卵だろうか⋯
お⋯美味しそうだ⋯
「はい、どうぞっ」
「そ、その⋯自分で食べますので⋯」
「駄目ですっ!こうでもしないと何か風見さん食べてくれなさそうだし⋯
それにこのまま放っておいたら風見さん倒れちゃいそうだし⋯
この間のお礼も兼ねて⋯ねっ?
はい!!あーん!!」
グッと卵焼きを掴んだ箸を向けられ
少し照れながらも、渋々それをパクリと食べる
「⋯!!」
こ⋯これはっ⋯
「どうですか?風見さ⋯」
バッと彼女から箸を奪い、お弁当に手をつける
出し巻き卵はほんのり甘みがあって
このカリッとした唐揚げ、味の良く染みた煮込みハンバーグ
ほうれん草のおひたし、ポテトサラダ、きんぴらごぼうの優しい味⋯
おにぎりは塩がほどよく全体にきいていて
このコロッケは⋯チーズが入っている!!
手は止まる事なくどんどんお弁当を食べ進めていく
ハッと我に帰ったのはデザートの大学芋を食べた後だった
「す⋯すみません!!美味しくて⋯ついっ」
焦って彼女の方を見ればニコニコして自分の方を見ていて⋯
全部食べてしまった事に怒っているかと思ったら
予想外の反応に戸惑ってしまう
「へへっ⋯風見さんかわ⋯ゲホン!!ゴホン!!
⋯じゃなかった、
お口に合ったようで良かったです!!
はい、これお茶です」
「あ⋯ど、どうも⋯」
水筒のコップに注がれたお茶を貰い
そういえば食べる事に集中して水分をとってなかった事を思い出し、ゴクリとそれを飲み干す
「⋯ふぅ⋯」
「それにしても⋯随分お腹が空いてたんですね?」
「あぁ⋯仕事が忙しくてつい食事を疎かにしていたものですから⋯」
「⋯駄目ですよ、風見さんっ」
「?」
「そりゃあお仕事忙しいでしょうけど⋯
ちゃんと栄養はとらないと⋯いつか倒れてしまいますよ
貴方を心配している人だっているんですからねっ?」
「心配⋯」
もしかしたら⋯だが、
降谷さんのあの言葉も⋯自分を心配してくれての言葉だったのだろうか⋯
そんな事を考えていると、ふと彼女が立ち上がって
数歩前に進んだ
「⋯あ!!見て下さい風見さん!!
雨止みましたよ!!」
その言葉につられて空を見ると確かに雨は止んで
雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいた
「本当ですね⋯」
「⋯!!風見さん!!こっち来て下さいっ!!」
「?」
そう言われて隣に行けば、彼女は空に向けて指を指していて⋯
「見て下さいっあそこ!!」
「⋯⋯あ⋯」
その指の先を見ればそこには色鮮やかなアーチを描いた
「「虹⋯」」
虹がかかっていた
「綺麗ですね⋯」
「そうですね⋯」
「ふふっ⋯やっぱりいい事あった」
「いい事⋯あぁ⋯さっき言ってた事ですか」
「はい!私の今までの統計では、通り雨の後は虹がでやすい!!
⋯って出てるんです!!」
「統計って⋯ははっどんな統計ですか、それ」
まるでどうだ!と言いたげに笑う彼女を見て
無意識に口元を緩めてしまう
すると彼女は東屋から数歩足を踏み出すと
くるりとこちらを向いた
「⋯⋯でも、もう1つ、いい事ありました」
「もう1つ?」
「雨が降ったおかげで⋯
風見さんにまた、会えましたからっ」
瞬間、太陽の光に照らされて笑う八月一日さんが⋯
キラキラ輝いているように見え
ドキリと心臓が鳴る
「それにしても今日の虹は本当綺麗だな〜
写真撮っちゃおうか⋯な⋯
ああっ!!!!」
急に大きな声を出した八月一日さんにビクリと肩を揺らす
すると八月一日さんはバタバタとお弁当箱を袋に入れ、手早く荷物を持った
「風見さんごめんなさい!!私急いで行かなくちゃ!!」
「あぁ、そういえば友達と会うと言ってましたね」
「そうなんです!!本当はもうちょっと話したかったけど⋯
私そろそろ行きますね!!」
水溜まりを避け、走り出す八月一日さん
「⋯あの!!」
その背中に声をかけていたのは無意識だった
「?」
急いでいるはずなのにくるりと振り返り、立ち止まる八月一日さんに
何と言っていいか分からず、少しだけ口ごもった後
「その⋯
また、会えますかね⋯」
「風見さん⋯
もちろん!!また会いましょうねっ」
彼女はそのキラキラ輝く笑顔を残し
公園から走り去って行った
「⋯⋯よし、」
満たされたお腹を撫でた後
晴れやかな気分で自分も1歩、足を踏み出した
『晴雨』
「今日は仕事が、捗りそうだな⋯」